11. 創世神話
トレントが予告していた通り、有数の商人の助言が受けられた。
一流の商人の後押しを受けて、ユグドランド島一大リゾート化計画が始まった。王宮で働いていた、女中系スキル持ちは大張り切り。まさに、腕の見せ所、輝く場所をよこしなさいってなもんだ。
「バロメッツからいい羊毛が取れましたから。フカフカのお布団やクッションが作れます」
「ドライアドたちが、木のツルを編んでハンモックを作ってくれるらしいです」
「ブランコもあります。なんならドライアドが押してくれるらしいです」
魔植物の協力体制が万全だ。マーゴットは草刈りハサミの威力に気を良くする。
「でもやっぱり、目玉はあれですわよねえ」
皆の視線が一点に集中する。ビクッ お世話猫が皆に見られて姿勢を正した。
「モフには勝てません」
「ええ、モフモフは最強の癒しです」
「一日一モフ」
みな、モフモフ言い過ぎである。言いたいだけだろう。モフって語感がいいわよね。マーゴットは思った。
女中スキル持ちたちは、ふと疑問を口に出す。
「でも、どこに泊まるのかしら?」
「マーティン様のお屋敷、ってわけにはいかないわよねえ?」
「ホテル建てるのって、大変よねえ」
首をひねる人たち。
「トレントに相談しましょうか」
困ったときのトレント。マーゴットとマーティンはお世話猫と歩き出す。森の中で忙しく若木たちの世話をしているトレント。マーゴットは遠慮なく邪魔する。
「おはようございます。この島を一大リゾート地にすることになりました。どこかにホテルを建てたいので、助言をください」
トレントがクワッと目をむいた。
「過剰な伐採、ダメ、絶対」
「はい。ですから、いい感じの場所を教えてください」
トレントはむっつりと押し黙る。森に沈黙が広がった。
「日が昇る丘がよかろう。種は持っているか」
トレントの問いに、お世話猫が胸をモフッと叩いた。
トレントの後につき、お世話猫に助けられながら、森の中を進む。行けば行くほど、草木の勢いが強くなる。
「刈りながら進みましょうか」
トレントが渋々許したので、マーゴットは先頭に立って道を切り開く。後の者を置き去りにするぐらいの勢いで、マーゴットは前進する。順調に歩みを進めていたが、突如、巨大なツルが行く手を阻む。威嚇するかのようにトゲトゲした太いツル。
「どうしよう。ハサミが入らないわ」
何度か刃を開け閉めするが、ツルッと滑って逃げていく。
「困ったわね。ハサミを突き刺せばいいかしら」
エイッエイッ マーゴットは草刈りハサミをツルに刺していく。しばらく続けて、マーゴットは振り返った。
「どなたか、剣を貸してくださらない」
護衛が我先に剣を渡そうとしたところで、お世話猫がスッと巨大な斧を差し出す。
「ありがとう」マーゴットは笑顔で斧を受け取ると、「やーっ」と叫んで斧を振りぬく。
ギャーという断末魔は、マーゴットの耳には入らなかった。
バサバサバサッと鳥の群れが飛び立つ。マーゴットはわき目も振らず、斧を振りまくる。
「もう、そろそろ、そのへんで」
トレントの緑色がどす黒い色になったとき、ぽっかりと空間が広がる。今までの緑の暴走とうってかわって、白い砂に覆われた丘が先に見える。大きな岩が連なった不思議な建物。
「伝説の巨石神殿」ポツリとマーティンがこぼした。
マーゴットはためらわず近づいていく。マーゴットを遥かにしのぐ巨石が立ち並ぶ。圧迫感で息が詰まりそう。マーティンは首元を少しゆるめた。
「この目で見られるとは思わなかった。どこかにあるとは思っていたけど」
マーティンは静かに跪くと、豊穣神に祈りを捧げる。マーゴットも隣に跪き祈った。
「この丘に、残っている種をまけばいい」
トレントに言われるまま、マーティンは残りの種を全部ギュッとひとまとめにして、地面に埋めた。
「祈りを捧げよ、再生王マーティン。再生王と破壊王、ふたりの王が揃った今、そなたの力も解放されていよう」
トレントは静かに告げる。マーティンは、種を埋めた場所に両手をついて、ひたすら祈った。
ムクムクと土が盛り上がり、マーティンの手の下から緑の芽が勢いよく伸びていく。マーティンは手を離さず、祈り続ける。マーティンの額から、ぽたりぽたりと汗が落ちる。
***
トレントから渡された紙の束を、ベネディクトは手袋をはめた手で注意深くめくる。ゆっくりと、破らないように細心の注意をはらう。島の地図らしき絵と、一節の詩。
「これは、創世神話か。王都にある神話とは違うな」
ベネディクトは読み進めるうちに、思わず立ち上がった。
「まさか、マーティン様が再生王、マーゴット様が破壊王ということか。ふたりの王が揃うと、王の力が解放され、島は元の形に戻るとあるが。元の形とは一体」
そのとき、急にあたりが暗くなった。雨でも降るのかと、ベネディクトはチラリと窓の外に目をやる。
「なんだ、あれは」
ベネディクトは慌てて外に駆け出した。島民たちも皆、同じ方向に走っていく。




