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20 牢の中の求婚

「宰相、この話をなんとする?」


 城にある謁見(えっけん)の間、夜。

 今は私と国王の他とある若造どもが眼前にいる。

 国の中枢(ちゅうすう)(にな)う他の者は、いない。


 その中で国王に尋ねられ、私は思案した。

 二人が捕らえられたのは影からの報告でも明らかだ。

 娘の親としてはなんとしても取り戻したい、だが――


 くそうあの若造私のメルたんを守ると言ったくせに危険な目に遭わせやがってそもそもがなんだ四六時中人の娘を愛でるという名の観察記録つけてるとか付き(まと)いか!

 王族だろうとなんだろうとそれは人としてどうなんだ確かにうちの娘は可愛いというよりもう可憐だし最高だし可愛いけどなお前にやるために生まれてきたんじゃないんだよ畜生。

 それでも好きならまぁ大事にされるだろうしなんと言っても王族に嫁ぐなら影も付くだろうし安心だよねなんて思った私が馬鹿だった私兵でもなんでも用意しときゃよかった私の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。


 ここまでの思考を秒でこなして終わらせる。


 何はともあれ。

 二人の命が最優先だが、この目の前の若造の要求をのめるはずもない。

 さて、皇子と兵士、彼にこっそりつけた影達が目的の場所へ辿り着くまでの時間をどう捻出するか。

 大人の腕の見せ所だなと思いながら、一旦愛娘の顔は頭の片隅に置いて前を見据えた。







「……クリス、食べさせてもらうのはありがたいけど、なんでそんなに嬉しそうなの?」


 あれから上へ話が通ったのだろう、見張りに前側で手枷のようなものをはめてもらっていた。

 手枷の間は肩幅分くらいの長さがあり、先ほどよりは使いやすくなっていて。

 それでも今、わたくしはクリスにあーんがしたいとせがまれている。

 確かに、食べにくくはあるけれど。

 縛られたままの彼よりは、わたくしの手の方が動くだろうと思えた。

 二人分のスープとパン、果物の葡萄が乗ったトレイを挟んで向かい側、スプーンを持ったクリスの顔はとてもいい笑みを浮かべている。


「普段はこんなことできやしないからな。今のうちに堪能しておかないと」


 はい、あーん。

 そう言って出されたスプーンには、湯気の大分落ち着いたスープがちょこんと乗っていた。

 縛られた手はやはり使いにくいのだろう、心なしかプルプルしている。

 これも気遣いなのかも。

 そう思い至ったわたくしは、少し気恥ずかしいのを隠して、口を大きく開けることにした。


 すっと口の中に入ってくるスープ。

 野菜がごろっとした大きさで、口に楽しく、美味しい。


「……美味しい」

「だろ? ……多分、ここは身分のある者の所有する館だろうと思う。料理人がいるような」

「わかるの?」

「なんとなくだけどな。だからすぐにどうこうされることもないだろう、……と思う」


 そこでクリスは歯切れが悪くなった。


「俺たちは交渉の材料と考えられてるっぽいんだが、意図が読めない。この国で宗教を布教したいなら、国に喧嘩を売るのは得策じゃない。なのに現状俺たちは捉えられているから……」

「まだ何か目的がある、ということね?」

「多分な」


 言いつつ空いたスプーンのくぼみに、またスープをすくってこちらによこす。

 今度は素直に口を開けることができた。


「……ん。クリスもちゃんと食べてね?」


 この勢いだと全部わたくしにくれるのじゃないかと気がかりで、クリスに声をかける。

 じいと見ると、しまった、という顔をした。


「あ。いけないなついうっかり楽しみすぎてた……気をつける」


 言いつつ少し苦笑しながら、彼はお皿に乗ったパンを手に取りちぎって口に放り込んだ。


 しっかりとご飯をお腹に詰め込んだ後は、二人ベッドに入って眠ることにした。

 揉めたのは場所のことで、クリスが床で寝ると言って聞かないから困ってしまった。

 二人して、ベッドの前に立ったまま言い合いが続いている。


「床は石造りなのだから、硬くてしんどいでしょう?」

「いや、その、一緒に寝たいのは山々なんだが、父上に申しわけが……」


 最後の方はごにょごにょと口の中で言葉が音になるくらいで、わたくしの耳には聞き取れない。


「淑女にあるまじきことは、わかっているわ。だけど、体力を回復させておかないと、逃げる時に困るでしょう?」

「それは、そうだが……」

「幸い、大人が三人くらい一緒でも落ちないくらい大きいのだもの。わたくし蹴ったりしなくてよ?」

「〜っ、いや、そういうことじゃなくて」

「?」

「その……男としてちょっと、いやもちろん我慢が当然なんだがっ」


 ……クリスの顔が真っ赤になっている。

 わたくしは思い当たって、するりと言葉にした。


「男女の営みのこと?」

「ななな、なっ?!?!」


 狼狽(うろた)えたクリスがのけぞった拍子に脇にぶつかりベッドへそのまま倒れ込む。


「……殿方の体のことと、自分の体のこと、割と早くに習うのよ。だから知ってるといえば知ってるわ」

「……そういえば、うっすらそんなことを聞いたような……」


 仰向けのまま、少し呆けた感じで寝転んでいるクリスの、近くに腰をかける。


「……情けない」

「わたくしも変わらないわ」

「そんなことないだろう?」

「ううん、どきどきしてる。けど……」

「けど?」

「わたくし達には、立場があって、クリスもそれは大事だって、ちゃんと守るって思っているのを知ってるから」


 そう、わたくしは知っている。

 彼が大事にしているものと、それをきちんと大事にする人だってことを。


「……早く、結婚したいなぁ」


 ぽつりと、それはつぶやくような声だった。

 クリスは縛られた両手を顔の前にやったので、顔は見えない。


 結婚。


 その言葉に、今度はわたくしの頬へ血がのぼっていくのがわかった。

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