18. 非日常感
マーゴットたちが旅立った。居住区に残っている者たちは、マーゴットたちを気にかけつつも、仕事に追われている。
世界樹の枝に乗せる小屋を量産しなければならない。
「せっかく世界樹の上に泊まるのですもの。見るからに小屋って感じではなく、木のうろの中に部屋がある風味にしてほしいです」
旅立つ前に熱く語っていたマーゴット。マーゴットの欲望を叶えようと、皆必死で頭を絞っている。マーゴットは得意の写実的な絵で、微に入り細に入り理想の部屋を表現してくれた。
「欲しいのは、木との一体感。苔むしていてもいいですね。ツタが絡まっていても雰囲気がいいと思います」
ふんふん。なるほどね。分かったけど、むずかしくないかな、それ。そんな思いは、心の奥底にしまう。
「そうですね、リスや鳥の気分を味わいたいのです。木の中に包み込まれている安心感。王都では絶対に味わえない非日常感です」
マーゴットは拳を握りしめて力説する。
「宿泊客は、お金持ちです。それも、暇を持て余したご婦人やご令嬢でしょう。殿方は、あくまでも付け合わせ、主食ではありません。私たちがもてなすのは、お茶会ぐらいしか楽しみのない、甘やかされた貴族女性」
誰も口を開かない。ここで、なにをどう相槌をうてと。興奮しきっているマーゴットは止まらない。
「皆さん、よくご存じでしょう? あのヒナドリのような弱々しいご令嬢たちを。人生の目的は、有力貴族との結婚。後継ぎを生むことが役割。庇護欲をそそる、華奢な体。触れなば落ちんの風情。将来有望な殿方が白馬で駆けつけ、餌と金と立場を与えてくれるのを、口を開けてただ待っている小鳥さん」
シーン。島が静かになった。
「なんてこと、私は思っていませんけれど」コホン、マーゴットは咳払いをして、気分を鎮めた。
「そんな、箱入りの小鳥さんたちに、ほんの少し、冒険を味わわせてあげましょうよ。ちょっとだけでいいのです。王都のお屋敷ではできない、非日常感。それが、このリゾートの売りですわ」
わーパチパチパチ。いい具合にまとまって、ホッとひと安心。島民たちは拍手喝采した。
力説したマーゴットは、今、魔植物伐採の遠征に出かけている。王女なのに。
マーゴットは、小屋を建てるのに十分な木を切ってくれている。そして、今は魔植物と闘っている。王女なのに、最もきつい仕事を嬉々として引き受けてくれている。
「マーゴット様の理想の木のうろ風の小屋。絶対作りましょうね」
皆の心はひとつだ。安全な居住区で、ぬくぬくと働けるのだ。マーゴットの理想のひとつやふたつ、叶えたいではないか。
「とにかく、人の手が入ってるように見えると興ざめってことだ」
言葉選びの巧みなベネディクトが、分かりやすく言ってくれた。
「ということは、木の継ぎ目が見えないようにすればいいのか」
「窓も、窓窓してないようにね」
「屋根も、屋根屋根しないように」
なんとなく共通認識が深まってきた島民たち。
「外側は苔とかツタでなんとかなるけど。中はなあ」
「小屋の中に苔生えてたら、どう?」
「ない」
「ないない、絶対ない」
うーん。皆は静かに熟考した。あっ、ひとりの女性が手を叩く。
「バロメッツの羊毛。あれを床に敷き詰めればいいのでは?」
「暑くない?」
「秋と冬はいいと思うけど、夏はちょっと」
ですよねー。また静かになる。サヤサヤと風が吹いて、世界樹の周りの草が揺れる。
「イ草。イ草で敷物を編めばいいのよ」
「イイね」
夏はイ草の敷物、涼しくなったら羊毛を床に敷くことが決まった。
***
島民たちが燃えているとき、マーゴットは草と木を燃やしていた。
「外でお肉を焼いて食べるなんて、初めてです」
なんだかんだ言って、王宮育ちの王女様だ。口を開けてただ餌を待っているだけの小鳥ではないけれど、それなりにお嬢様だ。草は刈るけれども。
護衛たちが、張り切ってウサギを狩ってきてくれたのだ。さばいて、焼いて、かいがいしくお世話をしてくれる。ツァールも負けじと、あれこれしてくれる。
「野外で寝るのも、初めてです。あ、船で寝ましたけれど。あれは部屋の中でしたし」
マーゴットにとって、初めて尽くしの遠征。護衛とツァールに守られて、のびのびと満喫している。ふわあ、マーゴットがかわいくアクビすると、ツァールはシャッと何かをマーゴットにかけた。
「あら、今の何かしら」
マーゴットは自分の手や顔を触る。
「なんだか、汚れがとれて、サッパリしているような」
ツァールが得意げな顔をしている。ツァールはついでに、護衛にもシャッとした。
「おお、これはもしや」
「洗浄魔法では? まさか野営でこぎれいになれるとは」
「ありがとうございます」
護衛らしいこともせず、草刈りもせず、ウサギを狩ったぐらい。至れり尽くせりすぎる遠征に、護衛たちは心苦しく思う。
「おいしいごはんをありがとう。明日もよろしくお願いしますね。おやすみなさい」
マーゴットはそう言うと、ツァールのモフモフに包まれてスヤスヤと眠りについた。可憐な王女の寝顔に、護衛たちはハッと息を呑み、すぐさま後ろを向く。
「順番に見張りだ」
「おう、任せておけ」
夜間の見張りの仕事が残っていてよかった。護衛たちは、順番に寝ながら、朝まで火を絶やさなかった。
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ビックリするぐらい、アホな間違いをしておりますね…。すみません。




