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「ここが、人形の、墓場……?」
クリステリアはゆっくりとあたりを見渡した。
埃の積もった床には虫食い状態の布切れが無数に落ちている。その奥には、いくつかの穴の開いた小箱が積みあがっており、その中で何か動く気配がした。
「ほかにも、誰かいる……?」
「たくさんいるさ。でも、ショウケースの中のように一緒におままごとができるとは思わないことだね」
「おままごとなんて……してない」
「あーあ! これだからショウケースのやつは!」
サファミアは勢いよく床を殴った。鈍い大きな音を立てて、床がへこむ。
ざわざわと奥の小箱が揺れた。
「ちょっと、さっきから怒るのやめてくれない、物に当たるのは見苦しいよ」
「見苦しい? あんたが苦手なだけだろ? 素直にそういいな。言ったところでやめないけど。これがあたしの個性だ」
「もう、なんなんだ……めちゃくちゃだ。とにかく突っかかってくるな、あなたは」
「あんたを見てるとすごくイライラするんだ。いつもよりね」
大声で喋るサファミアに、クリステリアは眉をひそめる。
サファミアはとにかく大声で大振りな動きをする人形だった。なるべくならお近づきになりたくない、クリステリアの苦手なタイプだ。
それでも今は、彼女と仲良くなるしかなさそうだ。なぜなら、この状況が一番よく分かっているのは彼女なのだから。
「……それは申し訳ない。だけど、今置かれている状況を知りたいんだ。どうか教えてほしい」
クリステリアは不満と不安を飲み込んで揺らめく紅い瞳を、伺うようにサファミアの青い瞳に合わせる。
「その態度も、気に食わないけどね……フン、いいよ」
クリステリアから目をそらしながら、サファミアは立ち上がる。
両腕を重そうにぶら下げながら、ずいずいと歩いていく。どこからか無数のひそひそ声が聞こえ続ける薄暗い空間にカツンカツンと固い足音が響く。
クリステリアも慌てて立ち上がり、パタパタと軽い足音をさせながらサファミアの後を追う。
「ちょっと! どこいくの!」
サファミアはクリステリアに一瞥もくれず、無言で歩き続ける。ただ、その歩みは思いのほかゆっくりで、クリステリアはすぐに追いつき、辺りを見渡しながら歩くことができた。
『おもちゃ箱』の中は見渡す限り、埃っぽく薄暗かった。大小さまざまな箱が無造作に積み上げられており、その一つ一つに何かの気配がした。サファミアとクリステリアはその箱の合間を縫うように歩いていった。
ひそひそ声がするが、どこで喋っているのかは特定できない。きっと、箱の中からだろう。時折、うめき声も混ざっていた。それから、何かカサカサと移動するような音も。
一歩踏みしめるたびに床の埃が舞う。クリステリアは何度か咳き込みそうになり、袖で口を覆った。
確かに、人形の墓場、というのに相応しい場所だった。漂ってくる埃まみれの空気は、仄暗い絶望のように体にまとわりついた。
「これが、おもちゃ箱……どうしてこんなところが……」
「そりゃ『あの子』が気に入らないものを捨てるためさ。本当に『あの子』は人でなしだ」
「さっきから言ってる『あの子』って誰? きっと、その子も人形なんだから人ではないでしょう」
「……チッ、『あの子』は『あの子』さ。あたしらを『所有』している正真正銘の『人間』さ。だから気に入らないことがあったらすぐあたしらをすぐ捨てられる。確かに人間かもしれないけど、とんでもない人でなしだ」
「そう、なんだ……『あの子』以外に、『人間』っているの?」
「いてたまるか! 自分も人間って思い込んでるあんたは正真正銘壊れてる! そんなんだから『おもちゃ箱』に放り込まれたんだ!」
サファミアは勢いよくクリステリアに向き直り、怒鳴った。クリステリアの紅い瞳をサファミアは睨みつける。
クリステリアは無言でじっと見つめ返した。
「……フン。いいよって言っちゃったからな。『おもちゃ箱』のことは教えてあげるよ」
どうにか自らの怒りを収めたサファミアは、また歩き始める。
クリステリアはその様子を見てにこりと笑った。
「ありがとう」
その言葉を聞いて、サファミアは苦虫を嚙み潰したような顔をしただけだった。