21. 森のニョロニョロ
「うううー、ああーよく寝たー」
マーゴットはツァールの上から起き上がって、伸びをする。昨夜コボルトに、ベッドで寝るかと聞かれたのだが、いつも通り、ツァールの上で寝たのだ。
ありがたくベッドで寝ようとしたところ、しょんぼりしているツァールに気がつき、やめた。もしかして、無理してベッド代わりを務めてくれているのかと思っていたけれど。好きでやってくれているなら、遠慮なくモフモフを楽しみながら寝たいではないか。
「さて、今日は本物の狩りね」
魔植物ではなく、魔物を狩るのだ。やれるだろうか。マーゴットは正直なところ、不安だ。マーゴットのスキルは草刈り。魔物狩りではない。かっこよく引き受けたはいいものの、惨敗したらどうしよう。昨日、寝る前にあれこれ考えていたのだが、何も思いつかないまま、いつの間にか寝ていた。心配で、朝ごはんがおいしくな
「おいしーい。なにこれー」
無意識に食べていたマーゴット。ホクホクしてネットリした甘いなにかに、目を丸くする。
「焼き芋。サツマイモって海水かけて育てると甘くなるんだ」
「甘ーい、癒される」
マーゴットは目をつぶって、優しい甘さを味わった。甘味でマーゴットの頭が刺激されたのだろうか。
「いいこと、思いついたかもしれない」
マーゴットは、ニンマリと笑う。
マーゴットとツァールは護衛と共に森に入っていく。コボルトたちも後ろからついてくる。誰も話さない。気配を消して、黙々と歩く。マーゴットは森に入るときはいつも草を刈っている。刈っているときのマーゴットは、心技体が完璧に揃った状態だ。無の境地。森のことはほとんど覚えていない。
刈らずに森に入るのが、ほぼ初めてのマーゴット。さっきからドキドキが止まらない。
えー、草がいっぱいあるわー。刈りたいけど、ダメダメ、今はまだダメ。わー、森って匂いが色々なのね。色んな動物の気配もある。鳥の声って結構うるさいのね。自分の頭の中のうるささを棚に上げるマーゴット。
シャッ ツァールが合図をする。
ドウーン 土の中から特大のミミズが伸びあがる。
ファッサー ツァールは空高く舞い上がり、ミミズの上からサツマイモのツルをまぶす。
「刈る」マーゴットは斧を持って全速力。ツァールにポーンッと跳ね上げられ、一直線でサツマイモのツルに向かった。
「やーっ」マーゴットの高く澄んだ声が響き、パサリとミミズは落ちた。無数の輪切りになって。
「王ー」「王ー」「王、王、王ー」森の中にコボルトの声がこだまする。
「すげーっす」
「姐さん、パネーッす」
「姐さん、強引っす」
「いや、強引すぎないか」
「まあ、頭の固いことを言うのね。現にできたではありませんか。草なら刈れるのです。草まみれの魔物。それは、草巻き魔物ということ。つまり、草」
「えええー」
「いいじゃねえか、お前も見たろ。輪切り」
「スパスパスパーンって」
「かっけー」
「俺たちの、一生の忠誠をー」
「姐さんにー」
大人のコボルトたちは、マーゴットに頭をこすりつけた。シャッシャッっと、ツァールがコボルトたちを追い払う。
子犬のコボルトたちは、輪切りでバラバラになったミミズをかき集めている。
「今日は、ご馳走だ」
「結構です」
マーゴットは間髪を入れず断る。さすがに、ミミズは食べたくない。乙女で王女だぞ。
気が利く護衛たちが、鳥やウサギを狩ってきてくれた。海辺で宴会だ。
「姐さん、てことは、あれっすね。無敵ってことっすね」
急になついたコボルトたちが、マーゴットの周りに群がる。
「ツルとか草とかまぶしてから、ぶった切ればいいってことっしょ」
「実質、無敵っしょ」
何をしょっしょ言っているのか、この犬たちは。マーゴットは聞き流しながら、鳥肉を食べる。
「姐さん、ついていきやす。名前、お願いしやす」
コボルトたちが尻尾をブンブン振っている。
「え、まさか、全員?」
「そうっす」
「ええー」
マーゴットの悲鳴は、波に吸い込まれて消えていった。
「はーい、あなた、なんだか緑っぽいから、ヨモギねー」ペカー
「はーい、あなた、なんだか草っぽいから、ナズナねー」ペカー
「姐さん、適当っすね。でも、最高っす」
マーゴットのやっつけ名づけ。意外と好評だった。なんでもいいのか。いいのだろう。
そして、コボルトたちにも、漏れなく翼が生えた。
***
マーゴットが名づけでヘトヘトになっている頃、居住地では皆が試行錯誤をしていた。
「よーしよしよし」
「いけた、いけましたー」
世界樹の木の枝の、上と下で歓声が上がる。水やパンの乗った箱が、無事に木の枝まで届いた。
長く、苦しい道のりだった。それなりに。
井戸と同様の水汲みバケツに水を入れたグラスを入れ、持ち上げることから始めたのだが。重量がないからか、フラフラグラグラ、バケツが揺れる。風に吹かれて、グラーンとなったり。上まで来る頃には、バケツの中でグラスが倒れて、水がこぼれている。
次は、大きめの木箱にし、箱自体を重くした。そうすると、スキル持ちか、力持ちの男しか持ちあげられない。
「うーん、この作業は、女性でもできるようにする方がいいと思う」
「毎回ポールさんにお願いするのもねえ」
「ポールさんの無駄遣い」
「だな」
女性でも持ち上げられるぐらいの木箱にする。慎重に、最大の注意を払って、そろそろと引き上げる女性たち。
「やったー、こぼれてない」
「でも、ここまで時間かけて、気をつけてやるぐらいならさあ」
「持って運ぶ方が、楽かも?」
うーん。皆でまた熟考する。
「分かった。箱の中でさ、グラスが動くからダメなんだよ。割れ物を運ぶときはさ、周りに色々敷き詰めるじゃない。それで行ってみよう」
緩衝材の草や葉っぱをギュウギュウ詰める。
「やったー、こぼれてないし、楽だった」
「でも毎回、草とか葉っぱをわざわざ詰めるの、面倒よねえ」
「まあ、そうかも」
「あまり、キレイじゃないよね。葉っぱに虫とか土とかついてるかも」
「あ、ほんとだ」
相手は、貴族のご令嬢だった。虫とかついてたら。金切り声が島に響き渡るだろう。その光景が容易に想像できて、葉っぱを詰めるのは却下となる。
「箱の中にさ、もう一つ箱を入れるのはどうかな。グラスの形の穴が開いてて、そこにグラスはめこむ」
「毎回同じグラス使わなきゃいけなくなるけど。それでもいいか、うん、いいよね」
「だったら、スープ皿とかもはめられる穴があるといいかも」
「熱いスープをこぼさず運べると、いいよね」
「フタかぶせたら、さらにいいかも」
「いいね」
宿泊客のごはんを入れる器は、形を統一し、フタもつけることが決まった。器の形に合った穴が開いている小さな箱がいくつも作られる。
「お茶のカップと急須用の穴も欲しいかも」
「魚とか乗せる大きな丸皿とか」
「フォークとかナイフ入れる場所」
「グアー、そんなに組み合わせたくさん作るのかよー」
箱の設計図を担当する男が頭をかきむしる。
「もうさー、部屋では水とパンしか食べられません、ってできたらよくない」
「ホテルの意味」
「本末転倒」
「ですよねー」
はあー、皆のため息で、近くを飛んでいた蝶々が吹き飛ばされた。
「みんな、思い出して、非日常感。部屋で食べられるのは三種類ぐらいに絞っちゃおう。ピクニック形式。バスケットに入ってピクニックに持っていけるものだけ。どうよ」
「いいかも、いいかも。肉とか魚は、パンにはさんじゃえばいいよね。それを布とかでグルグルって巻けば、持ち上げても崩れない」
「スープとか汁物はなしにしよう。ピクニックで汁物持っていかないじゃない。いかない、よね?」
「いかないんじゃない。飲み物は水かジュース。熱い飲み物はなし」
「よし、またマーティン様とベネディクトさんに相談しよう」
「そうしよう」
諸々の検討事案と解決案をまとめて、お昼ごはんのときにふたりに相談する。お昼ごはんは、偉い人に相談する時間という流れがすっかり定着している。
ベネディクトは熟考の姿勢で意見を聞いたあと、口を開く。
「いいのではないか。ピクニックのバスケットを箱に入れて持ち上げるという案。木箱で部屋まで持っていくよりは見栄えがいい。何人か、持ち上げる人が木の枝の上で常駐する必要があるが。それに、給仕はどうするのか」
「そうでした。バスケット渡して、はい終了、ではないですね。貴族のご令嬢は、バスケットからごはんを取り出したり、しませんよね」
「しませんかね? それぐらい、やってもらえないかしらね? だって非日常の冒険ですよ」
「まあ、それぐらいならやってもらってもいいかもしれない。とはいえ、バスケット入りの箱を引き上げて、部屋まで運ぶ人員は必要だな」
考えることが、まだまだまだまだ、いくらでも出てくるな。テーブルに暗い空気が立ち込める。
「いやあ、みんなすごいね。ありがとう。課題が見えれば、あとは解決するだけ。大丈夫、なんとかなるから。どんどん課題を見つけよう」
マーティンが明るい声で見回す。
「そうですね。私たちも、ベネディクトさんを見習って、課題探しをがんばります」
もう誰も、ベネディクトをあら探しスキルと呼ぶ者は、ここにはいない。マーゴットがあるときベネディクトに言ったのだ。
「ベネディクト、臆せずどんどん意見を言ってくださいな。あなたのあら探しスキルは、素晴らしいと思うの」
「そうでしょうか。そんなこと、言われたことはございませんが」
「あら探しって、言い方があれだと思うのよね。要は、ベネディクトは課題を探すのが得意ということでしょう。それって、とてもありがたいのよ。課題が分かれば、あとは解決すればいいの。何もベネディクトが解決しなくていいのよ。誰か解決できる人を探せばいいの」
なんでもひとりでやっては、いけないのよ。そう言って、マーゴットは女神のように微笑んだのだ。ベネディクトに助けられ、いつもありがたく思っていたマーティンもすぐさま乗っかる。
「なるほど、その通りですね。言葉にできなくて、もどかしい思いをしていましたが。確かに、ベネディクトのスキルは課題探しです」
王女と領主に手放しで褒められて、ベネディクトは動揺した。動揺したあまり、インク瓶をなぎ倒し、机がインクまみれになってしまった。
それが、すっかり島民に広まった。そうだわ、あら探しじゃない、課題探しだわ。素晴らしいスキルじゃないの。神様、なんというスキル名をつけるのですか、もうちょっと言いようってものがありませんか。そんな気持ちなのだ。
「よーし、ひとまずは、バスケット入りの箱が持ち上げられるか、試そう」
マーティンの音頭に、皆の意識が集中する。一つひとつ、解決すれば、いつかうまくいく。
皆はまだ知らない。マーゴットが飛べるコボルトを引き連れて戻って来ることを。マーゴット、人の良い点をみつけるのが上手という長所がある。一方で、無自覚に無双しすぎて、他の人の努力を笑いながら追い越しちゃうところも。すごい、すごいけど。もう少し、島民に花を持たせてやってもいいんだぞ。コボルトの到来をなんとなく察知したトレント。そっとため息を吐いた。




