16 人だかりと紅茶の香り
予想通り――短い休憩時間を三度挟んだ後の長い休憩に、マリアとわたくしのまわりには授業終了と共に瞬時に人だかりが出来た。
マリアに否定したかったのだけれどそれもできず、来た人へ否定してみても駄目元でとせがまれ、どのみち効力がないだろうと思いつつも握手に応えた。
それは瞬く間に学院に広がり、休憩時間は放課後までトイレ以外全てうわさの対応で潰れてしまったのだった。
「…………つ、疲れたわ……」
放課後も人だかりができそうなのを、持ち前の瞬発力で振り切って帰ってきたけれど、流石に人疲れもしていて余力が無くなっていた。
今は自室のベッドに突っ伏している。
見かねたアンナがとぽとぽとぽと落ち着く香りの紅茶を淹れてくれているのが聞こえる。
「皆さん、結構想う方がいらっしゃるのね……」
呟きを拾ったアンナが少しの苦笑と共に口を開く。
「学院にご入学の頃から、婚約者探しの最後の競争が始まっておりますからね」
「そうなのね……この時期に決まった婚約者がいないのが仇になったわ……」
そう、今ちょうど不思議なことにぽっかりと婚約者の席が空いていた。
これまで、令嬢としてはどうかと思うところだけれど、婚約者が途切れたことはなかったのだ。
むくりとベッドの上で起き上がり、テーブルへと向かい着くとふわりと爽やかで甘い香りがする。
アンナの気持ちと共に胸にその匂いを吸い込むと、カップを手にして一口流し込んだ。
「ん、美味しいわ。いつもありがとうアンナ」
「もったいなき御言葉です」
一礼すると作業の終わったアンナが壁際へと下がる。
ちょうどその時、コンコン、というノックと共に長く屋敷に勤めている執事のレイラードが顔を出した。
「お嬢様、旦那様と奥様がお呼びにございます」
「そう、今から行くと伝えてちょうだい」
「畏まりました」
返事をすると彼は白髪混じりの頭を下げて部屋を出ていく。
「お二人ともで何のご用事かしら?」
不思議に思いながらも心当たりもない為、とりあえず父がいるだろう執務室を目指すのだった。