13 皇子は膝をつく
「あのっ」
「聞けばなかなかの使い手だとか。勿論手加減はするので許可をいただきたい」
慌てて断ろうとしたわたくしを遮って、殿下が、退路を絶ってきた。
「ええと、エルンスタさんはよろしいかしら?」
「……はい」
そう返事をするしかなくて、しぶしぶ殿下のそばへと近寄る。
「お手柔らかに頼むよ」
「それはこちらのセリフです」
言いながら、お互いかまえる。
周りの生徒もそれぞれペアを組み、練習開始の合図をまった。
「それでは始めてください」
号令と共に、殿下がわたくしを掴みにかかる。
それを右肩と足を下げることでかわすと、その姿勢のまま左肩で彼に体当たりしにいく。
ぶつかったと共に姿勢が崩れ、けれど踏ん張ったのかわたくしの二の腕あたりを殿下の両腕が抱き込んだ。
耳元に囁きが聞こえる。
「動きが綺麗だ、何年修練を積んでいる?」
「もうそろそろ六年ほど、ですかしら」
「それはすごい」
「いえ、そんなことはっ」
発語と同時に両腕を勢いよく頭上へと上げた。
殿下の手が私の体から外れる。
その隙に左前へと彼の脇をすり抜けようとしたが、右手首をとられ今度は背後から抱き込まれてしまった。
外す算段をつけつつ口を開く。
「殿下はなぜわたくしと手合わせを?」
「そうだな……バルバザードの男は気まぐれなのさ」
ちゅ、というリップ音と共に耳たぶに生暖かい感触がきた。
ぞわわわわっという感覚と同時に、思わずカッとなってしまう。
「気まぐれはごめんこうむり、ます、わっ!」
発語と同時に勢いよく地面へとしゃがみつつ、一歩後ろへ足を下げた。
殿下の手が私の体から外れる。
その隙に下げた足で踏ん張りながら拳を握り腹部に一発当ててしまっていた。
「そこまで!」
先生の号令がかかる。
目の前にはお腹を抱えてうずくまった殿下。
「……いい、拳、だった……」
脂汗をかきながらまだ発言する彼に、流石に申し訳なくなってわたくしは声をかけた。
「念のために、医療室にかかってくださいましね?」
けれど流石に手を差し伸べる気にはなれなくて、うずくまっているのは放っておくことにした。
自業自得ということでいいですわよね? わたくしだって気持ちの良い物ではなかったですもの……。
そこでふと、この所業を知ったベル様のことが心配になり、見学中の彼女を探す。
見つけた彼女は両の頬に手を当てて、どこかうっとりとした表情をしていた。
「ベル様の憧れとわたくしの憧れは種類が違うのかしら」
わたくしは思わずそうひとりごちると、見学の感想を聞くためにベル様の方へと足を向ける。
視界の端に、殿下がクラスメイトに連れられて医療室に行く姿が映った。
その日の昼食はメメットとベル様と一緒に、いつもの場所で食べることにした。
ちょうどいい木陰を探して場所を作る。
三人敷物の上に座り、食堂で購入した食事を各々膝に置き終わるとベル様が話し始めた。
「それにしても、お二人の組手はまるでダンスのような流れで、見ていてとても素敵でしたわ!」
「……ありがとうございます」
どうやら、わたくしにちょっかいをかけた殿下の姿は、運悪く見えはしなかったらしい。
幻滅したらよかったのに、とも思ったけれど、それは個人的な感情だったから口には出さなかった。
ベル様はなおも、あの流れがとか話していた時の皇子の言葉などをうっとりと喋ってらっしゃる。
……もう少し、力をこめておけばよかったかしら。
二度と感じたくない感触に耳を触りながら少し青ざめていると、メメットが口を開いた。
「ベル様は、グルマト殿下に恋してらっしゃるのです?」
「ぐっ?!」
ベル様はタイミング悪くご飯を口に含んでいたものだから、吹き出してしまわないように両手で口を押さえた。
口にある食べ物を飲み込む動作をし、一呼吸おいてからメメットへと返事をする。
「こ、こここ恋だなんて! わたくしは、ちょっとその、憧れているだけですわ。そう、物語の主人公のようで!」
「そうなのですか?」
「そうです! ……わたくしも王族の端くれ、憧れはたくさん持っても、きちんと国益のためにどこかに嫁ぐ心積りでしてよ」
前を見据えて、彼女は凛とした声で告げた。
メメットの息を呑む音がかすかに私の耳に入る。
この年できちんと覚悟をしていらっしゃる。
その確かさに安堵と少しの寂しさを――感じてしまった。
わたくし達は上に立つものとなる。
望もうと、望むまいと。
未来へと想いを馳せていると、メメットが再び話し始めた。
「たくさんの憧れということは、他にもあるんですか?」
「そうなの! メルティお姉様も私の憧れだし、わたくし十一上の姉がおりますの、姉が嫁いだお話がそれはもうロマンチックで」
言うとベル様はそれはもう、うっとりとした表情になって滔々とその顛末を語り出す。
そのとっても素敵なお話に聞き入り、またあれこれとおしゃべりに花を咲かせながら、わたくし達はお昼ご飯を食べ終わるのだった。