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1.草刈りですが、なにか?


「草刈りスキルですが、なにか?」


 栄えあるノイランド王国の第七王女マーゴット・ノイランド、十七歳。愛用の巨大な草刈りハサミを持ってすごんでいる。


 艶やかな金色の髪に夏空のような青い瞳。ほっそりした体躯。どこから見ても美少女なのだが。スキルが残念すぎ、行動が突飛すぎ、王族とは思えない言動の数々。すっかり王族のお荷物扱いである。


 数いる王族と高位貴族からは冷たい目で見られているマーゴットだが。王宮で働く下級貴族や平民からは絶大な人気を得ている。

 王族なのに気さく、偉ぶらない、美人。何より働き者と評判だ。王女なのに。


 第七王女マーゴット、王宮の草刈りを生業としている。日の出とともに、巨大な草刈りハサミで雑草を刈りまくる。マーゴットの歩いた後は、ぺんぺん草も生えないと言われている。


 肥沃な土壌に恵まれた王都は、雑草の成長も著しい。油断するとあっという間に密林に飲み込まれそうになる。相当数の人員が、雑草との戦いに明け暮れていた。


「マーゴット様がスキルを発動されるまでは、毎日大変でした」

「抜いても抜いても、翌朝になったらまた元通り」

「昨日きれいにした庭園が、翌朝にはボウボウで」

「俺の仕事って、なんなんだろうなーって思ってました」

「花のお手入れどころじゃないんですよ。その前に草刈り」


 マーゴットが草刈りハサミでチョキチョキすると、しばらく雑草が生えてこないのだ。庭師たちは、庭を美しくする作業、花の手入れに取りかかれる。マーゴットが泥臭い仕事をこなしてくれるので、最も楽しいご褒美のお仕事に専念できる庭師たち。それはもう、マーゴットに心酔する。王族に虐げられていると聞くと、腹が立つってもんだ。王宮で働く下位貴族と平民の間で、「マーゴット様を守り隊」がひそかに設立されていたりもする。



 そんな風に、マーゴットがせっせと草を刈り、王宮の人々がその雄姿を愛でているとき、新国王が立った。覇王スキル持ちのフィリップが王位を継承したのだ。

 フィリップの覇王スキルはすさまじい。フィリップのスキルで、反乱分子は一掃され、王国を悩ませていた魔物は鳴りをひそめた。


 前王マクシミリアンは博愛スキルの持ち主。マクシミリアンの下で、民はのびのびと平穏に暮らしていたのだが。

 新国王フィリップは頭脳明晰で有能。覇王スキル持ちゆえか、苛烈な性格だ。なまじ有能なだけに、効率の悪い無駄を嫌う。周囲は選び抜かれた精鋭揃い。フィリップの周りには、常に張り詰めた空気が漂う。


「フィリップ、国には無駄が必要だ。息苦しい場所では民は幸せになれない。清すぎる川では魚が住めないのと同じだ」


 前王マクシミリアンは、ふたりだけの晩餐の場でフィリップをたしなめる。フィリップは無表情のまま、二つ目のパンに手を伸ばした。上品な手つきで小さくちぎり、口に運ぶ。ゆっくり咀嚼すると、香ばしさが口いっぱいに広がる。フィリップは二つ目のパンを食べ終わってから、ようやく口を開く。


「お言葉ですが、父上。茹でガエルというお言葉をご存じないのでしょうか。ぬるま湯にひたっていると、いざ熱湯になっても逃げ遅れ、茹で上がってしまう。私はこの国が、ぬるま湯のカエル状態なのではないかと、危惧しているのです」


 マクシミリアンはもの言いたげな目でフィリップを見るが、フィリップは口をはさむ隙を作らず続けた。


「ノイランド王国は肥沃な土壌に恵まれ、農業が盛んです。民は飢えることはない。飢えを知らないからこそ、のんきにしている。優秀な者が一人でできることを、平凡な者が三人がかりでやっている状況に見えます」


 効率重視のフィリップにとって、無能は税金泥棒と同義なのだ。


「無能なハズレスキル持ちは、給与を下げるとしましょう。東の国に『隗より始めよ』ということわざがあります。まずは、王族の削減から手をつけます」


 フィリップは父の弱みにつけこんで、強引にことを進めることにした。

 博愛スキル持ちの前王マクシミリアン、女好きでもあった。王妃が諦めているのをいいことに、貴族から平民まで、分け隔てなく、手当たり次第、愛した。正妃との息子フィリップから始まり、王子八人、王女七人の子だくさん。博愛とはいえ、やりすぎでは。そう言われて、少なからず後ろめたそう。フィリップはそこを突く。


 

 王子王女の中で、最も役に立たないハズレスキル持ち、第七王女のマーゴットが呼び出される。


「マーゴット、そなたのスキルは確か。草むしりだったか」

「草刈りスキルですが、なにか? お兄さま」


 マーゴットは胸を張って答える。庭仕事の途中で呼び出されたので、草刈りハサミも持っている。フィリップは不愉快そうに眉をひそめた。


「どちらにしろ、王族にあるまじき、恥ずべきスキルだ。税金で保護する価値もない。王室から除名する。殿下の称号はそのまま使っていいが、手当ては打ち切る。名ばかりの王族ということだ。これからは自力で生きよ」

「お言葉ですが、お兄さま」


 マーゴットは大きな瞳をギラギラさせながら、臆することなくフィリップを見つめる。


「私と母は、王室から手当てをいただいておりません。母は料理人、私は庭師として王宮で働いて給与をいただいております。既に平民のような存在です」

「そ、それは知らなかった」


 フィリップは虚をつかれたようで、少し言葉につまった。


「しかし、王宮から給与が出ているというのは、外聞が悪い。税金の手当てと変わらないではないか。どうせ、形ばかりの仕事であろう」

「まあ、心外ですわ。私も母も、真摯に働いています」

「分かった分かった。そなたらの働きが十分か、調べてみる。追って連絡するので、もう下がれ」


 フィリップはハエをはらうかのように、サッと手を振った。マーゴットはもうひとこと、ふたこと言ってやろうと口を開くが、近衛に追い出される。


「な、なんなのかしら。腹が立ちますわ」


 キィイイー、マーゴットは廊下でひとしきり小声でブツクサ言い、スタスタと歩き出す。母を見つけなければ。


「母さん」


 マーゴットは調理場に行くと、入口から母を呼んだ。母はこねていたパン生地を台に置き、粉で真っ白な手をエプロンで拭きながら近づいてくる。


「どうしたの? 庭仕事は終わったの?」

「それどころじゃないわよ。フィリ、陛下がね、ハズレスキル持ちの給与を下げるって。そして、ハズレスキルの王族は、王室から除名するって」


「あらまあ、随分な言い草だわねえ」

「下手したら、ここでの仕事も取り上げられるかもしれない」

「まあ、それは困るわねえ」


 困ると言いながら、母はのほほんと笑う。


「大丈夫よ、私とマーゴットなら、どこのお屋敷でも雇ってもらえるから」


 母は、おいしいパンを焼くスキル持ちだ。確かに、王宮をクビになっても、どこででも働けそうだ。マーゴットは、ほっと息を吐いた。


「いつでも出ていけるように、荷物はまとめておきましょう」


 母の言葉に、マーゴットは頷く。


「荷物まとめスキル持ちに相談してみるね」


 マーゴットは母と別れると、大急ぎで女中部屋に向かった。大部屋には、荷物整理、箱詰めなど、整理整頓系のスキルを持つ者がたくさんいる。

 皆、マーゴットの話を聞いて、憤った。


「何それ。私たちがいないと、王宮がメチャメチャになるのに。分かってないわね」

「全員がすごいスキル持ってても、仕方ないのに」

「覇王スキルじゃ、王宮をキレイにはできないわ」


 女中たちはプリプリする。


「マーゴットがクビになるなら、私たちも辞めようかしら」

「みんな、早まらないで。私と母さんは大丈夫だから」


 マーゴットは焦って、皆を止める。王宮での仕事は給与も待遇もいい。王宮の女中部屋で住めるし、食事も出る。制服があるので、私服はちょっぴりでいい。衣食住が保障されているようなものだ。簡単に辞めていい仕事ではない。


「私、庭師のみんなに言ってくるね」


 マーゴットは女中部屋を出ると、庭園に向かう。美しく整えられた庭園で、木を剪定しているトムを見つけて、マーゴットは顔をほころばせた。


「トム」

「マーゴット」


 トムはニコニコしながら、脚立を降りてくる。乱れた前髪をかきあげ、袖で汗を拭く。


「陛下に呼び出されたって? なんか言われた?」

「ハズレスキルの王族はいらないんだって。もしかしたら、庭師の仕事もクビになるかもしれない」

「ええっ」


 トムは大声を出し、慌てて手で口をおさえた。


「そんな、無茶苦茶だよ。マーゴット、王女なのに庭師の仕事してるのも無茶だけどさ。でもマーゴットのおかげで、庭園がいつも美しく保ててるのに」

「覇王様には草刈りなんて、どうでもいいのよ」


 マーゴットは肩をすくめた。


「そんなあ。どうするの?」

「いざクビになったら、しばらくは教会にかくまってもらうわ。教会でもパンは食べるし、庭の雑草は伸びるでしょう」

「ああ、そうだね。よかった、マーゴットが遠くに行ってしまうかと思った」

「できれば王都にいたいけど。いざとなったら、母さんの故郷に行くしかないかも」

「だったら、俺も一緒に行く」


 トムがパッとマーゴットの手を握り、ハッとしてすぐ手を離した。トムは真っ赤だ。マーゴットは手でパタパタ顔をあおぐ。


 マーゴットは大急ぎで雑草を刈ると、早上がりして部屋に戻る。マーゴットと母は、隣り合わせの個室を与えられている。母は元々平民の料理人だった。母の焼いたパンに驚いたマクシミリアンが、母を褒めようと呼び出し、そして手をつけた。


 手をつけただけなら、そのまま捨て置かれただろうが、母はマーゴットを産んだ。大部屋から、個室に。当然の移動だろう。母は、「私に側妃は務まりません。今まで通りパンを焼きます」そう言って、マクシミリアンを説得し、パン焼きを続けたのだ。


 そして、その流れで、マーゴットも王族でありながら、庭仕事をしている。税金を無駄遣いしたと言われる筋合いはないのだ。

 ところが、フィリップからの沙汰は無慈悲だった。


「私と母さんの給与を半減。大部屋に移動ですって? 大部屋はともかく、給与を下げられるいわれはありません」

「陛下のご決断ですので」


 使者はにべもない。


「では、もう、辞めます」


 マーゴットは、啖呵を切った。草刈りの仕事を辞めることを告げ、さっさとまとめていた荷物を運び出し、母と共に教会に向かう。


「むーかーつー、ではない。腹が立ちますわーー」


 お下劣な雄たけびを、王女風に急転換させ、マーゴットはぜいぜいする。


「おいしいパンを食べましょう」


 荒ぶるマーゴットをよそに、母はいつも通りパンを焼く。お世話になる教会の人たちと、パンを食べ、マーゴットは少し落ち着いた。


「草、刈るわ」


 マーゴットは腹ごなしに、教会の庭を美しく刈り上げた。




ポイントとブクマを入れていただけると嬉しいです。

いいねもぜひお願いいたします。

いいねの多い話数に、イラストをつけて、書籍化する予定です。

よろしくお願いいたします!

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