11 王女と美丈夫
ドキドキを抱えたままに迎えた朝。
身支度を整えて学園に行くと、門から入ってすぐのところに人だかりができていた。
誰かしら、と思っているとその人だかりの中から声がする。
「メルティお姉様。お姉様!」
わたくしを呼びながら人垣をかき分け現れたのは、見知った人だった。
「王女殿下?!」
「んもう! ベルって呼んでくださいまし。私お姉様には名前で呼んでもらいたいですわ、妹になるのですし」
少し頬を紅潮させ、もじもじしながら言う様はとてもお可愛らしい。
思わずふふっと笑ってしまった。
「そうでしたわ。失礼いたしました、ベル様」
軽く腰を下げつつ首をたれる形で挨拶をするわたくしに、「まだ硬いですわっ」だの言いつつも嬉しそうだ。
「今日はどうしてこちらへ?」
ベル様はまだ、学院に入学するにはまだ年齢が三つほど足りない。
見学にくるにも早すぎることを不思議に思いながら、わたくしは尋ねた。
すると、ベル様は一瞬固まった後、急に手をパタパタとさせ身振り手振りをしながら話し出した。
「こっ、これは! えっとそのう……。正直に話すけれど、お兄様とわたくしって三つ歳が離れてるでしょう?」
「はい」
「だから、わたくしが入学する頃にはお兄様もお姉様も、卒業なさっているってことに最近気づきましたの……」
「確かに、同じ時期に学び舎でお会いすることはできない、ですわね」
「そうなの!」
同意を受けて、ベル様は両手を自分の胸の前でグーにしながら力説する。
「だから、どうしたって一緒に通えないなら、いる時に見学に来ればいいと思って!」
「そうだったんですの。この事クリスは」
「知ってるわ。というか、お兄様には先に相談したの。お父様には、ちょっと、無理を言っちゃったけれど……」
言うと彼女の表情はちょっとバツが悪そうになり。
けれどすっと姿勢を伸ばすと、さすが王族の一員という雰囲気をまとった。
「一週間、見学者としてよろしくお願いします」
威厳と可愛らしさを兼ね備えた義妹は、お辞儀をした後顔を上げながらちょんと舌を出した。
「お? きれいな声音をした小鳥が囀るのが聞こえたが、なるほど羽色まで美しい」
そこへグルマト殿下が通りかかった。
今日はお一人で登院らしく、弟殿下の姿は見えない。
「おはようございます、殿下」
「おはようメルティ。小鳥のお嬢さんも、おはよう」
今日も絶好調な美丈夫は、自重という言葉を知らないらしい。
ある種、羨ましくもありますわね。
そうは思ったけれど、あまり失礼なことをしてもらうのも困ると思ったので、紹介することにした。
「殿下」
「殿下呼びとはつれないな。グルマトとは呼んでくれないのかい?」
「失礼に当たりますので」
「俺が懇願したとしたら?」
流し目をこちらに向けながら、殿下が圧をかけてくる。
あくまでも猫科の猛獣がじゃれてきているつもりのようだ。
わたくしは釘差しを兼ねて返事をした。
「あくまで友人としてそう呼んで欲しいのでしたら、まずはクリスを通してらしてくださいまし。筋を通していただければいかようにも、お呼びいたしますわ」
「束縛男は苦しくなるぞ?」
「わたくしが望んで、いるのです。広大なる籠の中に」
言いながらつい、クリスの顔が浮かび頬がゆるむ。
殿下はなぜか息を呑んだようだった。
不思議に思っていると、ちょんちょんと横から腕を可愛くつつかれる。
横を見れば、少し不安そうな顔をしたベル様と視線がかちあった。
「そうでしたわ。殿下、話がそれましたけど、紹介してもよろしいでしょうか?」
「そちらの小鳥のことかい? 勿論」
「ありがとうございます。こちらはベル=ウルリアン王女殿下です。今日から一週間、学院の見学に」
わたくしの紹介に、ベル様は丁寧にスカートの端をつまみ、気品よく頭を下げる。
クリスの兄妹に驚いたのか、グルマト殿下は直接ベル様に話しかけた。
「これは驚いた、あいつに似ず実に可愛らしいな。俺はグルマト=バルバザード、バルバザード帝国の第五皇子だ、以後お見知り置きを」
「こちらこそよろしくお願いいたしますわ。歓待のおり、気分すぐれずお会いできなくて残念に思っていましたの。今ご挨拶できてわたくしホッといたしました。兄共々仲良くしていただけると嬉しいです」
ニコッと笑ったベル様は、それはもう愛くるしかった。
「そういうわけですので、ちょっかいもほどほどにしてくださいませね」
「国交断絶されないよう頑張るよ」
殿下は笑いながらそう言った後、では失礼、とその場を後にした。
「……世の中には、お兄様達以上に綺麗な方がいらっしゃるのね……」
ベル様の発言にびっくりしながらも、引っかかってはいけないからと言葉を選びながら返事をする。
「確かに、お顔は綺麗ですわね。けれどあちらの文化として一夫多妻制だそうですから。お覚悟がないとお相手は務まらないかと思いますよ」
「あ! ち、違うのよ?! ただ、綺麗だなぁって」
あたふたとし出したベル様に、思わずというふうに吹き出してしまった。
わたくしが少しからかったのだと知り、ベル様がぶぅと口を膨らませつつ笑い返してくれる。




