表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルフェ古書堂にいらっしゃいませ  作者: 石山 カイリ
8/30

アヤメ(上)

 日差しが良く当たる。

 美味しく豊かな水が涌き出ている。

 豊かで室の良い土がそこにはあった。

 と、植物には好環境の場所だろう。

 現にそこで()()()()()()植物は、みんなすくすく育っていた。


 しかし、それは、あくまで体だけの話である。そう、心のある彼女達には地獄のような環境だった。

 【二十番館】。そう呼ばれる建物に、未だ体は未発達だが、その顔立ちからは、大人の色気を感じられる少女、アヤメはいた。


 彼女は産まれて幼い頃から、好奇心旺盛で明るく、人懐っこい性格だった。そんな好奇心旺盛な彼女は、他の種族が暮らす町というものに興味を持ってしまった。

 彼女は、どうしても町に行ってみたかった。しかし、村に住む他のアルラウネはそれを赦してくれなかった。


 子供が、「ダメ」や「しては行けない」と言われると、余計したくなることは当然の性で、特にこのアヤメは子供を抑え込もうと大人達が、必死に考えた迷信が利かないほど、勝ち気でお転婆だった。

 なので、森を通る他の種族の前に姿を表してしまった。


 そこからは目に見えるように明らかで、彼らあるいは彼女らに捕まってしまい、ここイデアルカエルムに売り飛ばされてしまい、今に至る。

 ここに彼女が収監されて、約三年と言ったところか。彼女の他にもこの部屋にいるアルラウネの数はきっかり五十。


 さらに、この二十番館は、このへやと同様の部屋が十個あり、これと同様な建物が、イデアルカエルムには三十個存在する。

 つまり、単純計算すると、千五百人ものアルラウネが収監されていることになる。

 更に、言うならば、ここは公的収監場所で、私的収監されているアルラウネの数を入れると、その数は四千人を超えるだろう。


 そんなアヤメが収監している場所にいるのはアルラウネは、彼女がそこに収監されるずっと、前からここに入るようで、その誰の瞳からも生気を感じられない。

 それどころか、誰に何を聞いても、「すぐに慣れるわ」の一言しか帰って来ない。


 アヤメを含め、五十人のアルラウネは、いずれも四肢の中程までは人間のそれに似た四肢で出来ている。それらの一つ一つに枷が着いている。

 そして、この場にいるアルラウネが自発的に喋ることは、一月にただ一言だけ。


「三十日経ったわ……」

「ヒッ……!」

 アヤメはその声に、絶望の表情を浮かべ、嗚咽混じりに悲鳴を上げる。アヤメにとってはその一言が地獄の時間を告げる鐘の音なのだから。


 その数秒後、この部屋一つしかない質素な扉から鎌を持った悪魔が数人表れる。

 数人の悪魔は、怨恨防止のためか、真っ白な顔の仮面を着けている。 

「さぁ、楽しい、楽しい収穫の時間でーすよっと」


「いやーーー!!」

 アヤメは、そんな悪魔達の姿を見て、声を聞いて、身体を捩らせ泣き叫ぶ。

「そんな、喚くなよ。まるでこっちが悪いことしてるじゃないか?」

 肩を竦めながら、呆れ声で言う悪魔。


 悪魔達は、なんの悪びれることもなく、事務的にアルラウネ達の生えてきたばかりの四肢と頭部からの新芽を手に持つ鎌で刈り取る。

 アルラウネの蔓は生え際から約五センチの所が、一番美味しく、滋養強壮にも最も効く。しかしながら、アルラウネの生え際五センチまでは神経が通っている。その痛さは、普通の人が、四肢を切断された時と同程度の痛みが走るのだ。


 そんなことはこの悪魔達には関係ない。なぜか。悪魔達は彼女らを自分達と同じだとは思っていない。単なる植物認識だからだ。そして、他のアルラウネ達も、この状況を受け入れてしまっている。微かに喘ぐだけで、対した反応はしない。彼らあるいは彼女らにとっては、これが日常なのだ。

 因みに言うと、生え際から五センチ延びるのが約三十日なので、三十個存在する建物は、一日ごとに安定した収穫を目的とした施設である。


 一回収穫してはいおしまい。の普通の植物に対し、アルラウネの寿命は平均千五百――この施設のアルラウネは過度なストレスを与えているため、平均寿命は千年と、大きく下回る。しかしそれでも――他の農作物よりかはずっと効率の良いことは確かだ。

 そして、アルラウネは人の生体とは大きく異なる。舌を自分で噛みちぎろうと、心臓辺りを突き刺そうと、首を跳ねられようと死ねない。


 切断された部位は時間が立てば生えてくる。そんなアヤメ達が死ぬことが出来るのは、火で燃やされる、水の吸い過ぎで、腐ってしまう、あるいは水を与えずに枯れる。と、どれもこれも、この施設ではまず不可能。

 つまり、アヤメ達がこの地獄を脱け出すのは、寿命が来たときしかないのだ。


 それが、分かっているからこそ、この場のアルラウネ達は、なんの抵抗もしない。何も望まない。心を捨てる。思考を停止する。希望を抱かない。夢を見ない。アルラウネ達はただただ、呼吸をする植物になる。

 それこそが、アルラウネ達の自己防衛だった。


「ううっ……。痛いよ……。これが他の種族なの? お家に帰りたいよー」

 アヤメは、例の如く、仮面の悪魔に、根元からバッサリと刈り取られ、その痛さで、顔中があらゆる汁まみれになりながら、そう呟く。

 それに、側のアルラウネがいつも通りの言葉を口にした。


「すぐに慣れるわ……」

「いやだ! 慣れたくない!!」

 当時のアヤメは、咄嗟にそう返してしまった。だが、今なら理解出来るのだ。それが、彼女の優しさから出ていた言葉であることが……。


 私も当時は、痛くて泣いてしまっていたけれど、今もこうして生きている。痛いのは最初だけ。慣れたらもう何も怖くない。大丈夫。

 そんな思いが隠されていたのだろう。全く口下手にも程がある。それも仕方ないことだ。彼女らはもうこれ以上傷付かないために、感情も言葉も何もかも捨てているのだから。否、それは仕方ないことで終わらせては行けないことだ。


 それが、分かったとして、アヤメでは今となってはどうしようも出来ないのだ。口下手ながらもアヤメに、優しくしてくれたあの部屋のアルラウネ達に、精一杯の感謝を忘れずに生活することこそが彼女らへの恩返しとなる。そんなエゴを胸に今も抱いている。


 アヤメのエゴはともあれ、アヤメの過去が何故、アルラウネの村で暮らしていた所からでも、他の種族に捕まり、売り飛ばされてしまった所からでもなく、こうも収監されて五年もの月日が流れている、中途半端な所から綴っているのかというと、それは、以前にアヤメが言ったが、長命なアヤメには月日というのは、酷く曖昧でどうでも良いことなのだ。


 重要視されるのは、想い出の強さだ。

 現に、この日永遠に続くかと思えたこの地獄からアヤメは抜け出すことが出来たのだから……。

 それは、頭上から定期的に乱雑に落とされる、バケツ二杯分の水で顔中の汁を流し落ちた頃に起きた。


 この部屋に一つしかない扉が――三十日に一度しか開かない扉が、いつもなら静かに開く扉が――この日は二度目、それも破壊音にも似た、莫大な音を立て開いたのだ。

 そこから表れた人物。アヤメにとっては光そのものに思えた。

「こんにちはーー!! もう大丈夫だ。僕達が君たちを助けに来たからね」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ