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16 巣立ちと疲れ

「もちろん学業もあるから常にというわけではなくて、そこのところの日程や時間調整はきっちりやるつもりだ」

「これは打診というより、決定なの?」

「……っ、それはっ」

「責めてるんじゃないのよ」


 しゅんとしたクリスにわかってもらえるよう、なるべく柔らかな声になるように努める。

 その声に、彼は一瞬不思議そうな顔をした。


「わたくし、あなたの婚約者になる時点で決めていたの。クリスと国のためにたとえちっぽけだとしてもわたくしの持てる力を尽くそう、って。だから……途中でも話が聞きたかった」


 わかってもらえたのかわからないけれど、クリスの目が見開かれる。


「お話慎んでお受けしますわ。具体的に何をすれば良いか教えてもらえる?」

「……メルティ!」

「メルたん……まじてんし」


 言い終わる前にクリスに抱きつかれ、お父様はなんだか咽び泣いているようだった。

 けどわたくしが彼に抱きつかれた途端。


「あっこんのクソガキ!!」


 斜向かいの椅子から飛び上がるようにテーブルに足をかけ、クリスの方へと乗り込んできた。

 そして彼を羽交(はが)()めにする。


「ちょ、父上、ギブギブ!!」

「うるさい黙れ小僧、婚約させてやったが最後好き勝手しやがってもう許さん!!」


 そのまま引きずって私から彼を離すと乱闘を始めてしまった。


「本当、ケルヒったらクリス殿下のことが好きねぇ」


 お母様は頬に手を当てつつ呆れてお父様を見ている。

 今は引き離すことは考えていないようだった。


「……もう、決めているのね」

「ええ、お母様。だってわたくしもうそれ以外の未来が思い描けないの」

「そう……。子どもの巣立つのって、早いわねぇ。なんだか一気に老け込んだ気分だわ」

「お父様とまだまだラブラブで、いつまでも元気でいましょうねって言いあってるのに?」

「それとこれとは話が違うのよぅ。……いつか、あなたもわかるわ」


 お母様は、それはとても綺麗に微笑んだ。


 わたくしも、わかる時が来るのかしら……今はまだ、何もピンとはこなくても。


 お父様とクリスはまだ、取っ組み合いをしているらしい。

 不平不満をぶちまけながら、拳で語っている。


 それを眺めながら、これから始まる新しいことへの不安と少しの好奇心が、わたくしの心の中に渦巻いていた。




 その日は結局、引っ掻き傷をつけたクリスと一緒に夕ご飯を囲んだ。

 なんだかんだ言っても、お父様は彼を気に入っているからそれはもう上機嫌で。

 自身も引っ掻き傷をつけつつ、ワインを飲みながら話に花が咲いているようだった。


 翌日から、わたくしの予定には聖女信仰に関することが追加された。

 あくまで根差すのは昔ながらのやり方として、ということで特段拠点は持たず、ただ象徴として安寧のために話を聞く村や広場などの場所を選びそこをまわるそうで。


 そのことを許可をもらってメメットに報告したら、いよいよ石像っぽさがましたわね、なんて言われてしまった。




 話があってから翌々日。

 早めに登院するとわたくしよりも早く、マリアが学院に来ていた。


「おはようマリア、早いのね」

「ひゃっ! め、めめめ、メ、メルティ……さま。おはようございます!」


 相変わらず、同級生というのに名前一つ呼ぶのに緊張するらしくかみかみだ。


 少しずつ、慣れてもらえたらいいのだけど。


 そんなことを考えながら自分の机へと向かった。


「マリアはいつもこの時間なの?」

「はい、そうなんです。早めに来て準備しておかないと落ち着かなくって」


 はにかむように笑うそのぱっちりとした翡翠色の瞳は、次の瞬間、真剣な色へと変わる。

 そしてわたくしの手を両手で取ると、


「わたしっ! め、メルティのためにも頑張りますので見守っていてくださいね!」


 と決意表明をされたので訳がわからぬまま、けれど「頑張ってね」と応援すると、マリアは手を離した後満足げに微笑んだ。




 準備は急ピッチで行われ、主な活動は話を聞く事とわたくしからの握手という名の励ましとなり、その神秘性を上げるために衣装があつらわれた。

 顔は判別が付きにくいようヴェールも用意され、自身の格を上げなければならない現実を知る。


 わたくしはいっときわたくしではいられない。


 衣装合わせをしながら、生唾(なまつば)を飲み込む。

 背中にある彼の手の温もりが、勇気をくれる。


 そののち、わたくしの聖女の謳いと信仰の復活が王城前の広場にて大々的に公示された。




「流石に、体力がぎりぎりだわ……」

「メルティお疲れね」

「学園での勉強に地方遠征に、学院でも話を聞いてるからほぼ何か勉強してるのだけど、知る事自体が続くとここまで疲れることを知らなかったわ……」


 学院での昼食時間、くたっとしながら理由を説明するとメメットが(ねぎら)ってくれる。

 のどかな昼下がりに敷物にぺったりと寝そべっているのは流石に格好悪い、と分かっていても、食事後の体をシャキッとできず。


「その辺クリス様がうまくやると思ってたけど、彼もまだまだねー」

「違うのよメメット、これでも減らしてもらってるの。ただ……わたくしが想定を誤っていたのよ」


 そう、学院の相談事や願い事などはまだ問題としては程度が軽かったのだ。

 当人にとっては重いし比べるものではないけれど、やはりその差は存在していた。


 世の中には本気の深刻というものがごろごろしていて。

 軽くても重くても考えることは一緒だけれど、影響の度合いがまるっきり違っていた。

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