10. 新しい事業と訪問者
トレントからのありがたい紙の束は、領主の頼りになる執行補佐官ベネディクトが、全力で解読している。古語で書かれていたり、文字がボヤけているため、一朝一夕にはいかない。分かったこと、すぐ対策できそうなことから順次手を打っているところだ。
葉っぱの包みには、色んな種類の種が入っていた。貴重な種だろうということで、お世話猫に引き続き預かってもらっている。使い道が判明した種から、栽培を進めている。いずれ、全ての種が有効活用されるだろう。
「マンドレイク? いや、違うな。これは、マングローブと読むのか。海水で育つ樹木だと。みっしりと密集して茂る様はタコの頭のよう、根っこはタコの足のごとく? タコなのか、植物なのか、なんなのか」
絵を見ると、樹木だ。ベネディクトは、これは木だと納得する。
「マングローブの突き出た根っこの下には、魚介類が生息する。土壌が豊かになり、防波堤の役割も果たすとあるな。ユグドランド島にうってつけの樹木ではないか。早速植えなければ」
ベネディクトはすぐさま、トムに相談しに行く。庭師たちが集まって、まずは庭で海水を注ぎながら育て、ある程度大きくなったら海辺に移植することになった。
不思議な種は、普通の植物ではあり得ない速さで成長し、すぐさま海辺に植え替えられた。そして、何もしていないのに、勝手にドンドン育ち、増える。不毛の色だった波打ち際が、すっかり緑で覆われた。
「奇跡か」
「奇跡だろ」
「トレント様ー。ありがとうございますー」
どこにいるかは分からないが、島のどこかにいるはずのトレントに向かって、島民がお礼を叫ぶ。
そんな調子で、不思議な樹木や果樹が増えていった。
「オレンジとキウイがいい感じです」
「ああ、春の果物だもんな。いいぞいいぞ」
ホクホクする庭師たち。
「リンゴと桃とブドウがなりました」
「えっ、それって秋の果物」
「トレント様の奇跡ですかねー」
庭師たちは、季節をまるっと無視する果物に頭を抱える。
「どうも、季節は気にしなくていいようです」
今までの常識を粉々に打ち砕く、果物たち。庭師を中心に、島民たちは話し合う。
「なあ、こんなに果物がなるんだったら、売れるよなあ」
「でも、日持ちしない果物もあるからな」
「ここに来て、食べてもらえれば一番いいんだけど」
「果物狩りとか」
「何それ」
「お貴族様は、果樹園でピクニックして、イチゴとか摘んで食べるらしい」
「へー、ここならやり放題だな」
「マーティン様とベネディクト様にご相談してみましょう」
もちろん、マーティンとベネディクトは大喜びだ。産業のない島に、売り出すものができ、観光の目玉までできた。
「日帰りではなく、長く滞在していただきたい」
「そうですよね。一泊だと、いっぱい食べられないですもん」
「ホテルを作るか」
「いっすねー、ホテル」
「ホテルかー。ユグドランド島ホテル。うん、響きがいい」
島民たちのやる気が盛り上がる。
「でもホテルって、宣伝とか必要ですよね。いい食器とか必要なのでは」
「ホテルなんて、どうやって作ればいいんだろう」
「お客様をどうお迎えすればいいのかな」
島民たちの不安そうな表情に、マーティンがあっと思いついた。
「世界中を旅している商人がいます。彼に聞いてみますよ。彼なら必要な物も仕入れてくれるし、伝手がたくさんあるから、宣伝も任せられる。よし、すぐ手紙を書いてみよう」
***
「青い空、白い雲、穏やかにうねる波、ミャアミャアと鳴く海鳥。風流ですなあ」
船の上からあたりを見渡して、男は感嘆の声を漏らした。
「やや、やっと、不毛の地ユグドランド島が見えてきましたよ。うむむ、なんだか森も草木も青々としていて。おかしいですね。確か塩害で植物が育たない不毛の地だったはず」
うっそうとした木々が、元気よく生い茂っているように見える。鮮やかな花も咲き、ツヤッとした果実もなっているように見える。おかしいな。男は首を傾げた。
覇王フィリップが無能スキル持ちを追放し、ノイランドの王都は徐々に荒れていると噂を聞いている。そして、追放されたハズレスキル持ちが不毛の地ユグドランド島に集まっているとも。何かが起こりそうな予感にやって来たわけだが。
「何かが起こっていそうですなあ」
男はニコニコと微笑んだ。船を降りると、男や女がワラワラと集まってくる。
「お客さん、いらっしゃい。荷物運びますよ」
ほっそりした女が声をかけてくる。
「いやいや、あなたのような女性に荷物を運んでもらうわけにはいきません」
断ったが、女は笑いながら荷物をヒョイヒョイと荷馬車に載せる。
「ご心配なく。私、荷物運びスキル持ちなんですよ。重くても平気です」
「ははー、それはすごい。あなたのような有用なスキルの方まで、そのう、追放されたんですか?」
男は小声で尋ねた。女もコソコソと答える。
「ほら、女が重い荷物運んでると、すっごくひどい職場に見えるじゃないですか。分かってる人なら問題ないですけどね。外聞が悪いってんで、放り出されたんですよ」
女は仕方ないという風に、肩をすくめる。
「でも、ここならうるさく言う人はいないし。みんな、なんかのスキル持ちなんだろうなって目で見てくれるから。問題ないんですよ」
「ははー、なるほどですね」
男は、その界隈ではちょっとした顔なので、領主の屋敷に泊まれることになっている。領主マーティンは、気さくに男を迎えた。
「お待ちしていましたよ。よくいらしてくださいました」
「なんだか予感がしていたところです。お手紙いただいて、すぐにやってきました」
ふたりはガッシと握手をする。フワーン その途端、男の体から疲れが消えて行く。
「おや?」
男は肩を上げ下げ、首をグルグル、両腕を伸ばした。
「船旅でこわばっていた体が柔らかくなりました。疲れもすっかり消えました。もしや、マーティン様は、癒しスキルをお持ちですか?」
男の言葉に、マーティンは照れ笑いをする。
「いやいや、そんな癒しスキルだなんて。大層なスキルではありません。私のスキルは、肩もみなのです。ええ、王国中の貴族から笑われました」
情けない顔をするマーティン。男は不思議そうに体をあちこち調べる。
「スキルは向上すると言いますから。肩もみスキルが癒しスキルになったのかもしれませんよ。こんなに体が軽やかなのは、何年ぶりだろうか」
男は、ピョンピョンはねる。ポヨンポヨンと男のふくよかな腹が揺れ、客間の家具がきしんだ。
「ぜひ庭でお茶などいかがですか? ビールもあります。最近流行り始めたジュースもあります」
マーティンに誘われ、男は庭のテーブルに腰かけた。運ばれてきたのは、色鮮やかなジュース。涼やかなガラスのグラスに入った華やかなみどり色のジュース。グラスの縁にはみずみずしいメロンが飾られている。男はワクワクしながら、少しだけ口に含む。
「甘い」
パアッと満面の笑みを浮かべて、男は夢中で飲み干した。
「おいしい、最高です! もういっぱいお願いします」
「最近おいしいメロンがとれるようになりましてね。では次は別の果物で」
艶やかなピンク色の花が飾られた、白いジュースが男の前に出された。ソワソワとひとくち飲んで、男はまたもや目を輝かせる。
「甘酸っぱい。これはなんの果物ですか? 初めての味です」
「フェイジョアという果物です。塩害に強いらしく。最近、栽培を始めたのです」
マーティンの説明を聞きながら、男はじっくりとフェイジョアジュースを味わった。
「あのですね、マーティン様。このジュース、おいしいです。おいしいのはもちろんなのですが」
男はうーんと悩んだ上に、口を開いた。
「癒しの効果があると思います。船旅で少し胃がムカムカしていたのですが。それがすっかり消えました。肩もみなのか癒しなのか。マーティン領主様はすごいスキルをお持ちだと思いますよ。もう一度鑑定されてはいかがですか?」
マーティンは口をあんぐり開けて、フッと真顔になって口を閉じた。はあーっと息を長く吐く。
「もしかしたら、肩もみスキルが癒しスキルに進化したのかもしれません。でも、鑑定はしません。下手に王家にバレたら、何をされるか分かりませんから」
「そうですね。そうかもしれません。王宮で働くように強要されることもあり得ますね」
ふたりの大人は顔を見合わせて、小さくうなずく。
「他言無用でお願いしますよ」
「分かりました。では、ここを極上のリゾート地にする手助けをさせてください。私の商会の商品もぜひ売らせていただきたい。こちらの果物の取引もお願いします」
男はニッコリと笑った。やり手の商人が、ユグドランド島と手を組んだ瞬間であった。
名前は出していませんが、商人は「石投げ令嬢」のパッパです。パッパ、こっちの世界にも来ちゃった。




