5 自室と王子
殿下は登院中護衛の方を使って先触れをだしていたらしく、帰宅すると執事のレイラードから、クリスが訪問してくる旨を告げられた。
確定事項として言われたので、わたくしの考えはきちんと彼に伝わっていたらしい。
嬉しいものですのね、想う人にわかってもらえるって……。
少しの面映さを感じながら、わたくしは来客の為に自室を整えることにしたのだった。
「メルティ〜」
今、わたくしは危機に直面している。
程なくしてやってきたクリスを自室に案内してもらったまでは、良かったのだけれど。
来客用のローテーブルとソファに対面で座ろう、と思っていたら、何故か彼は隣へと腰を下ろしてしまった。
そうして、わたくしの名前を少し情けない感じで呼びながら髪を梳いている。
誰の、って――もちろんわたくしの、ですわ。
距離が近いし、そんな目で見つめられても困ってしまう。
そんな、子犬みたいな、けれど撫でられるのを待つかのような……熱のあるそんな視線がわたくしに向いていた。
話をするつもりでしたのに。
そう思うけれど、久しぶりの逢瀬に跳ね除ける気は起こらなくて。
しょうがないが半分、嬉しいが半分で、されるがままになっていた。
少しして、やりきったのか髪を梳いていた手は離れていく。
しなければいけないことをするために、必要なことだけどちょっぴり寂しく思ってしまって、こてん、と自分の頭をクリスの肩に乗せてしまった。
いけない。
と思った時にはもう遅かったらしい。
にゅ、っと彼の両手が出てきたと思ったら、両頬を包まれて額だの瞼だの頬だのに、キスの嵐が巻き起こっていた。
「あ、ああああの、待ってくりひゅ?!」
……噛みましたわ。
「メルティが可愛すぎて辛い」
何がストッパーになったのか、今度はクリスがわたくしの肩に額を乗せながら呟いた。
わたくしは言われた言葉やされたことに羞恥を感じながらも、一生懸命頭を働かせて口を開く。
「あの……クリス、その、こういったことは恥ずかしいけれど嬉しいんです、けれど。今は留学してきている第五皇子殿下のことを……」
言っている途中で今度はクリスの頭はソファの背もたれへと、移動した。
仰向けになって天井へと視線をやり、何故か鼻を押さえている。
風邪をひいたのかしらと心配になって、テーブルの上にある鼻紙を渡すと「ありがとう」と言いながら彼は鼻にそれを当てて顔を背けた。
「体調が悪いようでしたら……」
「ひや、たいしょうふた、……問題ない。というかメルティ、なんで俺に丁寧語なんだ?」
「え?」
「幼馴染には、もっと砕けた物言いだろう? 俺もその仲間に入れて欲しいと、その、思ってて」
「あ……」
「……待とうと思ったけど、我慢ができなくてごめん」
「いいえっ、わたくしこそ! えっと、なんだか気恥ずかしいのとその、お立場がって思ってしまって……気をつけます……じゃなくて、気をつけるわ」
「無理はしなくていい。……けど、ちょっとずつ近づけたら、嬉しい」
未だにこちらを向いてくれないクリスの顔は見えなかったけれど、ちょっと変えただけでもその声は嬉しそうで。
わたくしは、これから少しずつ言葉を変えていけたら、と思った。
しばらくして鼻の調子が落ち着いたのか、クリスは鼻紙をゴミ箱へと捨てにいき。
今日会うことにした本題について、話し合うことにした。
「……それではほんとに急でしたのね」
「ああ。どうにも向こうでゴタゴタがあったらしくて。事後処理中のはずなんだが、方方に皇子を留学に出してる。うちは二人だが、最初三人打診がきた国もあったみたいだな」
「何が目的なのかしら」
「わからん。ただ……巻き込まれると厄介そうな雰囲気ではある」
「クリスは、かの国のことについて詳しいのですか?」