牢屋と月明かりと僕
名無しの少女の思う頃に繋がる、前のステージ、過去の系列と考えてくれれば、この先の私の小説がよりいっそう面白くなるでしょう。
牢屋と月明かりと僕
著 大蛇 真琴
僕は二年前、罪を犯した。十六の時だ。
罪名は殺人。今は判決を待っている。一審では、僕は精神鑑定の結果、無罪だった。
当然の如く、検察は控訴。
そう、僕は擬似的な二重人格を持っている。
擬似的なと言う方が正しいだろう。記憶は共有している。だが、あっちの記憶はない。いや、眠ると同時に消しているのだろう。そして、嫌な日に嫌な時間に嫌な記憶を思い出させるのだ。
そして、今日も僕は牢屋の中で、月明かりの中、嫌な思い出を思い出させる。
「止めろ!僕を壊さないでくれ!」
悲痛な叫びはあちら側には、面白いようだ。より、強い衝撃を与えてくる。
壁に何度も頭を叩きつけ、自我を留めようとする。だが、柔らかな素材に変えられた壁には効果は無い。
刑務官は、もう慣れてしまったのだろう。俺に一蹴もせずに、別の部屋への見回りと向かう。
僕の額や唇には涙で溢れていた。
僕はあの悔やむに悔やみきれない事を思い出していた。
僕が殺してしまったのは、実の妹だった。
妹の首を足で押しつぶしたのだ。最初は息苦しかっただろう。でも、とめる事は出来なかった。なぜなら、あいつが生まれてから、僕には主導権と言うものが無かったからだった。
「お兄ちゃん〜」
妹の鈴が、花を持ってきてくれた。可愛らしいタンポポだ。
黄色のそれは、とても穏やかで華やかではないけれど、優しい色だった。
「お兄ちゃんみたいだね」
僕は頷く。けど、確証が持てないそれは現実になったのだ。
突然、耳が痛くなり、声が雑音のように嫌な音を響かせ、僕を襲ってきた。
街中で何度もそれが起きるようになってからある日の事。猫の死体を見た自分の顔を鏡で見て驚いた。…笑っていたのだ、不気味な程に。
それ以来、耳鳴りは収まった。が、他人と接する事をやめる様になったのだ。
それは、僕が正義と言うものを見失ったからだろう。
だから、僕は人と触れる事でその人を壊してしまうかもしれない。そう、予見していたのだ。
それでも、妹は僕を宥めて来てくれた。励ましに来てくれた。
…なのに僕は…、何故妹を殺してしまったんだ?
何故、とめる事が出来なかったんだ!
裁判中、僕はそれを主張した。けど、それを不快に思う人がいた。…実の両親だ。
そのことから、僕の弁護士もあまり来なくなった。
それから、二審に入ろうとしている僕に、一人の弁護士が訪れた。…意外にも若い女性だった。
名前は清水 愛さん。駆け出しの新人弁護士のようだが、僕を更生へと向かわせる事を色々としてくれている。
昨日もそうだった。
「愛さん、何故そこまで僕を励ましてくれるんですか?」
愛さんは自信気に言う。
「決まってるじゃない!了君を婚約者候補にするためよ!」
僕は少し黙って説教をすることにした。
「…愛さん。百二十%分かる励ましの嘘を言わないでください」
愛さんは、テヘと笑う。
「でも、了くんは、いい顔筋してるよ。私、彼氏いないからゲットしたい位だもん」
僕はため息をつく。
「何で、僕みたいな人を彼氏にするんですか…?大体、愛さんにも彼氏の一人二人…」
言い終わろうとした時、愛さんは強く言うのである。
「本気だよ!」
僕は驚いた。目が本当に本気だったからだ。
「えっ?」
「だって、君みたいな真っ直ぐな眼をして、悲しそうな顔をする子ほっとけないし…、私のタイプだから」
それからである。何か僕に力がわいてきた。暴力の力じゃなく、自分の意思を保とうとする力が。
僕はどうするべきか…考えた。そして、明日…。
「愛さん、本を持ってきてもらえませんか?」
彼女はすぐに答えた。
「いいよ?何々…もしかして、えっちい本?」
僕は真顔で答える。
「違います。…ちょっと欲しいけど…。そうじゃなくて!僕は被害者になったことが無いから、被害者の心境が分かりません。…だから、被害者から見た加害者への思いというのを知っておきたいんです!」
彼女はすごく驚いてた。そして、満面の笑みで答えたのだ。
「いいよ。…さすが、私の王子様だね」
僕は冗談にして、聞き流しておいた。彼女はそれを気にしたか、一言加える。
「えっちい本も持ってくるから」
「ダメですよ、十八歳未満だし…。それにそういうものは禁じられてるんですよ?」
愛さんは舌を鳴らす。残念そうだ。
「まぁ…いいわ。んじゃ、もって来るね」
それからと言うもの、僕は自由な時間を見つけては、本を読むことにしている。
「これから、神崎 了被告の二審を始めます。被告人は礼を」
僕は一礼をする。その中、被害者であり、実の両親でもある家族は、僕を一瞥した目で見る。
その場で僕は泣きそうになった。
「では、検察側。原告を述べてください」
低い声が裁判所に響く。
「神崎 了は、実の妹を殺したとして…。
一審では精神的な問題があるがゆえに、無罪となりましたが、新たな証拠があるとして、その証拠を元に、被告に死刑を求刑する次第であります」
…死刑。その言葉に、観覧席がどよめく。
記者は急いで、外に出ている。恐らく、報道で速報するつもりなのだろう。
僕も意外だった。一審で求刑された時より重い。
しかし、僕を殺したい気持ちは分かる。僕の父は国会議員で、母は秘書。政界の派閥のドンだからだ。
愛さんは、勢いよく手を上げた。反論を言うのだろう。
「検察に問います。何故、今になって求刑を重くしたのでしょうか?被告はまだ未成年であり、更生の余地は十分にあると思いますが?」
検察は静かに低い声で言う。
「被告は、精密検査の結果、以前癌だと言う申告が医師からありました。ですから、癌の末期患者は、結果的に一緒と考え、死刑と言う求刑をしたという経緯にあたる次第であります」
…ん?ちょっと待て、精密検査?僕はそんなことした覚えないぞ?
僕は目で愛さんにサインを送る。
「ですが…、その証拠はどこにあるのでしょうか?被告はその覚えが無いといっておりますが?」
検察は無言の会話に驚いたようだ。
「…あります。その証拠はこれです」
裁判中に提出されたそれは、三年前の十月、カルテには肝臓癌と書かれていた。
「反論はございますか?」
難しい事はサインを送れず、僕が手を上げる羽目になった。
「裁判長。その日は、僕は中学の部活をしていました」
裁判長は疑問を検察側に問いかける。
「と言っております、検察側。それは正しい証拠なのですか?」
検察側は予想外の人物を証人として出してきた。それは、二人だった。
一人目は母だった。
「了は朝早くから具合が悪く、その日は欠席して病院に連れて行きました。学校の担任からも確認は取れておりますので、間違いはありません」
以上だった。そんなことがあるはずはない。三年前はまだ正常だった。だから記憶も僕の管理下にある。だから、その日は確かなものだった。
「そんなはずは無い…!僕はその日は学校に」
裁判官の声が響く。
「静粛に。では、二人目の証人、前へ」
二人目の証人。それは、1審中の弁護士だった。
「被告人は凄く精神病で衰弱していると言いましたが、あれは本人からの出まかせでした」
僕は、驚く。あれほど僕を弁護した人間がこうも簡単に裏切ったのだ。確かに精神鑑定を受けた。で、結果はうつによる神経的疲労と、強迫観念からでる心の衝動から、と言うものだったはずだ。
要するに、妹が僕のことを殺そうとして、死にたくないという強迫観念から妹を殺した。そういう結果だ。
「被告人は、精神疾患があるように見せ、審議の詐取を行なおうとしました。ですが、私は遺憾にその行動を知りつつも、本人の意向で行い、1審で間違った判決を下された事を誠に反省しております」
愛さんは、手を上げる。
「石田弁護人に問います。貴方は現職を辞する意向で言いましたね?」
石田弁護士は頷く。
「そのつもりです。その事について、何か?」
力ある答えだった。何かがおかしいと気づいたのは、愛さんもわかったようだ。
「愛さん、どうしましょうか?」
愛さんは苦笑する。
「そうね…、そう来るなら…。でも、私だけじゃ無理かな…」
私だけじゃ無理と言うのはどういう事だろうか。何か心のうちを秘めているようだが…。
「わかった、先輩達に相談してみるわ」
「誰の事ですか?」
愛さんは真剣な顔でいう。
「…昔。って言っても、五年ぐらい前なんだけど、〈ジャッカル〉っていうゲリラ報道の集団組織があったんだけどね。それが、国の腐敗さを報道してから、組織の集団を暗殺するようになったのよ」
ジャッカル、聞いた事がある。
兵士でありながら、戦場で数々の国の腐敗さを撮影し、全世界から追われることになったと言われる、軍政革命の兵士達の部隊、総称ジャッカル。
死を司る神官、名をジャッカルと言った、エジプトの伝説に残る、ミイラの作り手達である。
それをモチーフにしたのは、訳があった。第二次世界大戦から、行なわれてきた、アメリカの核実験などを公表し、世界を震撼させたのも、この部隊の情報漏えいからという報道が流れているからであった。
「私は、その部隊の候補生だった。けど、辞めた。それは、部隊長からの言葉だったわ。『自分を改め、そして見つめなおす事に人生を使いなさい。そして、君は人を殺せるような人間にはなってはいけない。』ってね」
愛さんは涙を流す。
「それからだった。私が居なくなってから、彼らは死んでった。そして、ジャッカルの元団員は四人しか居なくなってしまった」
僕は、何を語ればいいのだろう?僕は、犯罪者だ。だから、何も声を掛けられない。けど、一つだけいえることがある。
「大丈夫、僕は死んでも愛さんの心の中で生きるから。ジャッカルの皆もそうだよ」
愛さんは、ハッとする。その言葉の意味が分かったのだろう。悟れたのだろう。
愛さんは涙を拭き、現実に戻ってきた。
「叙情酌量人、前へ」
現れたのは、ごく普通のスーツ姿の男だった。ただ、眼光は鋭く、裁判官さえも意気を飲む人物だった。
「裁判官、この男が本当に酌量人なんですか!?」
検察は怯えているようだった。
「よぉ、また厄介になるぜ?」
少し間を置き、裁判官は男に名前を問う。
「秋雨 勇次。私立探偵をやっている」
「本件とはどういう経緯で来たのですか?」
裁判官は、重い口調で言う。
「まぁ、マスコミには事前配りの、資料を持ってきたんだがね。事件のね」
そうだ、今日は観客席にいる人がやけにメモを取っている。
「そして、この裁判の内容は盗聴されてる」
記者たちはざわめく。一斉に出ようとするが、扉は開かない。
「この部屋に通じる扉はすべて開かなくした。しかも、この音声は、全世界に放送中だ。しかも、変換コンピューターのおかげで、全世界八十%の人間が聞いている、一大イベントさ」
裁判官は驚く。勿論、僕も驚いた。例の人たちがここまですごい事をするとは思わなかった。
「まず、第一に。ここにいる裁判官、マスメディアの一部、そして、検察と一審の被告人。こいつらは、加害者であり、被害者の父親でもある神崎 直人氏による裏金の口座残高報告書。これは、ネットで見れるようにしてあるし、中国、アメリカ、ロシアなどのメディアにも、翻訳して送ってある」
男はさらに追及の手口を止めない。
だが、あることが疑問によぎっていた。
…父親?母親は?
「第二に、自称実の母親である神崎 輝代氏は、十八歳の時に、子宮ガンで子宮を切除しており、事実子供が産めなかった。つまり、愛人との子供を実の子として申請している。これは、直人氏の父、修氏による裏金で成立していた、虚偽妊娠なのである」
これには思わず、愛さんも驚いたようだ。
「そして、少年には一審の医師の判断にセカンドオピニオンにより、診断は確定的になった。以上だ」
そういうと、男は足早に天井口から逃げていった。
「裁判長、これらの証言は正しく判断されるべきではないでしょうか?」
裁判長は、しかめっ面をしていた。何しろ、自分たちの不正が明らかになったからだ。
「裁判長!」
激しく怒鳴ったのは僕のほうだ。
「愛さん、僕はもういいんです。全てを知った上で僕は死ねるんです。それ以外に幸福はあり得ません」
僕は力を込めていった。
「僕を死刑にしてください」
…そうして、僕は死を迎えた。
…けれど。
そう、俺は生きていた。ここは病院だ
しかし、肌の色が違う。病院にいた割りには、肌が黒い。
そう、俺は黒人として再び生を受けた。
…いや、俺が宿主を殺した上で、新たな肉体の宿主をも殺したのだ。
そして、4月、俺は日本へと舞い戻り、あの男の目の前でこういった。
「気をつけろ、俺らはどうやら何かの予兆に用意された代物らしい。どうやら…これから、お前らは過酷な運命を背負うことになるだろう」
…と。
そして、俺も次のステージまで消息を絶っていた。
了
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