17 手のひらと噂
その人の困りごとに寄り添った的確な方法でないと、下手をすれば命すら危うい、のだ。
お供の人に国の有識者をつけてもらえたから、助言をいただきながら何とかやっているけれど……
――わたくしは無力だ。
へっちゃりしながら、自分の両手のひらを見た。
取りこぼしてやしないだろうか……簡単に応じていた過去の自分も怖くなった。
ぎゅっと手を、握る。
それでもできうる限りをする。
今までだって、そうしてきたから。
見守るだけしかできなくても、一歩を出す人のその勇気から、わたくしだってたくさんたくさんの色んな想いと力をもらってきたのだから。
ぐっと力を込めた手で地面を押し、体を起こした。
「ところでメメット、危ないことに首を突っ込んでない?」
少し胡乱な目をしながら彼女を見ると、ぎくりと明後日の方向へと視線を逸らす。
わたくしの友人は、なかなかの強心臓を持っているらしい。
「あなたが心配なのよ、ほどほどにしてね」
「わかってるわ。好奇心で命落とすほど私も暇じゃないしね。……例の噂、上級生の中でも信じる人がでてるみたいで、家ぐるみってのもあったわ。上位貴族が、ってのもあったから私の方でも親に伝えたけど、気をつけてね? 何だかメルティのこと目の敵にしてる節もあるから」
「情報ありがとう、なるべく一人にならないよう頑張るわ」
グッと握り拳を胸元で作れば、親友はほっとしたような顔をした。
「それにしても王子、学院に来ないわね。メルティは何か聞いてるの?」
「そうね……ううん、わたくしには何も……」
そう、何もない。
忙しいのだろうと思っている。
けれど流石に、手紙も何もないのが気になっていた。
何故――
考えても仕方がないので、話を変えておしゃべりに花を咲かせた後、出したものを片付けてそれぞれ教室へと向かうことにした。
放課後は先生からの頼まれごとで、授業で使った教材を一緒に運んだのでいつもより遅くなってしまった。
校舎にはもう人の数がまばらだ。
それでもまだ、友人とおしゃべりしているのか院舎の外から和気藹々とした人の声が聞こえてくる。
その中を、教材室のある棟から教室のある棟へと続くわたり廊下をゆったりと歩く。
腰壁しかないから、空いた部分から秋の気配をまとった風が吹き抜けていく。
「……でも」
「…………」
不意に、どこかから声がした。
見ると植栽の影に誰かがいるようだ。
この前からよく目撃してしまうけれど、何が起こってるの??
わたくしが巻き込まれまいと足を早めようとした、その時。
「君が、必要なんだ……」
聞き知った声が耳に入ってしまってそちらへと視線を向けてしまう。
そこには……
休んでいたと思ったクリスが、きれいな桃色がかった金髪の女生徒の手首を、掴んでいた。
見たくない、ついそう思ってしまって顔ごと前を向く。
すると、驚いた顔をした別の女子が突っ立っていて。
あ。
と思った時にはもう遅く、わたくしも後から追いかけたけれど、逃げてしまった後だった。
次の日の朝。
学院へ行くと思った通り、わたくしと桃色金髪の女の子、そしてクリスの華々しくも物悲しい三角関係の噂で持ちきりだった。
「……メルティアーラ様……」
マリアが登院したわたくしへ、心配そうな表情と共に声をかけてくれる。
その声に微笑みながら大丈夫よ、と言ったものの。
内心、全然ほんとうに全くといっていいほど大丈夫ではなかった。
多分みんなが思っている大丈夫じゃない、ではなかったけれど。
段々と朝の賑わいが増えていく。
その中に隣国の皇子の姿はあっても、自国の王子の姿はなかった。
「おはようメルティ」
相変わらずグルマト殿下は私の髪を一房摘むと軽くキスをする、今日はウインクのおまけ付きだ。
流石にうんざりしていると、先生が入ってきて殿下は離れていく。
助かったわ、今日は言葉を元気にかわせそうにないもの。
各々席につき先生の第一声に耳を澄ませていた。
先生は持ってきた教材だろうものを自身の机に置くと、教壇へ立った。
「おはようみなさん。今日はまずお知らせを。クリス殿下ですが今朝王城から連絡がありましてしばらくお休みに――」
ガタン!
椅子の倒れる音がして、教室中の目がわたくしへと向かってくるのがわかった。
けれど、気にしていられない。
――クリスに何かあった。
嫌な胸騒ぎがしてわたくしは何も告げず教室を出た。