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パリンと小気味よい高い音を響かせながら、『おもちゃ箱』の外へ投げ出された。
クリステリアは即座に起き上がり、今自分が飛び出てきた穴を確認する。大きく広がっていたものの、『ムシ』が通れる大きさではないようだ。穴の中から激しい体当たりする音と複数のか細い悲鳴が聞こえた。
「やだ、助けなきゃ……!」
「だめだ、行っても何にもできない!」
身を乗り出したクリステリアをサファミアが強引に引き戻す。
「あたしが出来た精一杯は、『ムシ』から逃げること、『おもちゃ箱』から出ること。この二つが両立できただけでも万々歳だろ。落ち着け」
「でも! こんな悲鳴聞きたくない!」
「どうしようもないだろ。あたし達じゃ、『ムシ』には立ち向かえない。共倒れだ」
「それでも、この瞳があればどうにかなるんでしょう!」
「うるせえ! 落ち着け!」
サファミアは食って掛かるクリステリアを一喝した。
クリステリアは大声にびくりとして開きかけた口を閉じた。
「『おもちゃ箱』のこと、あんたはどれだけ知ってるんだ!? 今日あたしに案内されただけで、何にも知らないだろ!? あいつらが助からなくていいなんて言えない! だけどな、ぱっと現れた主人公気取りのやつが苦労もせずに救えるほど、簡単な世界じゃないんだよ!」
サファミアは確かに怒っていた。けれどもとても苦しそうな顔をしていた。
「あんたがやりたいのは、助けることじゃない。耳障りな悲鳴を止めて、自分だけ出られた罪悪感から逃れることだ」
言い聞かせるようにサファミアは言葉を重ねる。
「いいか、あんたの瞳は確かに力がある。何か分からないが、あんたに見つめられるとあたしは変になるんだ。急にイライラした気持ちが静まったり、さっきみたいにやけに体の底から力が湧いてくるってこともあった。うまく使えば、きっと、きっと――」
サファミアはクリステリアの紅い瞳をのぞき込みながら肩を揺さぶる。サファミアの蒼い瞳はどこまでも真剣な光を帯びていた。
「『あの子』に復讐できる。こんなところで、立ち止まってられないんだ……」
「サファミア……手をどけて」
クリステリアはサファミアに肩を掴まれたままじっと見つめ返す。
「サファミアの気持ちは分かった。確かに軽率だったね。だけど」
クリステリアの紅い瞳は決意に渦巻いていた。そっとサファミアの手を払いのける。
「だけど、もしこの瞳に力があるとしても、そんな思いで使われたくない。誰かに利用されて、誰かを貶めるために使いたくない。自分の意志で使っていきたい。だから、やっぱりね、サファミア」
クリステリアはサファミアににっこりと笑いかけた。
「この瞳は渡さないから! 一緒に『あの子』のところまで行こう。聞きたいことがたくさんあるんだ」
「……クリステリア」
サファミアは大きなため息をついた。
「あんたは本当に、一筋縄ではいかないねえ」