4 留学皇子と言い合い
「えー、隣国のバルバザード帝国からいらっしゃった、グルマト=バルバザード第五皇子殿下です。友好を深め、知見を広めるための短期留学だそうなので、皆さん、よろしくお願いいたしますね」
翌日。
グルマト殿下はわたくし達の教室に現れて、先生から紹介をされていた。
実はあの後クリスから丁寧な手紙が来ていて、留学である旨は知っていたので驚きはなかった。
彼にとっても、殿下のわたくしへの発言はびっくりすることだったらしい。
なので手紙には、きちんと殿下とは話し合うと書いてあったのだけれど。
……今、殿下と目があった際にウインクしてきた様子を見ると、話し合いは失敗したようですわ……。
盗み見たクリスはといえば……般若のような表情で立派に歯軋りをしながら、殿下を睨みつけていた。
――だから、「つがい」って何のことですの?!
いきなりの執着に理由が見えなくて。
わたくしは失礼にならない程度に視線を外しながら、うんざりとしたため息を心の中でつく。
一難去ってまた一難。
バルバザード帝国のお国事情を知らなくては、と思いながら、隣の席のクリスの手首辺りをこっそりとちょんちょんと突いて振り向かせる。
じっと見つめれば、言いたいことがわかったのかちょっとでれっとしながらも、頷いてくれた。
まずは、情報収集を。
賓客であることに変わりはなく、これ以上後手に回って失態を重ねては、外交問題になりかねない。
わたくしも婚約者である以上、その立場は準ずるとみられてしまうだろう。
その事を、きちんと自覚しなくては。
つらつらと考えながら、私は一時限目の授業を話半分で受けることになった。
その後すぐの休憩時間。
目の前には殿下、左隣には睨むクリス、そして何故か他クラスだったのだろう昨日見た男子が右側にやってきていて。
クリスと殿下は喧嘩を始めるし、右隣の彼はニコニコ微笑んでいるだけだしで、わたくしは何もできなくなってしまった。
皇族に、こちらから声をかけることは出来ない。
上下の無さをうたうこの学院だとしても、皇族に対して先に話しかけるのはマナー違反だろう。
困っていると、ニコニコしていたその人が、話しかけてきてくれた。
「兄上にも困ったものですよね、すみません。不肖の兄で。私はウーガン=バルバザードといいます。バルバザードの第六皇子です」
よろしくお願い致しますね、と手を差し出されて。
お返事をしないわけにもいかず、わたくしはその手をそっと握り返した。
「わたくしはメルティアーラ=エルンスタです。この国の公爵家の娘で、クリスフォード殿下の婚約者ですわ、この国のいいところを沢山知っていただけたらと思います」
こちらこそよろしくお願い致します、と返しながら手を離そうとすると、少しの抵抗があったような気がして。
不思議に思ったけれど、
「メルティ、俺の方が身長高いよな?!」
「潔く自分の持つ持たざるを認める男の方がモテるのだぞ? クリス」
と、クリスとグルマト殿下から同時に声がかかってその手は離れていった。
「靴の踵の関係もありますし、正確ではありませんけど。わたくしには、第五皇子殿下の方が高く見えますわ」
そう答えるわたくしに、グルマト殿下はほくそ笑み、クリスは項垂れ、ウーガン殿下はニコニコしている。
早く休憩が終わらないかしら……。
朝一の休憩で次を期待していた列の面々が、廊下から遠巻きにこちらを窺うのが見えて。
申し訳ないのと、結果報告を聞いて癒されたいのとで、つい羨ましくその方達を見てしまった。