新規店員獲得!?
「う、うーん……」
というみっともない声を上げながら、まだ寝ぼけ気味で、スノゥは起き上がる。
起きるまでが、悪いが起きたら即、頭フル回転でお馴染みのスノゥにしては、珍しい起床方法だ。
ぼやける視界のなかで周囲を見渡す。
あたりは薄暗い。
全身を包み込むようなフカフカの感触。
光元は部屋の隅にある、質素な机の上に置いてある照明からだった。
掛け布団の脚付近から伝わる摩擦感。おそらくそこに誰かが乗っているのであろう。
照明のある机の横に据え置きである椅子。そこに座っている人物。
本をクールに読んでいる。姿こそは逆光で見えないが、シルエットはウネウネと動いている。
その事で、それだけで、その人物が何者であるかがわかり、安心感が湧く。
そこまでを黙認し、色褪せた笑みを浮かべているスノゥ。その数秒後、あちらもスノゥが覚醒したことに気が付き、ため息混じりの声を掛けてくる。
「……やっと起きた……。ったく、ワタクシがルフェに着くと、レミントンさんの旦那さんやその子が大騒ぎしてるし、挙げ句、用があったあなたが倒れているわ、男二人で付きっきりで未婚の女性を看病するって、言い出すわ、それでなんとか、帰したと思ったら、今度はその子があなたが起きるまでそばにいるって言い出すわ……。ほんっと、あなたってワタクシの疫病神ね……」
「あはは……。耳が痛いです……でも、アヤメさん。なんだかんだで面倒見良いですからね……」
スノゥが感情を殺し、暖かな表情を取り繕い笑う。
スノゥはベッドに座り可愛らしく寝息を立ててているシャイニーの小さな頭を、優しく撫でている。
見ると、シャイニーの背中には、毛布が掛けられているし、起きても腕が痺れていないように、腕と頭の間に、自身の蔓を幾重も忍び込ませて緩和材として、使ってくれている。
それの指摘だろうか。と、わかったタイミングで、アヤメは顔をやや紅潮させ、声を荒げる。
シャイニーを起こさないように、静かな音量で……。
「う、うるさいわね! そ、それに、その子がワタクシのお茶会メンバーだったから、優しくしてるまでよ」
口ではそう言ってますけど、シャイニーがお茶会メンバーでなくても、難癖付けて優しくするんでしょうけど。
とでも言わんばかりの暖かい眼差しを差しのべるスノゥ。その目がクールな笑みと相成って、哀れみの表情みたいになっている。
「なきよ!? その目は! あと、この子、ヨダレがすごいんですけど……」
「あぁ、シャイニーは、アルラウネの蔓が大好物ですからね……。アヤメさんの美味しそうな蔓の匂いに誘われて……。それでだと思いますよ?」
瞬間的にアヤメの顔が青ざめる。
それはもう今にも倒れてしまうのでは。と思うほどに、抑揚を変えずに言うのは、対したものである、とスノゥは心底そう思う。
「そうなの……?」
まったく、アヤメさん。表情に出さなかったら良い人ですのに、いっそ、前髪で顔を隠していたら……。あ、切ったの私でした。
「それより、まだ寝てなさいよね……」
アヤメのため息混じりの指摘に、自嘲の笑みを浮かべながら、スノゥが答える。
「アヤメさん、私が夜、寝付けないこと知っているじゃないですか? ましてや、建物の中でなんか、八百年間一度も眠ったことはありませんよ?」
「そ、そうだったわね……」
アヤメの珍抑揚と表情が珍しくあった瞬間だった。
そう、スノゥは、あの夜。
エルフの国が帝国に滅ぼされたあの夜から、夜は寝つきが悪い。
いつまた、燃やされるのかが、分からない恐怖に毎夜震えているのだ。
帝国が滅んでから役八百年たった今でもなお……。
否。帝国が滅びた、滅びたと言ってはいるが、その表現は短命な種族の考え方である。
短命な種族は、形さえなくなっていれば、経験者が失くなり、何代も代替わりすることで、傷は癒え、歴史の片隅に忘れられる。
そして、繰り返す。
よく、『歴史は繰り返す』という言葉で言われるが、まさにそれだ。
しかし、スノゥもアヤメのような長命な種族からすると、この、『歴史は繰り返される』と、言う言葉は、ある言葉に変えられて表現している。
それが、『傷は継がず、意志は継ぐ』である。
傷付いた者の声を語り継ごうという、想いはあれど、その想いも時代と共に風化してしまう。それは、生き字引がいなくなった時、加速する。
だが、復讐や希望の意志は、それに感銘を受けた者や、その子孫達に受け継がれることが多い。
現に、各地に帝国の意志が色濃く受け継がれる町街が存在している。その筆頭がイデアルカエルムなのだ。
イデアルカエルムや、他の町街が決起して攻めてくるかもしれない。それが怖くてたまらない。
新しく出来た居場所が、再び奪われるのが恐ろしい。
仲間や友が燃やされるのを想像するだけで、心がズタボロになる。
そんな不安が、夜な夜なスノゥを襲う。
だから寝付きが悪いし、外界から遮断された建物の中では寝ることが出来ないのだ。
その事を知っている数少ない一人のアヤメは、自分の失言に気が付き、どうしたものかという表情をしている。と、スノゥがすかさず、その思いを汲み取り話題を変える。
「時に、アヤメさん。私に用ってなんですか?」
「あぁ、あなたに頼もうと思って……」
アヤメが、思い出したかのように、言葉を濁しつつ話題に入る。
やはり、失言に引け目を感じているのか、煮え切らないアヤメにスノゥがサポートする。
「私に頼み、ですか?」
「そう、ほらワタクシって、最近町に行ってるじゃない?」
「らしいですね」
「それで、あの町って魅力的なものがいっぱいあるじゃない? だからお金が必要なわけよ」
「それでしたら、年間十万レミと、少ないですが役所に行けば、難民手当てが、貰えますよ? 因みに、手続きは制度が出来たタイミングで勝手にしています。それが二百年前のことですから、今のアヤメさんの通行証には二千万レミが溜まっていると思います」
「そ、それほんと……?」
二千万レミ――家が一つ建つほどの金額――というとんでもない大金が、自分にあるのだと、聞かされ頭がフリーズ仕掛けるアヤメに、スノゥはたんたんと、言葉を紡ぐ。
「はい。伝え忘れていたのですが、その通行証は、役場にある口座と連動していまして、最近のものだと、電子カードの通行証が出てきたのです。それにより、お金を下ろす機械があるところなら、どこでも引き出せるようになりましたし、カード対応の店であるなら、通行証一つで買い物や食事が出来るようになっています」
「へ、へー。すごいわね……。というか、あの町、五百年で進化しすぎじゃない?」
「そうですかね? 私達は五百年では、世代交代が良くて一人するかしないかです。が、この子等の場合、少なくとも七つは世代交代します。そして、子供は呑み込みが速いですから。新しい技術もすぐに使いこなせますよ。そして、その子達が大人になれば、もっと楽にしたいと、新しい技術を開発するようになる。それが、七つも世代交代していれば、この進化は当然だと思いませんか?」
シャイニーに、未来を楽しみに思う反面、時がなるべく遅く進んで欲しいと、いう視線を送りそつつんな言葉を発していた。
それを、アヤメもすやすやと、まるで、天使のように寝ているシャイニーに、去っていったかつてのじよメンバー達の顔を、連想させなから、声。
「そうね。それに、身の安全があってこその楽というものだものね。楽することがどんどん思い付くのは、あの町がそれだけ平和って言うことよ。それは守護者が良いからかしらね」
「ありがとうございます」
「フン! あなたのことを誉めた訳じゃないらよ。客観的に見て事実を言ったまでよ。第一、あなた、頼まれるまで、無干渉しゃない」
「それもそうでした」
スノゥの天然な返しに、アヤメはため息混じりに言う。
「まぁ、いいわ……。それより本題。ワタクシの用は、あなたにここで働かせてもらうよう頼むこと。だったのだけれど、でも、気が変わったわ……」
形の良い眉を寄せながら、スノゥが口を挟む。
「そうですか、それは残念です。ちょうどひと……」
それに、今度はアヤメが気丈に言葉を挟む。
「ワタクシをここで働かせなさい。いい? これはお願いじゃないわ、命令よ。あなたにまた倒れられては困るのよ。それに見たくないわ。あなたが、弱ってる姿なんて……」
最後を恥ずかしそうに視線を背けながら言い終わるアヤメ。
それに、スノゥは微笑を取り繕い言う。
「はい。お願いします」
「うぅん……」
そのタイミングで、シャイニーが可愛らしく声をあげながら覚醒。
頭を上げると同時に、アヤメはシャイニーの腕と頭の間にやった蔓を素早く、引く。
まるで、そこに蔓などなかったかのように。
シャイニーは、眼を指で擦りつつ、ぼやけた視界の中で目前に穏やかに座っている人物を視認する。
「お、ねぇ、ちゃん……?」
シャイニーの視界が徐々に鮮明になる。
視界が完全にクリアになったとき、目にしたのは、窓から差し込める、月光が肌を通透しているのてはないかと、誤解しそうなほどの白い肌を持ち人間離れした美貌を持つエルフ。
「おはようございます。シャイニー……」
スノゥは優しく暖かな眼差しを差し伸べている。
一瞬、眼を揺らがせるシャイニー。次の行動に移したのはスノゥが瞬きをした瞬間だった。
「お姉ちゃん!」
抱きつくシャイニー。眼には大粒の涙を浮かべている
スノゥは優しく包み込むように、抱き付き返す。
スノゥの胸の中で、泣き叫ぶように、謝罪を繰り返した。
それをスノゥとアヤメは、なにも言うことなく、ただただ優しく聞くのみ。
静かな月夜。森の中では、いたいけな少女のキレイで儚い謝罪の言葉だけが優しく響いていた。