7 昼食と自己紹介
「なんでっ、逃げるのだっ……!」
「何故って……単純に困るからでしてよ」
殿下は慌てて走ってきたのか、若干息がきれがちだ。
けれど言いつつ振り払おうと右腕に力を入れたのに、敵わない。
近寄るわけにはいかなかったので、振り返りながら足を踏ん張って抵抗する。
力は拮抗した。
「……やるな、惚れ直した」
「やりますわね、けど紳士としていかがなものかと」
この事態の不味さに殿下は気づいていないのか、彼の視線はどこかとろりとしている。
周りに誤解をさせてはいけないので、わたくしは微笑みに怒気をのせて相対する。
気迫で負けてはおしまいだ。
と、ここで殿下の手首を掴む手がにゅっと現れた。
「グルマト、これは流石に看過出来ない。そちらの国ではどうか知らないが、我が国では婚約は結婚と同義だ」
クリスが言い終わると殿下の力が少し緩んだので、慌てて手を引き抜いた。
見ると、目を見開きつつもその表情はどこかしょんぼりしているように見える。
その後ろには、ゆっくりと歩いてきたのか第六皇子殿下が、起こっている出来事をよく飲み込めていないふうに立っていた。
「……そうだったのか、それは、その……すまなかった。外交問題にしたいわけじゃない」
ちょうどその時、授業のベルが鳴って殿下の話は遮られてしまう。
そのままにしておくのも憚られたので、そのお話はまた後で、と何故かわたくしがフォローの言葉を投げ。
クリスと殿下が頷いたのをそれぞれが確認してから、席へと向かったのだった。
リリリリリリ
授業終了の合図と共に、クラスメイトは思い思いに昼食へとさえずりながら飛び立っていく。
その流れに自身も乗ろうとして、今日はちょっと気軽にともいかないかもしれないとふと気づいて、左の席のクリスへと視線を投げた。
「どうした?」
「あの、後でと殿下達とクリスに言いましたが、わたくしメメットと約束がありますの。どうすればいいかしら、と思って」
クリスは教材を机にしまいながら思案顔になった後、なんでもないことのように、
「メメット嬢にも同席してもらったらどうだ?」
と言った。
結論から言えばそれは受け入れられた、主にメメットに。
殿下方は第三者がいるのはちょっと……という感じだったけれど、言った言わないがない方が良いでしょう?、という彼女の言葉に渋々頷いて了承した。
他国の皇族だろうと彼女はいつもの調子だ。
そんなわけで、わたくしとメメット、そして他国の皇子を含めた男子三人組とで、いつもの場所へと向かうことになったのだった。
まだ夏の日差しが残る中、木陰がゆらゆらと揺れている。
そこかしこできゃらきゃらとした楽しいおしゃべりが聞こえてくる中、連れ立って歩きながら中庭の中でも人目につかない奥まった所へと向かう。
そうしてついた先で敷物を敷いたりして場所を作ると、各々が好きなように陣取る。
自然、私の左にはメメット、ついで第五皇子殿下に第六皇子殿下、ぐるりと回って最後にクリスがわたくしの右隣に座ることになった。
「まずは俺が改めて紹介しよう、俺の左側にいるのが、婚約者にして愛しのメルティアーラ=エルンスタ嬢だ。そのまた隣が彼女の親友であるメメット=シルヴァーナ嬢」
紹介された枕詞を無視したわたくしと、その言葉ににやけたメメットは、頭を下げるという略式の礼をとった。
それを見届けると、次にクリスは殿下方を紹介してくれた。
「こちらはグルマト=バルバザード殿、バルバザードの第五皇子だ。こちらが」
「僕は自分で自己紹介しますよ、クリス。ウーガン=バルバザード、バルバザードの第六皇子です、よろしくお願いします」
二人とも言い終わると、自国の挨拶なのか左手を胸に当て軽く頭を下げる。