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15 拳とじゃれあい

 何だか、きな臭い話を聞いたものだわ。


 不安に少しまとわりつかれながら馬車に揺られ、館へと着いた。

 玄関から中へと入るとガバリと誰かに抱きつかれる。


「きゃっ、だ、誰ですの?!」

「久しぶりのメルティだ」


 さらにスンスンと鼻を鳴らす音と、聞き慣れた声が耳に入った。

 押し返そうとする手を取られ視線を上にやると、クリスが、わたくしの頭に鼻を当てている。


「ごるぁぁぁ! 誰が帰宅早々イチャイチャしていいと言った!!」


 と、後ろからお父様の声がしてベリベリと音がしそうなくらいの勢いで彼の首根っこを掴んで自分の方へと引き寄せた。


「父上! まだ足りないのに何をする!!」

「ええいこのどクソ王子! 私の娘を不埒に触るな!!」


 罵声を浴びせ合うと二人して拳を使ってじゃれついている。

 わたくしは、控えていた二人の後ろからこちらへとやってきた家令のレイラードに話しかけた。


「お父様はクリスと一緒に帰ってらしたの?」

「はい、そうです。何でもお嬢様にお話があるとの事で」

「わたくしに? 何のお話かしら」


 レイラードの話を聞きながらお父様へと視線を移す。

 けれど今は取っ組み合いをしているから、そばに近寄れそうにもない。


 どうしたらいいかしら。


 悩むわたくしが二人を見ていると、その背後からスパーンスパーン!と扇が後頭部に二度、打ち付けられた音がした。


「いい加減になさいまし!」

「フェリス……」

「母上痛い」


 お父様は扇で殴られたことに少しショックを受けたみたいで、クリスは直接不平を言った。


「だまらっしゃい! メルティが困っているでしょう。それに何ですか玄関先でいつまでも、みっともなくってよ」

「ぐっ」

「うぐ」


 お母様は扇を片手にパシパシ打ち付けながら、二人をまるで見下ろすかのような錯覚を受けるまでに威圧したようで。

 お父様もクリスも体を縮こまらせつつばつの悪そうな顔になる。

 そんな二人をしっかりと見やってから、お母様はにっこりと、それはもう極上の笑顔で口を開いた。


「何かおっしゃることはありまして?」

「……次は、気をつける」

「父上と同じ」「父上って呼ぶな!」

「あ・な・た?」


 口での小競り合いに、お母様がお父様の首根っこを捕まえる。


「すいません」

「殿下も、二人してメルティにお話があるんでしたわよね?」

「……そうだった!」


 お話?


 何について、と疑問に思いながらお母様に摘まれたお父様と、わたくしの腰を抱いてくるクリスと共に応接間へと向かったのだった。




 お客様が来たときにいつも使用している応接間は、お母様が整えた品の良い調度品と季節ごとに飾られる花で彩られている。

 侍女のアンナに紅茶を淹れてもらいながら、わたくしはお母様の向かいに座っていた。

 隣にはクリス、斜め向かいにはお父様が少し渋い顔をして座っている。


「それで、お話というのは?」

「うむ……」


 聞いたわたくしにお父様はなんだか歯切れが悪いので、少し見上げる形で隣の瞳へと視線をやるとクリスもなんだか表情が固かった。


「父上、俺から話します」

「……わかった」


 二人は目配せすると、クリスがわたくしの方へと体ごと正面を向けて話しだした。


「バルバザードから難民を受け入れてることは知ってる?」

「ええ、今日メメットから教えてもらったわ」

「そっか彼女から……話が早い。その難民の中でとある新興宗教を信仰している者達が、この国でその宗教を広めようとしているらしいんだ。勿論うちは法律で歴史が古いことや心の自由度の高いものに限って認可しているから、他国の宗教をこちらで、というのは難しい」

「そうですわね」

「ただ、強引にかつ何かの力を使って神秘を見せてとり込む動きが出てるんだ」


 クリスが苦虫を噛み潰したような顔をする。

 彼のことだから、対応をしようとしてしきれなくて悔しかったのかもしれない。

 わたくしは、そっとその両手に自分の手を重ねた。

 瞬間、へにゃっとした顔になった。


「ごほん!」


 そこへお父様の咳払いが聞こえ、クリスはハッとして手を引っこ抜くと居住まいを正した。


「ええっと、それで。そう……国として、メルティ、聖女になってほしい」

「…………っぇえ?!」


 びっくりしたわたくしに、クリスが苦笑しながら言葉を足す。


「まだ平民の間には広まっていないけれど、貴族の……それも子息子女の間でじわじわとその新興宗教が信仰され始めてしまってるんだ。ただの宗教ならまだ良い、だけど調べによるとどうやらあちらの国でのいざこざにも関わってるらしくて」

「……内乱をせんと裏で主導していたのでは、との調べが出ている。追跡調査中だが、十中八九(じっちゅうはっく)間違いないだろう」


 クリスの話を、ぶすくれた表情のお父様が補足してくれる。

 その内容はこの国をも巻き込みそうな危険をはらんでいることは、わたくしにも理解できた。

 けれど。


「それと、わたくしを聖女に、というお話になんのつながりが?」

「貴族の間で噂になってるらしい。石像令嬢は心を助く、と。父上の耳にも入ったらしくてね、まずは穏便にこの件が片付く道を模索したいみたいで……聖女信仰の復活が妥当だろうってことになった」


 俺は反対したんだけどね、メルティとの時間が減りそうだし。

 そう言って彼は頬を膨らましている。


 わたくしが、せいじょ……


 王子の婚約者という立場から一足飛びにとんでもない肩書きを聞かされ、わたくしの頭はこんがらがった。

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