16. 我が生涯
「あなたと話していると、気が滅入るのよ」
そう言って、婚約者は去っていった。
「否定ばっかりだな。否定するのはいいけど、代案を出してくれよ。でないと、ただの文句言いだ」
同僚はそう言って、ため息を吐く。
「しかし、私のスキルは」
「あら探しスキルな。よくもまあ神は、そんなスキルを人に授けるものだ。お前も苦労するな」
いつもかばってくれた同僚は、そう言ってポンとベネディクトの肩を叩き、部屋から出て行った。
神童と呼ばれて育ったベネディクト。一度教えられれば理解し、読んだ本は大体覚えていて、努力も惜しまない。才能を努力で磨き続ける者にこそ、成功があると信じている。
「一を聞いて十を知る。まさにベネディクト様のためにあるお言葉です」
家庭教師たちは、こぞって褒めたたえた。侯爵家の嫡男として、前途洋々。ベネディクトの人生に一片の隙なし。そう思われていたし、自分でも思っていた。ところが、十歳で受けたスキル鑑定で出た結果が、あら探し。そのときから、ベネディクトの人生が暗転した。
手の平返しの連発。チヤホヤしていた者が去り、すり寄って来ていた少女たちが消えた。父は落胆し、怒り。母はただ泣いた。次期侯爵は、弟のものとなった。弟のスキルは利にさとい。どっちもどっちだと思うが。父は、あら探しより利にさとい方がましだと考えたようだ。
スキルがなんであろうが、ベネディクトの頭脳は変わらず明晰だ。なのに、あら探しというスキル名で、ベネディクトを蔑む人が多い。不合理で、非論理的。そう言ったところで、世の中の大半は、理にかなわない考えをする人たちでできている。ベネディクトがいくら冷静に、事実を見てくれと言ったところで、無意味だ。
王宮で官吏として仕事をしても、どことなく半笑いの目で見られる。
「バカバカしい」
そう思った。もっと能力を発揮できるのに。機会を与えてくれ。でも、巡ってこない。婚約者が去り、鬱々とした日々を過ごしていたとき、ウワサ話を聞いた。
「不毛の地ユグドランド島で領主の執務補佐官を募集しているそうだ」
「金を積まれても、お断りだな」
「なんの将来性もない領地ではないか」
冷ややかにせせら笑う同僚たちの声。
行ってみようか、ふと思った。あまり知られていないが、ユグドランド島は、ノイランド王国発祥の地だ。侯爵家に伝わる古い書に記されていた。
読んでみたい、ユグドランド島に残る記録を。文字を読み、知識の海にたゆたうこと。ベネディクトにとって、それ以上に大事なことなどない。
応募書類と履歴書を丁寧な手紙と共に送ると、領主からすぐ返事がきた。
『ぜひ、ぜひぜひお願いします!』
子犬か。しっぽを振って、ハッハッと見上げている四つ足の動物が頭に思い浮かんだ。
さっさと王宮の仕事を辞し、荷物をまとめ、誰に見送られるでもなく。逃げるようにユグドランド島にやって来た。
領主マーティンは、わざわざ港で待ち構えていた。船の上からでも見て取れる、ソワソワうろうろグルグルしている領主マーティン。本当に犬のよう。
船から降りたベネディクトに、飛びつくように挨拶する犬。いや、領主。
「お待ちしていました! よく来てくれました! ありがたい、本当に」
馬車の中で、いかに人不足か、特に文官がいない、父の代からの文官が亡くなって、など。息継ぎはいつしているのかと心配になる勢いで話し続ける。そして、たまにハッとして、こちらの顔色をうかがっている。部下になる男に、そこまで気を使う必要はないと思うのだが。
でも、まあ。悪い気はしない。王都での嘲笑うような視線に比べれば、いや、比較にもならないな。ベネディクトが犬派だというのも大きいかもしれない。忠実で分かりやすい犬は、警戒心の強いベネディクトでも気を許せる相手だ。いや、領主だった。そして、上司。気をつけなければ。ついつい上から目線で人を見てしまうのは、ベネディクトの悪いところだ。
領主補佐の仕事はやりがいがあった。やることは山積みだが、暇を持て余すよりははるかにいい。不毛の地と言われるユグドランド島だが、奇跡的な綱渡りでなんとかなっている。神の技巧的な采配を感じるのだが、気のせいだろうか。
雨が降らなくても、夏の陽ざしが焼きつけるようでも、なぜか作物が実る。魚も獲れる。もう一押し、あとひとつ何かきっかけがあれば。この地は富む、そんな予感がする。
ベネディクトは仕事の合間を縫って、古い文献を読み込む。王宮でも見たことのない、古い歴史が垣間見られ、ベネディクトは夢中になった。
「これだ」
ベネディクトは直感的に、自分が答えにたどり着いたと確信する。
「破壊的なスキルを持つ王族が去って、魔植物が氾濫。そのようなことが書いてある。ということは、そういうスキルを持つ王族に滞在してもらえるといいのでは」
破壊的なスキルか。王族のスキルは公表されている。どなたか、該当する方は。しばらく頭の中で、色んな王族を思い浮かべた。うってつけの王女に思い当たったベネディクト。
「マーティン様。お手紙を書いていただけないでしょうか」
「もちろんですよ。どなた宛に?」
「マーゴット第七王女殿下です。マーゴット様は、草刈りスキルをお持ちです。あの魔植物まみれの大地を、更地にしてくださるのではないかと」
「こんなところに来てくれるだろうか。父上から引き継いだ通り、新しい王が立つたびに、手紙は出しているけど。誰ひとりいらしてくださらない」
マーティンは机の上に肘をつき、両手にあごを乗せる。
「マーティン様。差し出がましいようですが、ひとつ助言をさせてください。マーティン様の思いを、取り繕わず、思ったままに書く方がいいと思います」
「不敬では」
「不敬、かもしれません。でも今まで、礼法に則った正式な招待状を送ってこられましたよね」
過去の手紙の控えは全て残っているので、ベネディクトは知っているのだ。
「私は、マーティン様からいただいた手紙を今でも大事にとっています。心打たれました。あれほどまっすぐ、あなたが欲しいと言われたことはなかった。ぜひ、お気持ちを、素直にしたためてください」
ベネディクトの懇願に負けて、マーティンは恥ずかしいともだえながら、王女への敬愛をぶつけた。
『マーゴット王女殿下
突然のお手紙、失礼いたします。ユグドランド島の領主、マーティン・ユグドランドです。
大変ぶしつけなお願いなのですが、ぜひ、ぜひぜひ、ユグドランド島にお越しいただけないでしょうか。
かわいい猫、おいしい魚、青い海、暑すぎる夏、強すぎる植物、人のいい島民がいます。
非力な我らでは、強すぎる植物に負けっぱなしです。マーゴット様のお力を、なにとぞ、お貸しいただけないでしょうか。全力で、全身全霊で、島民一同でおもてなしいたします。
なにとぞ、なにとぞご検討お願いいたします。
マーティン・ユグドランド』
マーティンがいやいや、渋々差し出す手紙を、ベネディクトはスッと受け取り、ザッと読み、すぐさま封筒にいれて、封蝋をし、領主の印章をギュッと押した。
「マーティン様のお人柄がよく出ています。とてもいいと思います。出しましょう」
「本当に、これでいいのだろうか」
渋り、ひよる領主をなだめすかし、ありのまま、思いのままを赤裸々に書いた手紙を送った。
そして、やって来られた破壊王。ちょっと怖い感じの弾ける笑顔で、バッサバッサと刈りまくる。
ああ、この世界一、草刈りハサミの似合う王女様が、全てをぶった切って、なぎ倒して、道を作ってくださる。自身とマーティン様の栄光の道を。ベネディクトは、ふたりの王の前で跪く。
「マーゴット女王陛下、マーティン国王陛下。心からの忠誠を捧げます」
「ちょっとちょっと、何言ってくれちゃってますの。不敬、謀反、独立。まずいです」
「ベネディクト、やめてください」
「他に人がいる場所では言いません」
お世話猫とトレントが、凝視しているが。あれらは人ではない。何を気にする必要があろうか。我が生涯、一片の悔いなし。心からの忠誠を注ぎ続けるのみ。




