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28 殿下の独白

 そう、俺がウーガンと「出会った」のはたまたまだった。

 自分が皇族の一員であるということをなんとなしに理解した、八歳の冬。

 あいつは母親に連れられて宮殿にやってきた。

 父上の話だと、その母親とは街の視察で出会ったらしい。

 振り返るとわかる話だが、それは異例のことだった。


 バルバザード帝国の歴史は古く。

 皇族にはしきたりだのなんだのが事細かに存在していて、一夫多妻とはいえど迎える妻の位は王族に連なる者であること、という決まりがある。

 ウーガンの母親は自由人ですらない奴隷階級の、街から街へと流れ飲み屋で踊る、その日雇いの踊り子だった。

 そのため、当時五人いた側妃たちはもうカンカンだったそうだ。


 俺の母親もその一人で、鉢合わせしないようにとあれこれ動いたらしい。

 だからやって来たのも知らなければ、暫くは宮殿内で見かけることもなく。

 俺は口頭でだけ聞いたその存在などすっかり忘れていた。


 あれはいつだったのか……多分ウーガンは来て間もなかっただろう。

 正確な時期はもう覚えていないが、春前のこと。


 乾いた砂漠の多い土地柄でも、オアシスにはごく稀に雪が降る。

 その珍しく降った雪の溶けかけのうちに、俺はカエルの冬眠を掘り起こそうと思い立ち、せっせと庭の土をひっくり返していた。

 そこへ声をかけてきたのがウーガンだった。


「……なにを、してるの?」

「ん? 見ない顔だな。まぁいいや、これはカエルを掘ってるんだ」

「カエルを?」

「そうだ。実験なんだ、寒い中カエルを起こしたらもう一度冬眠するのか、それとも起きたままになるのか」

「ふぅん?」


 弟とは知らずに、まじまじとその顔を眺める。

 その瞳は不思議そうに俺の手元の穴と、俺の顔とを交互に見た。


「僕、手伝っていい?」


 おずおずと聞いてきたその瞳は、年相応のきらめきをたたえていた。




 それからなんとなく、庭で待ち合わせしては宮殿内をコソコソとうろつき回り、いろいろな遊びをした。

 鬼ごっこ、盗み食いや壁への落書きなどなど。

 周りからすれば迷惑な悪戯だったかもしれないが、俺たちは面白そうだと思う事は片っ端からやった。

 皇子も、五番目六番目ともなれば過度な期待はない。

 怒られはするが自由だった。

 母上には「第六皇子と仲良くするな」と言われたが俺はいうことをきかなかった。

 言われて初めて俺の弟と知った時には、自分が兄になったのがちょっとだけ嬉しかったくらいだ。


 ある時、街に行ってみたかったから宮殿を抜け出した。

 ひとしきり散策して、その帰り道。


「あー面白かった」

「楽しかったね。でも良かったの? 皇子が街をうろつくなんて」


 相変わらず、楽しいんだかつまらないんだかよくわからない表情をして、ウーガンがきいてきた。

 両手を頭の後ろで組み、そのすましてるようにも心細そうにも見える顔をチラッと見たあと、俺は遠くにそびえ立つ巨大な宮殿に視線をやりながら口を開いた。


「いいんだよ、第五皇子なんてスペアのスペアもいいとこだし」


 そう、俺達はオマケだ。

 正妃の子供はすでに二人いて、皇位を継ぐのは一番上の兄上と決まっている。

 俺達は分家として家を興し皇族の末端として、いずれまたどの子供かが皇家へ嫁ぐための歯車になる。


 決まりきった未来。

 今はそのことを考えたくはなかった。


 ふと隣を見る。

 俺の身なりと違って、ウーガンは小綺麗ではあるけれど装飾品を一つも身につけていないことに気づいた。


「飾りつけるの嫌いなのか?」

「え? そんなこと、ないけど」

「そうか、ならみっともなく見えるからこれやるよ。皇族なら次からきちんと身なりは整えろよ、父上はこういった事にとても厳しいからな」


 手首につけていた腕輪を差し出して押しつける。

 その腕輪を手に、ウーガンはその時初めて笑顔になった。

 麗しい、というのにふさわしい、笑顔に。

 思えば傲慢な俺はそこで間違えたんだろう。

 ウーガンに立場の違いを無遠慮に叩きつけたのだ。




「……竜になった時言われた。ずっと鬱陶しかったと。裏では汚いことをしているくせに世話してやってるように兄貴風を吹かせる俺は、偽善者だと……」

「そんな……」

「一部は事実だ。俺はウーガンが、とりわけ奴の母親が他の兄妹の母親や……俺の母から、苛烈(かれつ)な虐めを受けているのを知っていた。知っていたんだ……」


 わたくしは項垂(うなだ)れるグルマト殿下に、かける言葉が見つからなかった。

 彼は硬く目を(つむ)った後、ゆっくりとその意思をたたえた瞳を前へと向けた。


「結局あいつの母親は二年もせず身罷(みまか)ってしまった。……自死と聞いた」

「そんな……」

「ウーガンは俺達を、国を恨んでいる。そして復讐したかった、奪い返したかったと言っていた。母親を奪った皇族から、国を奪ってやる、と」

「それで内乱……クーデターを。失敗したからうちを使ってバルバザードを取るつもりだったか」


 殿下の隣のクリスが、思案するふうに口へと手を当てながら独り言のように話す。


「そのようだ」

「竜については聞いても?」

「ああ。成人前のいっときだけ、俺達一族の男は竜に変身する能力を発現させる。全員ではないらしいが、詳しいことはもう口伝の中でも伝わってなくて不明なことの方が多い。ウーガンも飛んで行ってしまったが、うちの方で捕らえる手筈は整えるし、いずれそう遠い場所へとひとっ飛びとはいかなくなるだろう」

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