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今、この瞬間、クリステリアは気が付いてしまった。
この世界は、人形が住む世界だということに。
クリステリアは使用人として、ロベリア様へ使えていた。
お茶会の準備ために、ティーカップを洗おうとしたときのことだ。
お屋敷用の広いシンクの蛇口をひねっても、水が出ない。排水溝だと思っていたところは穴が開いていない。
クリステリアは首を傾げた。
今まで、どうやってティーカップを洗っていたんだろう、と。
これはまるで、おもちゃのドールハウスの中だ。
「ねえ、アザミ。お茶会の準備っていつもどうやってしていたんだっけ?」
クリステリアは近くの廊下を掃き掃除をしていた使用人仲間のアザミへ声をかけた。
「忘れちゃったの?」
アザミはキラキラ光るグラスアイを真ん丸に見開いた。
箒を持つすべらかな肌の手の関節は球体になっている。アザミもまた、メイド服を着た人形だった。
「ティーカップとお皿を洗って、磨いて、お菓子を並べて、お茶をいれるんでしょう」
「でも、蛇口をひねっても水は出なくて」
「え? さっきから出てるじゃない。水の出しっぱなしはもったいないわよ」
アザミは首を傾げた。クリステリアの目にはどうしてもおもちゃにしか見えないシンクを見ながら。
「アザミ、よく見て。これはおもちゃの蛇口で、」
その様子が信じられないクリステリアはアザミの手を取り、蛇口の下へ導く。
「ほら、水は出ていないの」
「……クリステリア。違うでしょう?」
突然、アザミの声が冷え切った。
「これはおもちゃじゃない。水も出る」
クリステリアにゆっくりと向き直ったアザミの顔には整った笑みが張り付いていた。
決して無表情ではないけれど、微動だにしない、整った愛らしい笑み。
クリステリアはその冷たさに凍り付いた。
「ねえ、クリステリア?」
クリステリアはぎこちなく頷くしかなかった。
「ロベリア様のお茶会の準備、急がなくっちゃね」
頷いたその瞬間、ぱっと笑顔になったアザミは、ティーカップと皿を持ってぱたぱたと駆けていった。
気づいてはいけないことに気づいてしまったのかもしれない。
クリステリアは何もないおもちゃのシンクの前で立ち尽くした。