26 兄弟と決裂
「メルティ!!」
クリスの声が聞こえる。
足音も……複数? 聞こえてきたから、誰かと連れ立ってこちらへと向かっているのかもしれない。
「父上、大丈夫でしたか?」
「ああ……儂は大丈夫だ。そちらは大事ないか?」
「私とクリスは城内の者の避難を済ませました、怪我人はおりません」
「そうか。アッシュリークよ、ご苦労であった」
「いえ、これくらいのこと。誰か! 両殿下に何か着るものを!!」
数人でこちらへとやってきたのは、どうやらクリスの一番上のお兄様であるアッシュリーク王太子殿下だったらしい。
他は多分護衛騎士の方だろうか、少し目線をずらして手を外せば、騎士服が視界に入った。
「はっ! 生ぬるい。虫唾が走りますねぇ」
そこに、張り上げた声が通る。
「ウーガン!!」
「兄上ももう少し気骨があると思ったのに、不甲斐ないことこの上ないですし」
つい目を向けてしまうと、もらった長衣を羽織るグルマト殿下と、それを簡単に腰に巻いただけのウーガン殿下が見えた。
ホッとしながら成り行きを見守る。
他の方も、どうすればいいのか考えあぐねているらしく、クリスと国王様たちはお互い顔を見合わせた後、やはり殿下方の方へと顔を向けていた。
「此度のこと、なんとする気だ」
「なんとするも何も、私はもうこの人間世界に飽きたのですよ。そろそろ国取りでもしてみようと思って遊んでいただけのこと」
「なっ!」
グルマト殿下が強い口調で尋ねたが、ウーガン殿下はものともせずに飄々と、うっすら笑みを浮かべすらして答えている。
「下等種がなんとなろうと私にはどうでも良いことなのです。私たちの国ですらもう腐敗は始まっている、ならば私のような高等種が成り代わってもいいでしょう?」
「だからといってこのようなやり方は」
「せめて表立っては人間が上にいるように見せてあげようとしただけではないですか。まぁそれも失敗に終わったようですから、私はこの辺でお暇しますよ」
遠目からでもわかるにっこり具合でそう言うと、ウーガン殿下は、再び霧を纏う。
そして次の瞬間、けたたましく咆哮をあげたかと思うと翼をはためかせて飛び立ち、目でも追えない遠くへと、飛び去ってしまった。
「ウーガン! 待て!!」
後を追いかねない勢いで叫ぶグルマト殿下は、けれど上空を睨み、拳を握り締めつつその場にとどまる。
その視線の先には、はらりと落ちた長衣。
わたくしにはかける言葉が見当たらなかった。
クリスが物おじせず、すたすたと殿下へと歩いて近寄っていく。
「グルマト」
「……クリス。っそのっ」
「とりあえず着替えないか? それだけじゃ心もとないだろ」
隣を見ると、国王様も頷いてらっしゃるので、わたくしたちは無事だった城へと足をすすめたのだった。
王城、応接間。
国王様とアッシュリーク王太子殿下、わたくしとクリス、グルマト殿下はそれぞれ机の周りに置かれた椅子に座り、お父様は国王様の背後に立っている。
ここに来る前にクリスは自室へ戻り着替えをし、わたくしもドレスを貸してもらって着替え、頬の手当を受けていた。
グルマト殿下はあれから服を貸してもらい、簡易なシャツとパンツへと着替えたようだ。
こぽこぽこぽと、お茶がカップへと入る音がする。
使いをよこして戻ってきてもらった給仕が仕事を終え下がると、国王様が口を開いた。
「此度は皆ご苦労であった。それぞれある程度状況は把握しているだろうが、今一度宰相の方から報告をしてもらおう」
「はっ。私がクリス殿下から学院にて不穏な動きがあるとの報告を受け、陛下へと報告し、影を使って収集した情報によりますと、バルバザードにてあったことは実際はクーデターであったと」
「……違いない。我が国で新興宗教による国の乗っ取りが起こりかけたのは事実だ」
グルマト殿下が唇を噛みつつ答え合わせをする。
「情報の補強ありがとうございます。そして沈静化させたものの、その残党が難民に紛れて我が国に入り込んでいるという情報を掴んだのは、まぁとある情報筋からでしたが……それを聞いたクリス殿下が自分も調べるとおっしゃって、首を突っ込んだ挙句に取っ捕まったのが一昨日ですね」
「ちょ、父上!」
「うるさい黙れ小僧」
「なっ!」
お父様がクリスを睨め付けた。
彼はむっとしつつも、事実だと思ったのか悔しそうな表情をする。
その顔のまま、申し訳なさそうにこちらを見るものだから、つい安心してもらえるように微笑む。
お父様の顔がものすごいことになったけれど、今は気にしないことにした。
「まぁまぁ、うちの息子をあまりいじめてくれるな」
「……わかりました。……ちっ」
「舌打ち!!」
二人の言い合いに、国王様が助け舟を出したけれど、気に入らないのかお父様が渋面のまま舌打ちをした。
わたくしの隣で座っていたクリスは腰を浮かしかけたけれど、ちょっとだけしょんぼりとして座り直す。
と、視界が不意に霞んだ。
「……申し訳ございません、ちょっと、体調が良くないようですわ」
正直に話すと、後は大人同士の話だな、とお父様が笑っていいながら国王様へと退室の許可を尋ね。
わたくし達は一旦家路につくことになったのだった。