23 渾身の肘鉄
動かない体でもがこうとしながら、つい気になったことが口をついて出た。
「しんじゃ、に、なん……せつめい、する、……の」
「我に必要なのは我の考えに賛同し実働してくれる働き者であって、机上の空論を唱える輩ではないからな。なぁに、洗脳済みの信者どもなど、我らの崇高なる行いを邪悪な考えで邪魔した女を浄化しているとでも言えば、頷く以外何も返ってはこぬよ」
「さみ、し……ひと」
つい本音が口から漏れた。
信じてくれる人への、心ない仕打ちは宗教のすることじゃない。
いくら教えでも、疑うという権利を奪って良いわけがない。
わたくしの言葉に、図星だったのか表情を無くしたグランナダは、次の瞬間どす黒く憤怒の形相をしてわたくしに掴みかかった。
「うるさいうるさいうるさい!! 我を否定するなっ、否定するなァァァあ!」
床に転がったまま着ていた制服が引きちぎられる。
咄嗟に手を前にやっていた。
その瞬間。
どこかからガタバタと音が聞こえた。
何かがこちらへと、たくさんやってくるようなそんな音だ。
「そこまでだグランナダ! 国家転覆の実行犯としてお前を捕縛する!!」
部屋の扉が開いて、人が雪崩れ込んできた。
「なっ、グルマト?! ……いや、お前はこの国のものではないだろう? そんな権限はないはずだ!!」
「ウルリアン国王から権限は借り受けている。ここの兵士がその証拠だ」
至近距離にいたグランナダが狼狽する。
隙ができた。
わたくしはそこへなけなしの力を振り絞って起き上がり、その反動を使って、肘による渾身の一撃を急所へとお見舞いした。
「ぎゃあああああああ!!!!」
とあるところを押さえて転がり回るグランナダ。
部屋に入ってきていた人々からのどよめきが聞こえる。
女だからって、好きにできると思わない方が良くってよ。
……なんて頭の中では思ったけれど、実際のわたくしは情けなくも、力尽きて床へと倒れた。
「メルティアーラ!!」
殿下の叫び声が聞こえる。
ついで何か上着のようなものがわたくしの体にかかった。
頬をするりと何かがなでる。
「全く、無茶なお姫様だ」
愛おしむような、泣く直前のような、そんな声が頭上へキスと共に降ってきた。
目が霞む。
頭頂部だろうと……キスは、許可していませんわ……。
「誰か、彼女を頼めるか」
「はっ!」
「君のとこの王子の大事だから、丁重に」
「必ずや」
言うなり、殿下は背中を見せると窓から出て行ってしまった。
次いで、バサリ、と鳥が飛び立つ際に鳴る翼のような音。
その後のことは、目が開けていられなくて覚えていない。
気づくと、多分馬車だろう中で毛布にくるまり座席部分に寝転んでいた。
内装が見たことのあるものだから、これは王家所有のものだろう。
まだ痛い顔をやっとのことで動かせば、向かいでクリスが同じように寝転がり、顔だけ心配そうにこちらへと向けているのが見えた。
「……よかった、目を覚ましてくれて」
彼がはらはらと涙をこぼしはじめた。
……きれい。
不謹慎にもそんなことを思って。
次にとても嬉しくなって。
それからとてつもなく申し訳ない気持ちになった。
返す言葉が思い浮かばない。
しばし見つめ合う。
すると彼の顔がだんだん不満げになった。
「どうか、した?」
「俺は心が狭い」
「な、に?」
飲まされたものがまだ影響して、うまく喋ることができない。
腫れてる頬でちゃんと出来てるかはわからないけれど、それでもそれなりに、顔でも不思議が伝わるようにした。
「グルマトのだろ、それ……」
言われて見やると、毛布の端から上着の袖が出ていた。
「見苦しい嫉妬だ。けど我儘でも、メルティを守ったりするのは俺がいい……次こそは」
「くりす……」
「頬、痛いよな。替われたらいいのに……」
クリスが唇を噛んで、血が滲んだ。
「ち、が……だめ、くりす。わたくしは、まもられたいだけ、じゃない」
「……え?」
わたくしは言いながら、少し回復したらしい体に全力を込めて起き上がると、座席から降りて彼へと近づこうとし。
馬車の揺れによって、こけた。
「メルティ!」
幸い怪我はなくて、座り込んだまま彼の方へと這い近寄る。
彼は体が動かないらしく、起きようとしてできないようだった。
「からだ、うごか、ないの?」
「ああ。解毒はしてもらったんだけどな。あ、もちろんメルティも。だけど体がまだ自由にならない」
クリスは「あ、でも貞操は死守したぞ!」と言いつつ、苦笑した。
「メルティは、痛いところは……っと、その顔じゃ痛いところだらけか……」
言いながら、また涙が出ている。
どれだけ酷い顔なんだろうと思いながらも、出たのはわたくしの勝手な願いだった。
「わたくしも、まもりたい。くりす、や……くりす、が、だいじ……ているくに、ぜんぶ」
「……メルティ……」
「いっしょ、が、いい、の……ふたり、いっしょ、まもりたい」
今はまだ、全然力が足りないけど。
二人一緒に、守れる力を身につけたい。
一人は嫌。
二人一緒で守りたい。
願いを込めて、彼の手に自分のそれを重ねる。
クリスの瞳から、流すのは最後がいい、私がそう願う水滴が弾け飛んだ。
「俺も……俺も二人一緒にが、いいな」
「で、しょう?」
頬が痛むから、笑えないけど笑った。
そして。
わたくしから。
ひっそりと、心を繋ぐようなキスを一つ。
クリスの唇に落としたのだった。