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21 就寝と訪問者

「そっっっぅ、そう、ね」


 婚約してるのに変な感じだけれど、今更ながらいずれそういうことになるのだ、と強烈に意識してしまった。

 顔を見ることができなくて、カチンコチンになって前を見たままになる。


 ぎしり


 クリスが起き上がったのか空気が動いた。

 近い。


 ドキドキする胸をつい押さえて、手首の枷がジャリっと鳴った。


「……俺が床で寝るのは譲らないから」


 そう言いながら彼は床へと座ってしまった。

 ベッドに座ったままのわたくしから見える彼の後頭部、その耳裏の辺りが赤く染まっている。

 言い表せられないほど、胸の奥底から温かくなって、石造りの部屋だというのにまるで春みたい。

 とそこで我にかえった。


「……あっ! わたくしだって譲ったりしないわ!!」


 結局、クリスは不満そうだったけれど、話し合いを続けたら体力温存に差し障るから、交互に床へ寝ることで合意したのだった。




 寝てからどれほど経ったのか。


 追いかけられている。

 追いかけられている。

 誰に?

 わからない。


 視界が揺れた。

 体も揺れている気がする。


「……ティ、メルティ」

「……ん。おはよう? クリス」


 肩をゆさゆさと揺すぶられていたらしい。

 ベッドに寝ていたわたくしはきちんと熟睡していたようで、目を擦りながらクリスがいるらしい方を向いた。

 目はまだよく開かない。


「いや、まだ朝には少しだけ早い。……影がきた」


 影、という単語に飛び起きた。


「助けが?」


 驚いたけれど見張りに知られないよう、咄嗟(とっさ)に声の大きさを絞る。


「いや、連絡だけだ。だが近くまで助けが来ているらしい」


 とそこへ、男女の声、それも何か言い合いをしているのが響いてきた。


「……知らないですよそんな事!」

「デザン、知らないじゃないわ…………でしょ?!」

「フローラ、あなたそこまで詳しく言ってなかったでしょう?!」

「普通わかるでしょ?!私は王子と愛しあって結婚したかっただけなのに、これだと難しくなるじゃないの!!」


 カツカツという音と、少し怒ったようなガッガッという靴音が聞こえて扉の前で止まる。


「もう起きてたんですか。昨夜は楽しまれましたか?」

「あっ、クリス様!! おはようございますぅ」


 語尾にハートマークがついていそうな物言いの一人は、わたくしが渡り廊下で見た子と同じ髪色だった。

 もう一人の前髪が長くうねったキノコのような短い髪の方は、声を聞いたことがあるような気がする。


「それはどうも、お陰様で寝顔はたっぷりと」

「へっ?!」


 ベッド脇に腰を下ろしたクリスが気高さを残しつつもニヤリと笑った。

 わたくしは思わず変な声を出す。


「なっ?! 生意気な王子ですね。まぁいいです、そんな軽口もここまででしょうから。女の入れ替えです、このお嬢さんが一緒にいたいそうですよ」


 茶色い目を一瞬怒りに燃やし、けれど努めて冷静にと思い直したのか、途中から静かな口調でデザンと呼ばれた男子が告げる。


「あなたのフローラが来ましたわ。ロマンティックな馴れ初めにはなりそうもないですけど、まだわかりませんし、いろいろお世話させていただきますね!」


 その話を受けて期待感いっぱいに話し始めたのは、場にそぐわない内容で。

 わたくしはフローラという子の、未来へのわくわく一杯といった感じの青い瞳を見やりながら、呆気に取られてしまっていた。


「……ま、まぁとにかくそういうことだ。おい見張りのもの!! こっちに来て手伝いたまえ」

「メルティをどこへやる気だ」


 クリスがわたくしを背に庇うようにして、質問する。

 相手はかちゃかちゃと牢の鍵を触りながら答えた。


「グランナダ様がいたくご立腹でしてねぇ。さて。この国では非合法ですが、活動には資金も必要ですから奴隷が合法の国にでも売ってしまわれるのではないでしょうか。見目もまぁまぁ整ってるようですし、あちらの具合がよければ高値も夢ではないですからね」

「お前たちの教義では人を人と思っていないのか?」


 少しの怒気をはらみながら彼がたずねた。

 確かにそうだ、人の心を守るのが我が国の宗教の教えだそうだから……それとは考えがだいぶ違っているように、わたくしにも感じられている。

 気になって、クリスの背中から顔を出しデザンの方へ視線をやった。

 目に飛び込んだのは、歪んだ彼の笑いだった。


「はっ! 人? ……私は祖国では人として扱われていませんでした。深淵の光を信仰しているものは気ぐるいなんだそうですよ? 人を人として扱わないのはどちらですかねぇ」


 デザンの背後に見張りがきた頃合いで、扉が開錠された。


「王子を抑えておいてください。フローラは本当にここに入るで良いのですね?」

「私王子のお嫁さんならもうなんだっていいわ。だって本当に愛してるのだもの」


 二人は見張りを引き連れ中へと入ってくる。

 見張りがクリスの方へと行き、わたくしは足の鎖をデザンに持たれ、離されてしまった。

 抵抗したけれど、力の差があったようで床をゴリゴリと引き摺られる。


「メルティ!」


 助けにこようとしてくれたクリスは、見張りに床へと抑えられた。

 わたくしはベッドから離された足の鎖をデザンに短く持たれ、彼へ近づくことができない。


「離せ!!」

「クリス!」


 少し暴れるとバシン!と力一杯に頬を打たれた。

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