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魔女裁判開廷ッ!

 グレゴス王国首都にある中央裁判所。

 今日ここで歴史的な裁判が行われようとしていた。


 ――魔女裁判である。


 巨大で豪奢な造りとなっている中央裁判所の傍聴席数、なんと一万。めったなことでは満員にはならないが、今日は全席埋まっていた。立ち見傍聴人までいる。

 みんな魔女見たさに集まった連中だ。


「魔女ってどんな奴なんだろうな」


「楽しみ~!」


「案外ニセモノかもしれないぞ」


 黄金作りの裁判長席に座るは裁判長・ゴルドー。グレゴス王国司法のドンである。

 いかつい顔に巨躯を誇り、黒い法服を身に着けている。そして手には巨大なハンマー。正式名称はガベルというが、表記を“ハンマー”で統一させて頂く。

 ゴルドーがハンマーを振るい、高らかに宣言する。


「これより魔女裁判を開廷するッ! 女を入廷させいッ!!!」


 裁判所の一角にある扉が開き、一人の女が入場する。


 その瞬間、周囲はどよめいた。

 金髪を自慢げになびかせ、颯爽と歩くその姿は、漆黒のローブで身を包みながらも華やかな美しさで彩られていた。

 魔女は部屋の中央にある証言台に立つと、その長い金髪をかきあげた。


「はぁい」


 投げキッスをする。

 傍聴席の男どもはたちまち魅了されてしまった。これは魔法か、はたまた素の魅力か。

 ――が、流石に裁判長ゴルドーには通じない。


「名前を聞こう」


「エレーナっていうの。よろしくね。趣味はアロマで、好みのタイプは年上よ」


 ウインクするが、ゴルドーはかまわず続ける。


「お前は自ら名乗り出て、この裁判所にやってきたそうだが、なぜだ?」


「なぜって国中に『魔女を探せ』なんてお触れを出したのはそっちでしょ?」


 エレーナの言う通り、およそ一ヶ月前『魔女を探せ』というお触れが国中に出された。

 ところがなかなか見つからない。そんな中、エレーナが現れたのだ。


「はるか大昔、魔女は人間に迫害されて、魔女の里に移り住んだわ。魔女の里はそう簡単には見つからない場所にある。その後はそっちはそっち、こっちはこっちでやってきたわけだけど……」


 エレーナの瞳がやや怒りを帯びる。


「ああしてお触れを出したってことは、魔女狩りでも始めるって魂胆でしょ? だから出向いてやったのよ。魔女の力を思い知らせるためにね」


 冷たい微笑を浮かべる。


「よろしい」とハンマーを叩くゴルドー。


「サリエルよ」


「はっ」


 サリエルと呼ばれた審問官が返事をする。細面で神経質そうな顔をしている。


「この後の進行はお前に任す」


「承知しました。まずは、このエレーナが本当に魔女であることを確認しなければなりません」


「その方法は?」


「手に釘を打ってみるという方法があります」


「ほう」


「魔女ならば釘など打たれてもなんの問題もないでしょうからな。……というわけでこの役目はラスク、お前にやってもらおう」


「えっ、僕ですか!?」


 そばに立っていた一般兵ラスクは驚いてしまう。童顔のこの兵士は、まさか自分にお鉢が回ってくるとは思ってなかったようだ。


「なんで僕なんですか!?」


「私は人を傷つけるのが苦手なんだよ」


「いや僕も苦手なんですけど!」


「私は血に弱いんだよ」


「僕も弱いです! 血を見ると血の気が引いちゃって……」


「いいからやるのだ! 審問官の方が兵士より偉いんだからな!」


「そんなぁ……」


 というわけで、ラスクが釘打ちをやるはめになった。両手に釘と金槌を持つ。


「じゃあ……打ちますね」


「どうぞ。遠慮しなくていいわよ」


 釘を突き付けられても余裕のエレーナ。


「じゃあ……えいっ!」


 ガンッ!

 エレーナの手はビクともしない。

 傍聴席からもどよめきが起こる。


 ガンッ!

 二発目も同じ。


「ど、どうして……」


「シールドを張ってあるのよ。そんなのいくらやっても無駄よ」


 ゴルドーはゆっくり頷く。


「なるほど……。とのことだが?」


「裁判長、これだけではまだ十分とは言えませぬ」とサリエル。


「ほう」


「今から彼女を水の入った釜に入れましょう。魔女ならば、息継ぎをしなくとも平気なはず」


「分かった。すぐに用意せい!」


 まもなく、水のたっぷり入った釜が持ち込まれた。大人一人は楽に入れそうな大きさだ。

 サリエルがエレーナに指図する。


「これに入ってもらおう」


「めんどくさいわねえ。まあいいけど」


 ローブのまま入るエレーナ。

 一部の傍聴人は「ちっ、脱がねえのか」と残念がる。


 エレーナの全身が釜に入り、カウントスタート。


 一分……。


 二分……。


 三分……。


 エレーナが出てくる様子はない。

 

 五分ほど経った頃、ラスクがサリエルの肩をゆする。


「サリエル様……彼女、もしかすると死んでるかも……」


「いや、そんなはずは……」


 慌ててサリエルがゴルドーに顔を向ける。


「許す」


 この一言で、サリエルとラスクはエレーナを救出しようとする。


「ばあっ!」


「ぎゃあああああああっ!!!」


 救出のタイミングを見計らったように中から出てきたエレーナに驚く二人。


「アハハハ、驚いた驚いた」


「なんともないのか?」


 ゴルドーの問いに、エレーナは笑って答える。


「当たり前でしょ」


「それにしても……濡れてすらいないというのは、一体どういうカラクリなのだ?」


「薄くシールドを張っておいたのよ。だからこの通り濡れてない。空気は外から移動させて取り込んでたの」


「なるほどな」


「もう少し驚いてよね。張り合いないんだから」


 とにかくエレーナは生きていた。釘打ちも水責めも通じなかったことになる。

 すると、サリエルは――


「最後に火あぶりを行います」


 傍聴席がどよめく。


「このエレーナ嬢を火であぶって、なんともなければ晴れて魔女の証明といえましょう」


 さっそく準備がなされる。

 エレーナはされるがまま鉄柱にはりつけにされた。足元には薪がある。

 サリエルは松明を持つと、


「じゃあ、ラスク君どうぞ」


「だからなんで僕なんです!?」


「そりゃ女性を火であぶるなんてやりたくないし」


「僕だってやりたくないですよ!」


「いいからやれ! 審問官の方が偉いんだ!」


「はいはい」


 審問官ってそんな偉いのかよ……ラスクはぶつくさ言いながら、松明を受け取った。


「じゃあ……燃やしますね」


「どうぞ~」


 エレーナは相変わらず涼しい顔だ。


 ボワァッ!

 エレーナの足元が燃える。常人ならこれで悲鳴を上げるはずだが――


「ふんふ~ん」


 鼻歌を歌っている。

 

「熱くないんですか?」


「ぜーんぜん」


 エレーナを見るラスクやサリエルの方が汗をかいてしまっている。

 その後、しばらく火あぶりが続くが、エレーナは終始余裕の表情だった。


「もう終わり? もっと火力強くてもよかったのに」


 ゴルドーが問いかける。


「今のはどういう仕組みなのだ?」


「足をシールドで守ったのよ。あの程度の火で焼けることはないわ」


 ――傍聴席の誰かが言った。


「またシールドかよ。ちょっとワンパターンじゃないか?」


「うん……他の魔法も見せて欲しいよ」


 本人も自覚があったのか、ギクリとしつつ怒るエレーナ。


「うっさいわね! だったら他のこともやってあげるわ!」


 ラスクの方を向き、吐息を吹きかける。甘い香りがラスクを包み込んだ。


「うっ……!?」


「ふふふ、これであなたはもう私の人形よ」


「はい、私は人形です……」


「今からあなたに力をあげるわ」


 エレーナが呪文を唱えると――


「ウオオオオオオオオッ!!!」


 中肉中背なラスクの肉体が盛り上がる。たとえ武芸の素人でも、彼がパワーアップしているのが一目で分かる。


狂戦士バーサーカー完成ね。今のあなただったら……そうねえ、あそこにいる強そうな人にも勝てるわよ」


 そういわれたのは、兵隊長バルシ。グレゴス王国屈指の剣の使い手で、この裁判でも番兵を務めていた。ラスクにとっては上司にあたる。


「なにを言うか! ラスク如き青二才が吾輩に勝てるわけなかろう!」


「じゃあ試してみましょう。ラスク、あの強そうな人をやっつけなさい」


「……はいっ!」


 ラスクが斬りかかる。駿馬を思わせる凄まじいスピード。

 バルシは抜刀して受けるが、あまりの力に後退する。


「ぬうっ!?」


「あなたを……やっつける」


 ギィンッ!


 剣と剣がぶつかり合う。

 ほぼ互角、いやラスクの方が押している。エレーナがちょっと力を与えただけで、平凡な一般兵ラスクが歴戦の勇士と互角以上になってしまったのだ。


 ガキィンッ!


「く、くそっ……!」


 ラスクの一撃に吹き飛ばされ、壁際に追い込まれるバルシ。

 慌てるサリエル。


「魔女よ、力は分かった! ラスクを止めてくれ! このままでは大事故になる!」


 ここでエレーナが意外な一言。


「力は与えたままだけど、操りに関してはとっくに解除してるんだけど……」


「え」


 ということは、ラスクが上司に襲い掛かってるのは本人の意志。


「ラスクッ!!!」


「ひっ!」


 魔法が解除されたのか、ラスクの体がたちまち萎む。


「お前とっくに自分の意志で動けてたのに、吾輩と戦ってたのか!」


「す、すみませんっ! 僕つええええってなって、楽しくなっちゃってつい……」


「後で教育する。裁判が終わったら、訓練所に来い」


「ひいいっ!」


 魔女裁判なのにラスクの刑が確定した。力に溺れた罪は重い。後でたっぷりしごかれることだろう。


 ガンッ!!!


 色々とグチャグチャになってしまった場を鎮まらせるように、ハンマーの音が鳴り響く。裁判長ゴルドーである。


「サリエル、この者は魔女で間違いないか?」


「はい。これだけ魔法を見せられれば……もはや魔女であることは確定かと」


「分かった……」


 ゴルドーがエレーナを睨みつける。


「“魔女”エレーナよ」


「なぁに?」


「私からお前に申し上げる」


「魔女である私を一体どんな刑にしてくれるっていうの? 楽しみね」


 楽しみ、というのはどんな刑も怖くないという意味だろう。水責めされようと火あぶりにされようといくらでも逃げられる。反撃すらたやすい。

 しかし、ゴルドーの言葉は誰もが予想しないものだった。


「私と……戦ってくれ」


「へ?」


「頼む魔女よ、私と戦ってくれェッ!!!!!」


 ゴルドーはド迫力の懇願をした。

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