24 咆哮とどろく
「……殿下、城門に着きましたがいかがなされますか?」
ノックと共に声がかかった。
どうやらわたくしは座席に横になりなおして、うとうととしていたらしい。
軽く目を擦りながら向かいを見ると、クリスがしゃきっと起き上がっていた。
「体調はもういいの?」
「ああ。心配してくれてありがとう、寝てたから大分回復したようだ。メルティは?」
聞かれて自分も体を起こす。
ふらつきはもうあまりなくなっていた。
「大分いいみたい」
声も前と同じように出るようだ。
「良かった」
心底嬉しそうにクリスが言う。
わたくしも、心からホッとしたので微笑み返した。
ドガァアアアン!
「何?!」
そこへ何処かから、何かが物凄い力で破壊されたかのような音が響いた。
外がにわかに騒がしくなる。
先ほど声をかけてくれた兵士が扉の外から、わたくしたちに向けて声をかけてきた。
「城からのようです! お二人はここに!!」
「いや、私も向かおう」
クリスはすぐさま返事をすると、わたくしへと視線を寄越す。
それにひとつ頷くと、彼から上着が投げられた。
笑って受け取り毛布の中袖を通す。
少しぶかぶかだ。
袖を何回か折り曲げ準備を済ますと、二人揃って馬車から降りた。
グゥぉぉオオオ!
るぉぉォオオオ!
その途端、生き物の鳴き声のような音が聞こえてくる。
「何が起こってるのかしら?!」
「わからない、こっちだ!」
クリスが音のする方向を割り出したらしい。
行く先を定めて走りはじめた。
兵士の集団とわたくしは必死でついていく。
城門とそれに連なる高い塀の折り曲がった道をしばらく走る。
ガアアアアア!
鳴き声が近づき、クリスの走る速度が上がった。
必死で着いていくと、城にある広大な前庭へとでた。
見ると、以前は整えられていた植栽などがなぎ倒されている。
幼い頃にきいた、王妃様が整えたという花壇の花々も踏みつけられ、くしゃくしゃに。
中央に配されていた噴水も、見るも無惨な姿になっていた。
「なんで、こんな……」
その荒涼となってしまった場所の先、城に程近い場所に、翼の生えた鳥のような爬虫類のような巨大な生き物が二頭、今は睨み合っているのか一歩も動かずいることに気づく。
「あれは、何?」
「……竜だ」
「え?」
クリスの言葉に、護衛としてだろう、後ろをついてきた兵士たちからどよめきが広がった。
口々に「竜?」「りゅう、ってなんだ」「伝説の?」ともらしている。
わたくしはこの国に存在しえない生き物の名前に、思わず聞き返した。
彼も驚いているのか、目を見開いて突っ立っている。
「竜、なの?」
「ああ。俺も絵姿でしか見たことがないが、あの絵が本当ならば……あれは竜だ」
「竜……伝説の、生き物……」
鱗で覆われた体は二頭とも黒びかりをしており、片方はこちらに背を向け、片方はこちらへ顔を向けていてその目は赤い。
真紅の、濃く燃えるような赤。
足も太くその割に腕はほっそりとしているけれど、その指先には鋭い爪がついているようだ。
背中には体を覆えるくらいに広く、骨だろうか、扇状に広がってその間にビロードのような赤い皮のついた羽が生えている。
その背の高さはゆうにわたくしたちを超え、その体躯はまるで大人十人で囲ってやっとの大木のよう。
二頭の圧倒的な存在感に言葉を無くしていると、誰かが叫んでいる声がしたような気がした。
「…………しょうきに戻ってくれませんか!!」
「……ぅわぁああああ! うちの庭がああぁぁぁぁあ!!」
「父上!」
見ると、竜の向こう側、城に程近いところに二人して立ち国王様は右往左往、お父様は必死に説得を試みているらしい。
……竜に、説得??
不思議に思っている中、クリスが声をかけたのに気づいたのか、二人頷き合って竜のいる場所を迂回してこちらへとやってきた。
「メルティ!! 無事だったか……」
近づいた途端お父様に抱き込まれた。
ぎゅっとされ、ずいぶん心配させてしまったのだわ、と少し反省する。
「グルマト殿下と兵士の方々に助けていただいたの、影の方にも解毒剤をもらって」
「そうか、皆役目を果たしたか」
わたくし達が再会のハグをしている横で、クリスも国王様にわさわさぎゅーぎゅーされている。
そのうち感極まったのか、国王様は大泣きに泣き崩れてしまった。
「クリスが無事でよかったァァ! 儂の庭ああああ〜!!」
……庭も、悲しかったらしい。
確かに色々な花が咲き誇る美しい庭だった。
今はちょっと……見る影も、無くなってしまっているけれど。
「父上、何があったんだ?」
「あ、ああ。グルマト殿がお前達を助けてすぐに取って返したらしく、今なんというか……」
「兄弟喧嘩中であらせられる」
国王様が言い淀んだのを、お父様がすかさずフォローした。
「「兄弟喧嘩?!」」
一体どういうことなのか……クリスと二人顔を見合わせていると、お父様が話しだした。
「ご到着後、グルマト様が胸ぐらを掴んで二人一緒に外へと飛び出していき、後を追ったらもう既にこうなっていたのだ。……だから、おそらく二人ともがあれになっておられる」
にわかには、信じられない。
ぐるぉぉぉぉォォオ!
けれど現にここにそれはいる。
信じないわけにはいかなかった。