27 殿下とベル様の訪問
家に帰り着くまでに、わたくしは疲れてしまったのか馬車の中で眠ってしまったようだった。
暗闇の中。
一つだけ明かりが灯っている。
ランプかしら?
その光は、フヨフヨとわたくしの周りをくるくるゆらゆら巡った後、ふわっと上昇して消えていった。
まるでお別れの挨拶のように。
ちゅん、ちゅん
耳に小鳥の声が響いてくる。
うっすらと目を開けると、見知った天井が見えた。
自室の天井だ。
顔を横に向けると、視界の下の方にキラキラと朝日が反射している金の髪が見えた。
「クリ、ス?」
ベッドの端にうつ伏せで、寝ているのだろうか返事がない。
ゆっくりと体を起こす。
すやすやと寝息を立てた横顔と、その肩には毛布がかかっていた。
どうやら、側にいるうちに眠り込んでしまったようだった。
わたくしはどれくらい眠っていたのだろう。
そう考えながら、思わず手をキラキラとした宝物のようへと伸ばしかけたところで、その人の目がぱかりと開いた。
「……ん、メルティ? メルティ!」
「おはよう、クリス。わたくしどれくらい眠っていたのかしら?」
「丸二日眠っていたんだ、医者が言うには疲労が溜まったんだろうと……」
「そうだったの、心配してくれてありがとう。そばにいてくれたのでしょう? クリスは大丈夫?」
聞くと、ふわっと笑顔になったクリスが口を開いた。
「メルティはいつも俺の心配ばっかりだな」
言われて思わずびっくりする。
そんなつもりはなかったのだけれど、考えてみると確かにそうだ。
「だって大事なんだもの」
するりと言葉が出た。
クリスは目をまん丸にしている。
そしてベッドへと腰掛けにくると、そのまま私へと腕を伸ばしてきて抱き込まれてしまった。
「クリス?」
「……なんか、負けた気がする」
不思議なことを言われた。
わたくしとクリスは勝負なんてしていないのに。
そう思いながら彼の背へと両腕を伸ばして抱き返す。
どれくらいそうしていただろう。
ふと気になったことをクリスに尋ねた。
「事件は終わったの?」
「……一応は。首謀者の一人は捕まえたから、こちらの法に則って裁かれた後にバルバザードに引き渡す予定だ。既に知らせは飛ばしてある。この件を当人からも伝えるために近々グルマトは国へ帰るそうだ。その前にメルティに会って謝罪したいって言ってたけど、どうする?」
「グルマト殿下が引き起こしたことではないのに……」
「そこは本人から話を聞いたほうがいいだろう、何か事情があるようだから」
「わかったわ、それでは明日以降で日程の調整お願いできるかしら」
「いいのか?」
「早く国へ報告したいでしょうし……それにこの頬、多分なかなか治らないだろうから」
笑いながら自分の頬を手で触る。
そこには何か軟膏の塗られた布が、丁寧に貼ってあった。
手に、クリスの手が重ねられその眉が辛そうによる。
「かわれたらいいのに」
「あら、勲章なのよ? あげないわ」
努めて気丈に笑うと、察してくれたのか頭を撫でられた。
「ありがとう」
その言葉に嬉しくなって思わず微笑む。
「どういたしまして」
二人微笑んで、それからは寝てからのことマリアが心配していたから風邪をひいたクリスを看病していたことにしたりを喋ることに花を咲かせて。
そうして暫くすると学院に登院するために、クリスは帰っていった。
次の日、早速知らせが来てその日の午後にベル様と共にグルマト殿下が来ることになった。
なぜ二人一緒に?
という疑問は姿を見た途端にわかった。
「ぅゔ〜、メルティおでいざま〜!! ぶ、ぶじでっ、よがっだぁ〜」
まだ大事を取るようにとお父様に言われたため、応接間ではなく休んでいた自室へと二人を招いてすぐに、ベル様が抱きついてきたのだ。
その目はどれほど泣いたのか、真っ赤に腫れていた。
クリスが泣きじゃくるベル様の隣で、「心配し過ぎてずっとこうなんだ。グルマトの訪問が先だからベルには別の日にと言ったんだけど、行くと聞かなくて」と申し訳なさそうに説明してくれる。
その瞳には、しょうがないと愛おしいが同居しているようだった。
抱きつかれたまま、クリスとグルマト殿下へ応接セットの椅子をすすめ、わたくしはベル様と共にその向かいに座る。
アンナがお茶を用意し終わり部屋の外へ下がると、殿下が口を開いた。
「この度は我が国の皇族並びに逆賊が、迷惑をかけてすまなかった」
がばりと頭を下げられる。
静寂の中、ベル様のすすり泣く声が響く。
「〜っほんどうでずわっ!!」
「こらベルっ!!」
キッと睨んだベル様を、兄らしくクリスが嗜めた。
ベル様が少し頬を膨らましつつも眉を下げたので、わたくしはその頭をそっと撫でる。
殿下は頭を上げない。
「頭を上げてくださいませ。知らなかったなら無理もないこと、殿下のせいではなく実行した者の責任ですから」
「それでも……! それでも、理由の一端は俺だ……」
「理由、が?」
わたくしとクリスは顔を見合わせた。
そうしてそれぞれ、視線を殿下へとやる。
少しだけ顔を上げた彼は、それでも俯きがちに彼と弟の事情を話し始めた。
「俺がウーガンと出会ったのは――