夏季休暇と避暑地 6
「泣かせてしまうとは思ってなかった、ごめん」
「いいえ、いいえ。わたくし、っ嬉しくて……嬉しすぎて涙、です、クリス」
わたくしがそう言うと、彼はゆるりと少し体を離してから、両の目元の涙にそっとキスをした。
「!!」
驚いて離れようとしたら、またぐっと抱き寄せられ耳元で囁かれる。
「良かった。気に入ってもらえるか、ちょっと不安だった。気に入ってもらえたなら俺も嬉しい」
これを着て一緒に今日の夕食を食べよう、クリスはそう言うとそっとわたくしを離しながら頬にまたキスをした後、一歩下がった。
段々と慣れてきてる自分が、少し恐ろしいような……。
少し熱くなった頬に手を当てそんなことを考えているうちに、彼は退室したようだった。
その日の夕食は、忘れられない思い出になった。
クリスと、ベル様と、あのドレスを着たわたくしとで、楽しくテーブルを囲んで。
ベル様はご自身とクリスとの笑い転げるような思い出話をしてくれて。
彼はなんとわたくしとお揃いのウエストコートとブリーチズを誂えてくれていたらしく、それを着て夕食の場に現れた。
それはもう驚いたのと、彼の想いに、惚れなおしてしまったのはわたくしだけの秘密だ。
翌朝。
クリスとベル様の見送りで、別荘を後にした。
お別れの際、ベル様はわたくしの元まで来るとこっそりとお話をしてくれる。
「わたくしずっと、お兄様の惚気とか恋する気持ちとかを聞かされてきましたの。けど、お兄様の気持ちばっかりでお相手のことがわからなくって。もしかして、誑かしてる嫌な人かもしれないって、不安だったのですけれど。とっても、素敵な人で安心しましたわ、ぜひわたくしのお姉様になってね!」
言い切るとウインクしながら離れていったベル様は、とても晴れやかな笑顔で。
わたくしも、そう思っていただけたことに嬉しくなって、微笑んだ。
視界の端に映るクリスは、帰るわたくしに少し不満そうに拗ねた顔をしている。
「また、逢えないのか……」
「夏季休暇が終われば、また逢えますわ」
「逢いに、行っても?」
「お父様に良いと言ってもらえたら」
「くっそあの頑固親父。……必ず、逢いに行く」
「はい」
「道中、気をつけるんだぞ」
「はい」
まだ何か言いたそうな彼に、けれど時間が迫っていたので、二人に一礼するとわたくしは馬車に乗り込んだ。
窓から手を振り別れの挨拶にする。
そのうちに馬車はカタコトと走り始め、二人の姿は段々と小さくなっていった。
夏はまだ、始まったばかり。
お父様をどうやって説き伏せようかしら。
わたくしはそんなことを考えながら、家路についたのだった。
お読みいただきありがとうございました。
これで、夏休みのお話はおしまいになります。
続いて番外編の、王子サイドのお話を挟もうかと思っています。
ご感想、批評、一言でも大変励みになりますので、よろしければ書いていっていただけたら嬉しく思います。
二章はもう少し練り込みたくなっています。
お時間いただくことになるかもしれませんが、ゆるりと楽しみにお待ちいただけたら、幸いです。
それではまた、次の物語でお会いできたらと思います。