2 ベッドの右左
芝居がかった仕草でグルマト殿下がウインクしながら軽く礼をし、こちらを見ながらとんでもないことを言ってきた。
「ちょ、メルティは俺のだからな?!」
クリスがそれに反応し、避けきれなかったわたくしを抱き込みながら抗議をする。
「メルティというのか、良い名だ。俺の伴侶に相応しい」
「いや、だからな?!」
「まだ結婚もしていないのだろう? なら俺が掻っ攫うのも自由ではないか?」
グルマト殿下はその体格の良さに風格まで纏いつつ、ニヤリとクリスに流し目を向けながらさも当然かのように話す。
それを受けて彼が何がしか言い返したようだったけれど、よく聞こえなかった。
わたくしは、自分が今巻き込まれてるような巻き込んでいるような状況に、クラクラを通り越して目が回り、目の前が真っ白になってしまったのだった。
――わたくしは、追いかけられている。
逃げて、逃げて。
違うそうじゃありませんわ。
わたくしは、手を繋いでとな……
ガチャガチャという忙しない音が、耳をくすぐる。
重い瞼をどうにか開けようと奮闘して。
多分薄目が空いたのだろう、わたくしに対して、声がかかった。
「おお、目が覚めたかい?」
少ししわがれた、けれど優しい雰囲気がある声のその人は作業をしながら発声したらしく、声と同時にまだ音が続いている。
なんとかして目をあけ音のした方を見ると、白衣を着た老齢の男性が医療器具の点検をしていた。
ここは、医療室かしら……きっとそうね。
自分が寝ているのはベッドであり、つまりは、倒れたか何かしたらしい。
一緒にバルバザードの皇子と、クリスもいたのだわ……失態、ですわね……。
ふぅ、と溜め息をつきながらゆっくりと上体を起こした。
と、ガヤガヤと誰かと誰かが言い合いながらこっちへやってきている音が聞こえてくる。
「おや、怪我人かな?」
「メルティこいつにはっきりと言ってやってくれ!!」
「ひっくり返る可能性はあるとコイツにきっぱり言った方が良いぞ?」
先生が呟いたのと、ドアを勢いよく開けて男子二人が口を揃えて別々のことを好き勝手に言ってきたのは同時だった。
というか、もう一人、増えていませんこと……?
二人の後ろからついてきたらしい、同じ褐色の肌の多分皇子と血縁だろうその男子をチラリと横目で見たあと、わたくしはどう返事をすれば良いか、困ってしまう。
誰も状況を説明してくれないので、身の振りもわからないのだ。
しょうがなく、正直に率直な気持ちを伝えることにした。
「お二方とも、すみません。わたくし、状況が全くわかっていませんの。その状態でお返事なんてとてもじゃないけど、出来かねますわ」
そう告げると、今気づいたとでもいうように二人ともきょとんとした顔をした。
その後すぐにわたくしに言葉をかけてくれたのは、クリスだった。
「ごめんメルティ!! 俺も突然言われて案内役にされたから時間が無くてだなっ」
言いながら彼がわたわたしつつ、わたくしがいるベッドの左サイドへと腰を下ろす。
「ああ、ちょっと性急すぎたな。けどこの感覚は本物だ、帝国の歴史はこれから覚えればいいと思うが、説明を改めてしよう、メルティ、いつなら時間が取れる?」
次いでグルマト殿下が意気揚々とベッドへと近づいてくると、右サイドへと、腰を下ろした。