飲食店ルフェ古書堂
ここはルフェ古書堂。
言わずと知れた町外れの森の中にある古書堂だ。
この古書堂、売っている本が大概が、八百年前に帝国滅亡と、共に失われた古代文字で書かれた本なので、一部のコレクターや考古学者の方が、遠方から買いに時折来るだけであった。
近くの町、エスペランサの人は、ここにいる女店主のことが、大好きで、尊敬や親しみを持っている。だが、それ故に、町の人には、用事もなく、この古書堂を訪れ、女店主。スノゥに迷惑を掛けてはならない。という暗黙のルールが存在している。
そんな、アイドルのファン達のようなルールで、積極的な交流は町のお偉いさんや、スノゥが町に訪れた時のみ。
それでも、エスペランサの人びとは満ち足りていた。満足していた。だが、少し欲を言うなら、もう少しスノゥと交流をしたい。そのぐらいに思ってはいた。
そんなエスペランサの人びとの願いを叶えたのは、並人で栗色の髪を持つ愛らしい少女。シャイニーがスノゥに言ったとある一言により、一転した。
『お姉ちゃん。お姉ちゃんの作る野菜も美味しいし、作る料理もおいしいから、飲食店とか開けばいいのに……』
その一言が発端でとなり、今では古書堂とは名ばかりの軽食店。【ルフェ古書堂】となり、賑わいを見せている。
今日もまた、賑わっているようだ。
「ご注文はお決まりですか~?」
シャイニーの声が野外に響き渡る。
「じゃ、店主の気紛れセット・梅で!」
「あ、私も♪」
「俺は昨日給料日で小遣い貰ったばっかだから松だ!」
手乗りサイズの背中に翅がついた精霊族の少女と、並人の女性がそう注文する中、相席しているその景気の良いらしいケモ耳と尻尾がついた中年の男に、シャイニーは確認がてら注意を促す。
「アームズおじさん。景気の良いことは結構です。松を注文なさるのはお店としては大変助かります」
「そうだろそうだろ……」
と、腕を組み、なにやら誇らしげに頷く、人狼族でエスペランサ警備隊隊長のアームズこと、ファイアアームズ。
次の瞬間「ですが――」と、注意を続けるシャイニーの言葉で、そんなアームズの顔から笑みが消える。
「――アームズおじさん。先月も同じようなことを言って、松を注文した結果、3日前ぐらいからお小遣いがなくなり、お昼ご飯抜きになってたのあたし、知ってるんですからね!」
「ウグッ……。だ、だって、しょうがないだろ? スノゥさんが作る料理は美味しいんだからよ……」
ばつが悪そうに、口をもごもごと動かし、言い訳にならないような言い訳を並べるアームズ。
しかし、そんなことではシャイニーは当然、納得しない。
「だってじゃないよ! アームズおじさん。アームズおじさんがそんなだらしないから、アームズおじさんの奥さんがちゃんと一ヶ月持つようなお小遣いを渡してないんだな。って、周りから思われちゃうんかもなんだよ! そこんとこ考えて行動しなくちゃ!!」
シャイニーが少し熱くなって、営業口調からいつもの口調に戻り、声を荒げる。
そんなシャイニーの熱弁に、さしては世界で一番、愛している妻を引き合いに出されては、アームズも押し黙るしかない。
「わ、わーったよ……。でも、竹なら良いだろ?」
その言葉を聞いたシャイニーは営業スマイルとなり、言葉を発する。
「かしこまりました! 少々お待ち下さい」
ペコリと頭を下げ、シャイニーはちょこちょこと可愛らしく古書堂の中へと走り行く。
古書堂の中へ入ったシャイニーはそのまま、古びた本が乱雑に積み上がっている部屋――古書堂の店内――を突っ切り、反対側にある扉へと向かう。
その扉を勢い良く開け放つと、
「お姉ちゃん! 梅二つと竹一つ注文入ったよ!」
元気に注文が入ったことをスノゥに伝える。
「分かりました。すぐに持っていきます。それにしても竹が入ったのは驚きですね。旅のお客様でも来られたのですか?」
「ううん。アームズのおじさんだよ」
スノゥがため息。
「ふぅ……。そうでした。そう言えばあの方、昨日が給料日でした。シャイニー。あの方には何があっても梅を薦めるようにって言ったはずですが?」
スノゥは凛とした顔でじと目を向ける。
これにシャイニーは口を尖らせながら、
「お姉ちゃんは二千年生きるし、自分でお店やっているから、月一のお給料日なんて特別じゃないかも知れないけど、あたし達はせいぜい八十年しか生きられないんだよ。そんな人達に取ってお給料日は特別なの。贅沢したいの。ま、精霊さん達はお姉ちゃんよりもずうっと長生きなんだけどさ……」
と反論。
これには寿命による生の価値観を考慮していない、スノゥのほうが間違っているのは明らかだ。自分の間違いを理解したスノゥが、早々に折れた。
「すみません。シャイニー。私が間違っていました。あ、でも、アームズさんのことですから、またどうせお偉いさん向けの松を頼もうとしたのでしょう?」
「うん。したよ……」
少々いじけ気味ながらも、商談による約束があるため、一応、答えるシャイニー。
その言葉を聞いてスノゥは穏やかに苦笑。
「……。それでは、シャイニー。あなたは私の言い付けとアームズさんの……。いえ、お客様の想い。この二つを尊重し、妥協点を編み出した。本当にすごいです」
スノゥの便宜上の賞賛の言葉に、シャイニーは純粋に喜ぶ。
「えへへ……。誉めてもなにもでないよ?」
と、シャイニーがもじもじ、体をくねらせるシャイニーの口から少々おばさん染みた言葉が出たところで、スノゥはパンッ! と、手を叩き声。
「さ、接客に戻ってください!」
「はーい」
シャイニーは満面の笑みでとてとてと戻って行った。
その数秒後。一人残されたスノゥは呟く。
「本当にあなたはちゃんとしているんだか、チョロいんだか……。さて、料理を作りましょうかね……」
スノゥはそう言い終わると、同時に手慣れた動きでIHコンロやら、電子ケトルやらの電源を入れる。
そう、この文字通りのツリーハウス。見た目とは反してオール電化となっている。
これは、電気をや水道を引いたのが二百年前。洗濯機やら、レンジやらの家庭用家電を手に入れたのが四十年前。そして、IHコンロと電子ケトルを手に入れたのが、つい十数年前。
また、この間の去年。太陽光パネルを畑をして、余っている土地な設置した。
ん? 魔法? そんな便利なものは存在しない。ここは多種多様な種族が暮らしているだけで、地球と同じく科学が発展した世界なのだから。
さて、話を戻そう。
ツリーハウスをここまでのオール電化にするのには、小さな町一つ築けるような莫大な資産が必要である。
そうそう、お金の話でいえば、ここ、ルフェ古書堂には、その日の狩の調子や、採れた野菜により、その日のメニューが変わるので、基本的に店主の気まぐれセットしかない。
ないが一応、そのグレードはある。グレードは主に低い順から梅、竹、松。と分けられている。
梅が、野菜盛りだくさんスープと、パン二つ、それと、昨日松や梅に使おうと思って狩っていた、獣達の残りを主菜とした三品からなるセットメニュー。値段は、誰でも頼めるように五百レミ――日本でいう一円が一レミで、月所得は町により異なるが、エスペランサでは、日本の平均月所得の水準となっている――。
続く竹が、二千五百レミ。松が五千レミ~。となっている。
「とはいえ、梅はもう、ほとんど出来てますから、ハンバーグのタネを焼いて仕上げ、あとは各種盛りつけたら良いだけです。あとは、アームズさんの竹を作れば良いだけですから……」
そのように言いながら、手際よく調理を進めるスノゥ。
数分後。完成した料理のセットを三つ。それぞれ、トレイに乗せ、持っていく。両手と左腕に一つ乗せているトレイが落ちないのは、スノゥの匠の技である。
人が誰もいないがらんどうの本屋を通り抜け、外へと向かうと、同時に声。
「お待たせしました~。梅セット二つと、竹セット一つで~す」
そのスノゥの声に、「おお、待ってました!」やら、「スノゥ様、こっち向いて~!!」やらの声が上がる。
飲食店ルフェ古書堂は今日も平常開店中だ。