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ルフェ古書堂にいらっしゃいませ  作者: 石山 カイリ
9/30

アヤメ(下)

 そう場違いなほど、元気に爽やかに言い放った人物は、四肢と頭髪が長く蔓のようだった。質の良い筋肉を露見した胴体に、爽やかイケメンのような風貌、アヤメの瞳と同色の深緑色のキレイな双眼。

 アヤメの胸はこのような場合において、あってはならない、とくん、と脈打ってしまった――そもそも、アルラウネには心臓がないので――気がした。


 否、このような絶望の場合だからこそとも言えるだろう。一種の吊り橋効果か、一目惚れかどちらから今でも正直アヤメ自信も、解らない。

 ただ一つ言えること、それはこの男が水浴びの時間のあとに来てくれて良かった、ということ。この男に汁まみれの顔を見られなくて良かったということ。ただ、それだけである。


 それほどまでにもこの完璧なまでに、アルラウネらしい男の外見が、爽やかな笑みがアヤメには、眩しかったのだ。

 しかし、それと同時に、目前に立つ男には不信感を抱いていた。憎しみを抱いていた。警戒していた。


 なぜ、この男はこの地獄のような空間でこうも、爽やかに笑っていられるのか。なぜ、この男は自分のように四肢や頭髪の蔓を伐られていないのだろうか。そして、この男が放った『君達を助けに来た』という言葉、あれはどういう意味なのだろうか。

 言葉通りの意味で受け取っても良いのだろうか。助け出されたとして、その後は何が待っているのだろうか。ここより酷い地獄に連れてかれるのではないだろうか。


 仮にそうだとしたら、このまま何もしないほうが幾らかマシではないだろうか。

 そして、この男が蔓に持つ鉄製の物は何なのだろうか。男の背後の扉から聞こえて来るペンペン草の鳴る音を最大限、拡大したような爆音と、その音と音との隙間に、微かに聞こえる怒声や驚声、涙声はなんなのだろう。いったい扉の外では、何が起こってるのだろう……。


 その事を一瞬でアヤメは、火照った顔で、冷静に次号を巡らしていた。

「あー、一応だが、僕達はここに残りたいと言うならば無理やりは連れていかない。それも含めて何か反応してくれると助かるんだが……」

 男が困り顔でそう言うと、一目見ただけで分かるこの部屋で一番年長なアルラウネの女が答える。おそらく歳は700前後と、言ったとこだろう。


「久しいな。オイカワ。また性懲りもなく来たか……」

 その声は喋ってないからか、女の声色と程遠く、どちらかと言えば、おじいちゃんのような声みたいだと、アヤメは感じた。

 その声の主に、アルラウネの男は軽く会釈をする。

「ええ、来ましたよ? 族長。と、言っても、今はその名は捨て、今の僕はカーディナル。そう名乗っていますが……」


 カーディナルと名乗るアルラウネの男の、言葉に年老いたアルラウネの女は、相変わらずだな……。と言わんばかりの苦笑を見せる。

「……。そういえば、そうだったな。カーディナル。一つ私もお前の間違いを正そう。私はもう族長ではない……」

「そうでしたね。イトウ殿。と、挨拶はここまでにして起きまして、この中で心変わりしたという人はいるかい?」

「何度も言うように、私達の心は揺らがんよ。それにな。カーディナルよ。聞くところによると、お前が逃がした同胞達は、お前の復讐の道具とされていると聞くが?」


 鋭い眼光で睨む年老いたアルラウネ。

 その言葉を聞いて、アヤメは一縷の希望の光が消え、更なる絶望という名の渓谷へと、落とされることとなった。

「や、やっぱり、そう言うこと、なの?」

 アヤメが呟く。と、カーディナルが誤解を解くよう語り出す。


「どこから聞いたのか分かりませんが、僕達は無理に僕達と戦うことを教養はしていません。彼らが自発的に共に戦ってくれているまでです。戦いたくないというものには、充分な休息を経た後に、街から逃がしています」

 しかし、年老いたアルラウネは、聞く耳を持たない。

「どうだか……」


「ま、信用材料はないので、方便と思われても仕方ないことですが……。そんなことより、いないみたいだね……。しょうがない。また来るとするよ」

 肩をやや落胆させ、身を翻し去り際に告げるカーディナル。


「待って! 助けて!!」

 嗚咽混じりに懇願するアヤメの方を向き直り、穏やかな笑みを浮かべ、近寄る。

「見かけない顔だね。最近来たのかい?」

「そんなこと、どうだって良いから、お願い! 助けて! ここから出して!!」


 こくりと頷くカーディナル。

「もちろん、助けるよ? でも、これだけは先に聞かせてほしい。君はここから出たらどうしたい?」

「私は……、私は、ここから出て自由に暮らしたい!」

 アヤメは素直にそう言った。


 これは、大きな賭けだった。その答え方次第では、出してくれない可能性だってあった。しかし、アヤメはそれならそれでも良かった。

 もし、ここで嘘を付いて出たとして、年老いたアルラウネが言うのが真実だとしたら、待つのはここより地獄なのは確実である。


 それなら、最初から素直に言って、助けて貰えなかったらそこまでだ、と割り切る。

 この勇気溢れる行為が結果的にアヤメの運命を大きく変えることとなるのだが、当時のアヤメはまだ知らない。

「ああ、分かった。君は保護して、身体の傷が癒えたらこの街から出る手助けをすると誓おう」


 カーディナルは言うと、アヤメの枷を器用に蔓で外した。

 身体が自由になり、微かに浮遊感を味わうアヤメ。その瞬間、緊張の糸がぷつりと切れたのか、アヤメは落ちるように眠りに着いた。

 彼女が次に目が覚めたのは、街のとある一角。カーディナル達の本拠地であった。


 どのように運ばれてきたのか、あの扉の外では何が起きていたのか、残念ながらアヤメは知り得ることができなかった。

 唯一覚えていること、それは久しぶりに感じる暖かく優しい誰かの温もりの中にいたということ。ただそれだけであった。


  * * *


 それからというもの、アヤメを待っていたのは、年老いたアルラウネの言葉通り……。ではなく、カーディナルの言葉通りに、無理に戦わされることなく、酷い扱いをされるでもなく――時たま、本拠地の掃除や、傷付いて帰ってきた仲間の手当てに、駆り出されることはあったが――普通に生活を送らせて貰った。


 本拠地で、生活していると、嫌でも彼らの情報が耳に入ってくる。というより、この場合、彼らは隠すつもりが毛頭ない、といったほうが正しいのかも知れない。

 まず、彼らの目的は、この街で迫害されている種族達に、市民権を、というまでは行かないが、自由に街の入出が可能になるまでの改善を求めて講義のデモを目的としていること。


 カーディナルが、その集団の副長を勤めていること。副長とはいえリーダーはそもそも目的が違うようだ。そのため、一応の協力関係であるだけのため、この集団のリーダーは実質カーディナルであること。

 そんな関係なのでアヤメも、リーダーとは、一度もあったことはないし、彼女の目的もまた知らない。


 気になり、一度カーディナルに聞いては見たものの、

「それを聞いてしまうと、君はここに残るって言い出しかねないから、聞かないほうがいい」

 と、軽くあしらわれてしまった。アヤメもアヤメで、どこから情報を漏れるか解らないし、少なくとも去る私が、あまり首を突っ込まないほうが良い。と思ったので、それ以降言及はしなかった。


 そんな平和で楽しい時間を送ること、約一年後のとある蒸し暑い日の夜。

 アヤメの蔓もだいぶ伸びてきて、走れるようになったと見計らい、アヤメはこの日、ついにカーディナル達の元から離れ、街の外へと旅立とうとしていた。


 本拠地の地下から街の外への森へと通じる道のおかげで、難なく街の外へと出ることが出来たアヤメ。

 街の外へと出ることが出来たとはいえ、まだ近いので、見張り兵に見付かってしまうかも知れない。なので、森を抜けるまでカーディナルが護衛をして行くというのが、いつもの決まりである。


 夜の森を歩くアヤメとカーディナル。最中、二人はこのような会話をしていた。

「もうすぐ、森の出口だよ。そこからしばらく広野だ。病み上がりにはキツイかも知れないが、出来るのなら夜のうちに向こうの森に行ったほうがベストだ。頑張るんだよ」


「うん……」

 アヤメの表情は、やっと、自由になれるというのに、どこかうかない顔をしていた。

「それから、君はどこの森から来たか解らないんだったね」

「うん……」

「もし、行き場所に困ったら、ここからずっと西に言ったところにエスペランサという町がある。そこは本当の意味での理想郷と聞くから、そこへ行けば良い」


「ねぇ……」

「ん? どうしたんだい?」

 カーディナルは、アヤメのほうへと顔を向け、優しく問いかける。アヤメは立ち止まると、同時に声。

「私、やっぱり行くの止める。みんなと一緒にいたい」


 カーディナルが形の良い眉を寄せる。

「気持ちはありがたいけど、それは無理なんだ」

「どう、して……?」

 捨てられた仔犬のように潤みを帯びた目で訴え掛けてくるアヤメに、カーディナルはワガママを赦しそうになるが、なんとか踏み止まる。


「どうしてって言われても、こればかりは決まりだからね」

「私が使えないから……?」

「いやいや、そんなことは決してないよ。掃除もきちんとやってくれるし、手当ても上手だし、うちにはそういう人がいないから寧ろ欲しいぐらいだ」

「だったら……!」


「君を助ける前に聞いたよね?」

「あ……」

 小さく絶望の声が漏れ出るアヤメ。カーディナルの短い問いで全てを理解したのだろう。


「あの問いは、本当の願いを叶えるためなんだ。君のように、いざ別れるとなると、皆と別れたくないと、駄々を捏ねる人が多くてね。まぁ、無理もない。一人は孤独で怖く、心細いからね。仕方がないことなんだけど、そういう理由で残った人は大概が早死にするんだ。それを防ぐため、最初の願いからで自由になりたい等って答えたら絶対に送り出す。というのが中間内での、取り決めなんだよね。もちろん、最初戦いたい等と言ってた人も、後々、この街から出たくなった時は、送り出すよ?」


「私が、悪いの……?」

 爽やかに首を横に振るカーディナル。

「ううん。違うよ? そうだ。どうしてもって言うなら、僕の夢を託して良いかい?」

「夢……?」


「うん。そうだよ。僕のもう一つの夢」

「良いけど……。何?」

 アヤメはこの時、きっと、私のような駄々を捏ねる人には、全員こういってるんだろな……。と、思ったが断れるはずはなかった。

 なぜなら、目の前にいるのは、他の誰でもなく、命の恩人であり最愛の人だったのだから…………。


「うん。そう、僕はね。他種族の人達と仲良くしたかったんだ。でもね。僕は彼女の願いを助ける、その手助けをしたいし、この街を平和にもしたい。それも僕の夢なんだ。だからね。この夢はどうしても叶えられない。だから、お願いしたいんだけど、どうかな?」

 うん。やっぱり、カーディナルさんってズルい。イトウさんの言った通りだ。言葉が上手い。この女たらし……。でも良いよ。乗ってあげる。


「うん。分かった。でも、その代わり、私の願いも聞いてくれる?」

「なんだい?」

「名前……。新しい名前、つけて欲しいな……」

「え? そんなので良いのかい?」

 眼を二回、三回とぱちくりさせた後に、カーディナルは呟くように聞いた。


 カーディナルは、そんなことというけれど、アヤメにとっては、カーディナルとの繋がりを感じられるのだから……。これ以上嬉しいことはない。

 アヤメは、涙を吹き飛ばすように、勢い良く頷く。


「うん!」

「うーん。そうだな……。じゃ、僕に新しい名前をつけてくれた人に習ってアヤメっていうのはどうかな?」

「アヤメ! アヤメ! 私は今日からアヤメ! ありがと。カーディナルさん。じゃ、行ってきます!」

 年相応の子供のように無邪気に喜ぶ、アヤメの姿を見て、カーディナルは笑みを綻ばせる。


 遠足に出掛けるような感覚で、旅立とうとするアヤメにカーディナルは、最後の激励の言葉を掛ける。

「アヤメ、良いかい? 良く聞くんだ。ここでの出来事を忘れるということは無理かも知れない。でも、いつかは他の人と笑い合い、楽しく話しておくれ。それが、ぼくの夢だからね。ずるいかも知れないけど、ぼくの夢、キミに託したよ」


 アヤメはその言葉に振り返ることも、答えることもなく、ただ、まっすぐへと歩みを進めた。

 振り返れば戻りたくなると、答えたら泣き出し、そこから動けなくなると、分かっていたから。

 故に、アヤメは振り返らないし、答えない。


 もう泣き虫で一人では何も出来なく、愚かな自分じゃないんだ。これからは最愛の人が名付けてくれた『アヤメ』という名で生きていくんだ。その名に相応しい存在になるんだ。そんな決意で一人の少女は旅立った。

 この日、スノゥ達が知る気丈で冷静を装い続けるアヤメの誕生したのである。


 それから、アヤメがイデアルかエルムの反乱分子――カーディナル達のこと――が壊滅したと、風の噂で聞いたのは旅立って間もないことである。

 アヤメは絶望した。光を失った。

 それでもアヤメが生きる気力をなくさなかったのは、カーディナルの言葉のおかげだった。


 彼女の頭にあったのは、エスペランサに向かうこと。ただそれだけだった。

 彼女がエスペランサ領の森に到着した頃には、憔悴仕切っており、今にも死にそうな――アルラウネはそんなことでは死ねないが――雰囲気だった。

 アヤメはこの後、スノゥに出会うこととなるのだ。

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