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辛抱たまらず自室に駆け込んだクリステリアは思った。
まずは、状況を整理しよう。
昨日までは、何もかも普通だった。
いや、普通だと思い込んでいた。
水の出ないシンクでおもちゃのティーセットを洗って、プラスチック製のカップケーキを用意することも、バラの造花で彩られた庭園を通ってロベリア様にお出しすることも、昨日までは何の違和感もなく、ごく普通のこととしてこなしていた。
ロベリア様やアザミが、動く人形であることにも、気づかなった。
そして、今、姿見を見て気づく。
クリステリア自身も、同じように人形であることに。
陶器のようにすべらかな白い肌は慎ましやかな黒いスーツに包まれている。手首や膝の関節にはもれなく丸い球が入っていて、人間と変わらず自由に動かせるようになっていた。
肩で切りそろえられた深紅の髪。その中の顔で、紅い大きなグラスアイがゆらゆらと不安げに煌めいている。
「今更だけど、やっぱり、自分も人形なんだ……」
クリステリアは自分も人形であるという事実に不思議と驚かなかった。
今日一日で、きっとそうなのだろうと予感してしまうほど、多くのものを見て戸惑ってきた。
「でも、気づいてしまったら……、おかしいとしか思えない」
人形の自分が映る姿見をそっとなでた。
この違和感の中で、気づかないふりをして、生き続けることは難しい。
いつから、こんな日々を送っていたのだろう。
どれだけ記憶を探っても、クリステリアには、このロベリア様の屋敷で働き始めたときのことを思い出せなかった。
記憶の中の昨日までの自分は確かに人間で、優しく可愛らしいロベリア様にお仕えしていたということだけが、自分の知っていることだった。
人間に戻りたい。
クリステリアはこのまま人形ごっこをし続けている毎日を想像してめまいがした。
みんな、自身が人形であることに気づいているようだった。気づいているのに、気づいていないふりをしているようだった。
クリステリアは決意した。
「きちんと、ロベリア様やアザミに聞こう。どうして気づかないふりをしているのか」
ロベリア様もアザミも、いつもクリステリアにとても良くしてくれた。
それなのに、人形であることに気づいた素振りをみせたら、まるで別人のように冷たくなった。
もしかしたら、そうして過ごしている毎日には、クリステリアに想像できないような理由があるのかもしれない。
その理由を聞いたら、納得してこのロザリアの屋敷での日々を重ねていけるのかもしれない。
今まで、なんの不満もなく穏やかに暮らしてきた。それは確かだった。
だから出来ることなら、その日々を失いたくないのだ。
「よし」
クリステリアは、両手でぱちんと頬を叩いた。かたい陶器の触感が返ってきた。
「自分を取り戻そう」