【5話】風紀委員会の変革
今日の授業がすべて終わり、この後はさっき決まった各委員会のミーティングがある。それ以外の人は部活動や帰路に着く。
というわけで、俺は今風紀委員会のミーティング会場の風紀委員の教室に向かう。実際、風紀委員会はあまり活動していないため普段は空き教室として使われ、生徒が昼食を取ったり、休み時間に集まってしゃべる空間となっている。
もちろん、同じクラスであり、委員会である黒瀬も一緒であるが、二人で並んで楽しく会話を弾ませながら教室に向かってるわけがなく、黒瀬は少し先を、俺より少し早いスピードで進んでいる。
話そうにも、俺もこいつのことがあまり好きではないし、共通の話題もない。それは別に良いんだが、俺の前を歩く黒瀬の姿が、テストや模試でいつも俺より先に行ってる感じを彷彿とされて、なんか悔しかったので、黒瀬に追いつき、一緒のスピードで進んだ。
一度も会話はなかったが。俺から話しかけることはもちろんないが、黒瀬からも俺に話しかけることがないからやっぱり嫌われているのだろう。
風紀委員の教室に着き、決められた自分のクラスに座る。もう、他の学年やクラスは揃っていて、俺たちが最後みたいだ。見た感じだと俺の知った顔はいない。俺の交友関係の狭さが原因だけど。
すぐに風紀委員担当の先生が教室に入り、ミーティングが始まった。
「えー、じゃあまず、委員長と副委員長を決めたいと思います。二年生の中で委員長やりたい人いますか?」
普通、委員長と聞けば最高学年の三年生がやるべきだと思うが、この学校は一応進学校のため、夏休み明けから三年生は大学受験に集中するということでほとんど委員会活動に参加しなくなるため、二年生が担当することになっている。
先生の問いかけに、素早くそして、ぴしっと手が挙がった。
それは、俺の隣に座る、黒瀬だった。
「他にいないなら黒瀬さんに決まるけど、いますか?」
誰も手を挙げなかったため、風紀委員長は黒瀬に決まった。
「じゃあ、黒瀬さん。自己紹介を」
先生に促され、黒瀬が席を立ち、教壇の前に立つ。
「ご紹介にあずかりました。二年一組の黒瀬沙羅です。私は、一年時クラス委員を務めていましたが、理由あって今年は、風紀委員になりました」
黒瀬が風紀委員になったのは理由があるらしい。確かに、優等生である沙羅が去年と同じクラス委員にならず、風紀委員を立候補したのは違和感があった。
しっかり理由があるらしい。それは俺みたいに楽だからという理由ではないと思うが、それが何かはわからん。
「私は、具体的な活動がなく、あまり活動していない名ばかりの風紀委員にとても嫌悪感を抱いています。去年同じクラスの風紀委員の生徒はほとんど活動せず、楽だと言っていました。そんな風紀委員だから、学校には風紀を乱す生徒や校則に違反する生徒が多数います。だからこそ私は、そんな風紀委員を変えるために風紀委員に入り、委員長になりました」
なんとも、黒瀬らしい優等生らしい理由だった。
まぁ、確かに黒瀬のいう通り風紀委員は活動が少ないし、俺もそれが理由で風紀委員を選んだ。というか、この委員会を選んだ大半は俺と同じ理由だろう。校則違反している生徒がいるのは、別に風紀委員会のせいではないと思うんだが。
風紀が乱れているのは風紀委員の責任。こういう思考になるのも黒瀬が完璧優等生と言われる所以だ。
「ということで、今年からはしっかりと具体的な目標を持ち、頻繁に活動し、風紀委員という名にふさわしい委員会にするつもりなのでよろしくお願いします」
さ、最悪だ。
せっかく、活動が楽で、内申点をもらえるという理由で選んだ風紀委員なのに、黒瀬によって変えられてしまう。
圭人に聞いた話だと、去年クラス委員の学年代表になった黒瀬は一年のクラス委員をまとめて、いろんな企画や活動を自ら提案して、実行したらしい。
そのため、去年のクラス委員の一年は例年に比べ忙しく、圭人も大変そうだった。
このような実績があるため、黒瀬が風紀委員会を変革して、忙しく、大変にする可能性は十二分にある。可能性というより確信に近いが、
「先生にもいろいろ手伝ってもらうことがあるかもしれないのでよろしくお願いします」
「いや、私は嬉しいよ黒瀬さん。私がこの学校の風紀委員の担当になって5年、あまり活動せず、生徒もあまり積極的でなくどうしようかと毎年悩んでいたから、黒瀬さんみたい生徒が風紀委員会に入ってくれてとても嬉しいよ」
先生は黒瀬のそんな宣言に歓喜している。さすが優等生キャラ黒瀬、先生の評価がうなぎ上りに上がっているだろう。
俺ら生徒から知れば酷な話だが。実際に俺を含め教室にいる生徒の多くが下を向いたり、ため息をついたりなど落胆している。
やっぱり、ほとんどが楽が目当てで委員会に入ったか。
このように、黒瀬の優等生としての行動は学校の先生に対しては好感が持たれるが、生徒からしてみれば厄介なことこの上ないのだ。
実際、男子生徒からはその優等生的な沙羅に反感を持つことも多く、口論していたことも何度か見たことがある。
しかし、黒瀬の持ち前の負けん気と学年成績トップという実績から、男子生徒に怯むことなく、説き伏せてしまうのだ。
「よし、黒瀬さんの素晴らしい宣言をしてもらったし、次に副委員長をやりたい生徒はいますか?」
誰も手を挙げない。
それもそうだ。風紀委員を変えると宣言し、それを主導する委員長の黒瀬を補佐する副委員長なんて忙しいに決まっている。誰もやりたがらないに決まっている。
俺は、その理由プラスそもそも黒瀬とは馬が合わないから絶対にやりたくない。
その後も数十秒沈黙が続いた。
下手なことを言ったら、副委員長に任命される可能性が出てくるから全員が黙っている。
その沈黙を先生が破り、
「誰もやりたがらないか、なら黒瀬さんと同じクラスの笹原君お願いできないかしら?」
なんと、副委員長任命の矛先が俺に向いた。
「そうだな、同じクラスだしな」
「そうそう、それが良いと思う」
「笹原君も確か成績がいいしね」
そんな賛同する声が、あちらこちらが聞こえてくる。自分が副委員長になりたくないがために俺を身代わりにし、生贄に差し出そうとしているのだ。
なんとも薄情な奴らだ。まぁ、何の接点もない俺のことなんて関係ないか。
俺はそれを阻止すべく、行動に移す。
「いやー、僕に副委員長なんか務まるわけないですよ。黒瀬さんもそう思うよね?」
そう、黒瀬はなぜか俺のことを嫌っているため、俺が副委員長になることは望まないだろう。
「いえ、私は構いませんよ。笹原君が副委員長で」
え、いいのかよ!俺を嫌ってるのにいいのかよ!
「それじゃあ、笹原君に決まりね。よろしく」
先生がそういうと、拍手が起こった。これは、俺が副委員長になったお祝いでなく。生贄になってくれた感謝を表しているのだろう。
俺は渋々了承し、副委員長になった。
「これからよろしくね、笹原君」
「そ、そうだね。よろしく黒瀬さん」
こうして、俺の高校二年生の幸先は決して良いとはいえないものになった。
そんなこんなで、風紀委員長となった黒瀬と副委員長になった俺が進行で、話し合いを進めた。
今年は、具体的に活動を決め、定期的にミーティングや活動報告にすることになった。
今まで行われていた、生徒の服装、校則違反のチェックを行う回数が増え、月に一回は生徒に風紀を守ってもらうため、挨拶運動もすることになった。
また、体育祭や文化祭などの行事の際には、他の委員会を手伝ったり、生徒たちが羽目を外すぎないように巡回やパトロールすることなども決まった。
去年の10倍くらい忙しそうな委員会になったな。
俺は、落胆しながら決まった事項をノートと黒板に記入していく。
つまり、進行しているのは黒瀬で、俺は書記だ。
俺が進行なら、こんなこと決めずにさっさと解散していただろう。
黒瀬は、どんどん活動内容、具体的な指針を決めていって、他の委員に提示して、賛同させていた。
俺の意見なんて一つもない。黒瀬のその強い正義感を持った、強い意志による提案は誰も反対できず、流れに乗ってどんどん決まっていく。
そうして、ある程度の活動内容が決まって今日のミーティングは解散となった。
担当の先生や他の委員が教室を出て行って、教室に残ったのは俺と黒瀬だけだった。
俺もすぐに帰って勉強しようとすると、黒瀬に肩をつかまれた。
「笹原君、ちょっと時間もらえるかしら?」
「いや、俺、この後勉強しなければないからごめんな」
こいつと話すと長くなりそうなので、やんわりと断った。
「勉強したところで、私にはテストで勝てないのに?」
やっぱこいつ嫌いだわ。こいつは確かに、何でもかんでも正しければ気が済まないのだろうか?間違っている生徒に注意をすることがある。しかし、それにはしっかりとした正当性があるため、別に悪いことではない。むしろ社会的に見ればいいことだ。
だが、俺に対しては非常に嫌な言い回しで俺を不快にしていく。
こっちは嫌なのに、何とか我慢して接しているというのに。
「さぁ、そんなことはわからないんじゃないかな。俺も必死に勉強してるし」
「でも、一度も私に勝ててないのは事実でしょう」
まぁ、事実だけどな!
「そんな風にさぼろうとしようとするからダメなのよ。どうせこの風紀委員会だって楽そうだから選んだんでしょ」
ク、またもや事実!
なんも言い返せないが、少しは反撃してやろう。
「黒瀬さんは、何でも正しくて、まるで完璧な優等生だね」
腹が立ったので嫌味いっぱいで言ってやった。
「あたりまえじゃない、私は正しいことをしているだけよ。何も間違っていない」
なんのと全肯定。自分のことをそこまで正しいと思える人間なんて黒瀬以上にいないんじゃないか。
「ま、私よりいい成績をとるんだったら、まずはそのさぼり癖を治しなさい。これから副委員長としてこき使ってあげるから」
こいつ、俺のことを働かせるために副委員長にしやがったな。
「お前は、俺のこと嫌いだろ」
「お前?笹原君のことなんて気にしてないわよ。いつも万年2位の笹原君のことなんて」
つい、お前って言ってしまった。心の声が少し漏れてしまった。
てか、こいつ絶対俺のこと嫌いだし、意識してるだろ!
こいつへの嫌悪感がどんどん蓄積していって、今の言葉で俺の黒瀬嫌いパラメーター上限を突破してしまった。
「ああ、もういい。いうけど、俺はお前のことは嫌いだ。こっちがお前に合わせて下手に出れば、調子に乗りやがって。絶対、お前にテストに勝つからな!」
「あら、そう。頑張って。私はいつも通りやるだけだけど」
この俺の宣言にこいつは驚くことなく飄々と答える。
やっぱ苦手だわ、こいつ。
「今日はもういいから、これだけ先生に返しといて。これから風紀委員の活動をするときはたくさん手伝ってもらうからそのつもりでよろしく」
黒瀬は俺に鍵を渡して教室を後にした。
そのカギはこの風紀委員の教室のカギで、いつもは開放しているこの教室だが、委員会後は閉めることになっている。
おい、委員長なんだからお前がやれよと言おうとしたら、もう黒瀬の姿はなかった。
逃げ足の速い奴。俺に面倒ごとを押し付けやがって。
俺は教室の鍵を閉め、鍵を返しに体育館に向かう。
担当の先生が体育教諭だからだ。