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ルフェ古書堂にいらっしゃいませ  作者: 石山 カイリ
4/30

ダメルフ

「ほぉら、起きてよ~。お姉ちゃん!」

 そのような言葉が立派な大樹をくり貫いて作った、文字通りのツリーハウスの裏手から聞こえる。

 根と根の間にすっぽりと収まるように、寝ているレモン色の髪のエルフこと、スノゥ。


 それをたたき起こそうとしているのは、栗色の髪の可愛らしさが内面から出される少女こと、シャイニー。

 齢にして、九つ。

 そんな少女に課せられた命は主に二つ。

 一つは仕事中、店主にどんなに腹をたてても、言うことを聞くこと。これは先日、店主との商談で取り決めたことである。


 そして、もう一つ。

 これは彼女が自身で課した命。

 これが、成功しないとシャイニーの仕事はない。

 仕事を貰うために、なんとしてもなし得なければいけないシャイニーの使命。


 それこそが、なかなか起きないスノゥを叩き起こすことである。

「起きてよー。お姉ちゃーん」

 更に揺する力を強くするシャイニー。

 しかし、スノゥは変わらず、すぅすぅと、気持ち良さそうに、寝息を立てている。


 人の気を知らずに、寝ているスノゥにだんだん腹だたしくなってきたシャイニーは、いったん立ち上がる。

「いい加減――」

 照準を合わせるように、肘を突き出す。

 そのままシャイニーは、軽くジャンプすると、膝を曲げ落下。

「――起きろー!! このダメルフ!!!」


 落下の威力を伴った肘撃ちが、スノゥの無防備な腹にグリーンヒット。

 これにはスノゥも、

「ケホッ……」

 と、軽く嗚咽。


 したのだが、それだけだ。

 スノゥは、何事もなかったかのように再び、気持ち良さそうな寝息を立てる。

 それも、その筈で、スノゥは森で毎日のように、狩りをしているのだ。腹筋こそ割れていないものの、全身には質の良い筋肉で覆われている。


 健気な少女の《小さく飛び上がり(リトルジャンピング)肘撃ち》ぐらいならさきのように、むせるだけでどうさもないのである。その事をシャイニーはもちろん知っていた。

 知っているからこそ、姉のように親愛し、いつかそう成りたいと敬愛し、すがるように溺愛しているスノゥに肘撃ちが出来たのだ。


 今の肘撃ちが起きる確率がもっとも高い――と言っても確率は五割を下回る――起こしかただ。

 ……。……………………スノゥは起きなかった。

「はぁ…………」

 一向に起きる気配がないスノゥにシャイニーは、ため息を零すしかなかった。


「起きない……。起きているときは、カッコいい、ザ・エルフみたいな感じだけど、寝ているときは、どうしてこうもダメダメなエルフ。ダメルフなの? こうなったら……」


 シャイニーは肩をさせながら、そこまでを言うと、小さな握り拳を作る。

 先ほど、さきの肘撃ちがもっとも起きる確率が高い。と言ったが、実は百パーセント起きる方法が、存在する。

 その名も《大きく飛び上がり(グランジャンピング)肘撃ち》である。


 あれなら、確実に起こすことが出来る。

 その日、シャイニーは、なかなか起きないスノゥに、イライラして、いつもより高く飛んでしまった。

 雪のように白い無防備な腹に少女の肘がめり込み、スノゥは甲高い悲鳴を上げながら飛び上がった。


 と、まぁ、ここまでならシャイニーは、なんの躊躇いなく繰り出せたであろう。

 しかし、問題はそのあとだ。事

 跳起きたスノゥは嘔吐したのだ。シャイニーの頭の上で……。

 それ以来、シャイニーはトラウマとなり、一度も使っていない。


 一回使って一度起きた。たまたまかもしれないが、確率としては百パーセント。というのが、この百パーセントのロジックだ。

 そして、そのトラウマが、シャイニーの脳裏にフラッシュバックする。

 別に、頭にスノゥの胃の内容物がかかったのがトラウマではない。スノゥを吐かせてしまったことがトラウマなのだ。


 寝ている時は、どんなにダメダメなエルフでも良い。むしろ、自分だけが知っている一面で、むしろ背徳感を覚える。

 だが、一度起きたら、スノゥに完璧でいてほしいのだ。スノゥは起きていたら、シャイニーにとっては、まさに才色兼備の存在。


 そんな完璧な存在のスノゥを自分は吐かせてしまった。汚してしまった。そんな自分がシャイニーは赦せない。

 そのことがトラウマになって、シャイニーの心奥に根付いているのだ。

 シャイニーはそこまでを脳内で巡らし終えると、力なく首を横に振る。


「ううん。やっぱり、ダメ……。あたしには出来ない……」

 とはいえ、最後の手段を使えないとなると、シャイニーは手詰まりである。しかし、シャイニーの心に諦めの文字はなかった。

 シャイニーは可愛らしい眉を寄せ、足下を通るアリの行軍を見るかのように屈む。


 再び揺すり起こそうと、スノゥの肩に手を掛けた。

「ほぉら、お姉ちゃん。いい加減に起き……。ってワッ!」

 その時だった。シャイニーの手をスノゥが掴み、引っ張った。

 弓と矢をつがえて多い日には十数本射つ、スノゥの腕力に引かれては、華奢なシャイニーは抗うのは不可能である。


 スノゥは引っ張ったシャイニーを抱き枕のように、抱擁。

「お姉ちゃん!?」

「んー、シャイニー。一緒に寝よー」

「ダメに決まってるじゃん!? もう、お客さん来ちゃうから!」

「たまには店を休みにしてもバチは当たらないと思うなー」


「たまにはって、三日間連続空けたことないじゃん!?」

「そうだったー? 細かいことはいいじゃーん? 今日は休もうよー。ね?」

「もう、お姉ちゃんは本当に、ダ、メ。ル…………」

 端的に言おう。スノゥに抱き枕にされた時点で、シャイニーの負けは確定である。


 スノゥは、いつも屋外で寝ているので、その身体からはポカポカとしたお日さまの香り。

 ただでさえエルフの肌は、シルクのような触り心地で有名――実際そう――なのに、そのうえ、優しいお日さまの香りがしてくるのだ。そんなモノに木漏れ日が射す木陰で包まれたら、もう、抗いようがない。


 挙句の果て、この時のスノゥは、いつもの何とかしてくれそうで猛々しく、回りの人がしゃんとしておかないと、というプレッシャーがまるでない。

 むしろ、全てを優しく包み込んでしまい、ふわふわしてて、回りの人を堕落させる、そんな雰囲気を纏っているのだ。


 そんなスノゥに優しく抱擁されるように、捕縛されては眠らないはずはない。

 現にシャイニーもものの数秒で眠りに落ちてしまった。

 シャイニーは、この抱擁攻撃に勝てたことは一度もない。それを知ってか知らずにかスノゥは、よくこの反撃に出る。


  * * *


「シャイニー、シャイニー。起きてください。シャイニー」

 自分の名前を呼ぶ、聞き慣れた安心感のある声でシャイニーは、覚醒する。

「うぅん……」

 可愛らしい唸り声を上げ、起き上がるシャイニー。


 この時点でまぶたはまだ上げいない。

 まだ、頭が起きていないらしく、シャイニーは、目を擦りながら、

「おはよー。お姉ちゃん。さ、お店開けよっか?」

「いえ――」

 シャイニーは、そこで目を開ける。次の瞬間、飛び込んできた光が、青空の光ではないことに絶句することとなる。


 目に飛び込んできたのは、青や白の光ではなく、茜色の光だった。そう。

「――もう、夕暮れですよ。私もちょっと寝すぎてしまいました。シャイニー。お腹すいたでしょう? 夕食食べてから帰ったらどうです?」


 悪びれることもなく、当たり前のように提案するスノゥは、シャイニーが尊敬する、凛々しく、パーフェクトなスノゥだった。

 そのスノゥも、オレンジ色の光に包まれ、より神秘さが増している。そんなスノゥに見とれていると、次第に辺りは藍色に変わろうとしていく。


 ふとした表紙にシャイニーは、我に返った。

 そして、全身を震わせる。

 刹那、絶叫に似た怒声が響き渡る。

「この、ダメルフーーー!!!」

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