1 美丈夫とわたくし
「やっと見つけたぞ! 俺の愛しい番」
言うなりその美丈夫は、わたくしの手を恭しくもそっと優しく掴むと、その甲に唇を当ててきた。
なんで、こんなことになったのかしら?
クラクラと混乱と共に痛む頭は、その理由を教えてはくれない。
仕方がないので、わたくしは、今日の出来事を順を追って思い返すことにした。
あの夏の、眩しい数日が終わって。
わたくしは夏期休暇を、領地ではなく、王都のタウンハウスで過ごしきることに決めた。
我が領地は王都から少し遠いのが、その理由だ。
何せ「寂しいから」と雇い入れている親族と家令にまで領地を任せて、お母様がお父様に会いにくるついでに王都での用事を済ませる。
なんていう事をしてのけるくらいには、遠い。
……勿論、クリスが訪ねて来てくれたら嬉しいなって、思ってもいたの。
あれからクリスは何回か、直談判を含めてお父様と話し合ったみたいだけど、色良い返事はもらえなかった様で。
手紙のやり取りと、お父様同席のお茶会を我が家でした以外、会うことは出来なかった。
だから新学期の始まる今日、正直学院で久々にクリスに会えるのを楽しみにしていて。
登院してすぐから、彼の姿を探すくらいには浮かれていた。
けれど学院内を歩いていて見かけたのは、初めて出会った異国の人達。
そうして突然に声をかけられ、先程の出来事がわたくしの身の上に起きてしまったのだった。
「なっ、何をなさいますの!」
わたくしはあまりの唐突な挨拶とも言えない口づけに。
ぱしーん!
と、相手の頬を張ってしまっていた。
だって、見ず知らずの男子ですのに、手の甲へのっ、き、きききキスとかっ!
失礼ではなくって?!?!
相変わらずの感触の気持ち悪さに、けれど相手へのせめてもの配慮として眼前で甲を拭くこともできず、わたくしは右手を左手でぎゅっと握り込むと相手を睨みつけた。
「ふっ、睨む様も可愛らしい。まるで野うさぎのようだ。突然の無礼失礼した、ずっと探し求めていた相手と知ったその衝撃に免じて許して欲しい」
褐色の肌に黒髪のその人は、垂れ目がちな真紅の瞳にとろけるような熱が籠もっていて、悪びれもせず言い放つ。
わたくしは、その容貌に他国の方で身分不明なこともあって、ただ頷くだけしかできなかった。
だって既に叩いてしまったんですもの、これでとても身分が高かった場合、非常に困ったことになってしまうわ……。
決まりの悪さと相手への嫌悪感に動けないでいると、後ろの方から誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。
「……ザード殿? グルマト=バルバザード殿! あ、こちらにいらっしゃいましたか」
パタパタと少し足速でやってきたのは、会いたかった彼だった。
「クリスフォード=ウルリアン殿。グルマトで良い。ちょっと見て回りたくて散策をしていた」
「では、グルマトと。じゃあ俺のこともクリスと呼んでくれ。見て回るのはいいが、客人の安全も確保したい、次から身の回りの誰かに一言告げてから一緒になって散策してくれないか?」
「それはすまなかった、次から気をつける」
「ありがとう。あれ、メルティ? メルティおはよう! 朝から会えるなんて、夢みたいだ」
言うなりクリスがうきうきと抱きつこうとしてきたので、慌てて避ける。
クリスが案内しているということは、相手はきっと王族だわ。
高位の相手に対して、あんまり品位の無いように見える触れ合いは避けたかった。
「……メルティ?」
握った手を後ろ手に回して見えない位置に追いやると、わたくしは彼に尋ねる。
「……あの、クリス……こちらの方は?」
「ああ。すまない、紹介してなかったな。こちらはバルバザード帝国の第五皇子、グルマト=バルバザード殿」
「こう見えても皇族だが、見た目通りの情熱家でもある、かな? 以後お見知り置きをレディ、というかお近づきに是非ともなって俺の国に来ないか?」
お待たせいたしました。
第二章、開幕です。
自身が結局ボタンを我慢できませんで、相変わらずの突発発車です。
一章と違い、ゆるっと投稿となるかと思いますが、完結まで頑張りますので、どうぞよろしくお付き合いいただけたら、嬉しいです。