第5話 黙ると死ぬ魔法剣士の謎を追え!(上)
平和な昼下がりはあっという間に破壊された。
カツ、カツ、カツ、カツ……
比較的初心者やランクの低い冒険者が集まるこの国営ギルドは、装備も最低限、といった者が訪れることが多い。そんな国営ギルドに、プラチナの甲冑を纏った女騎士が威風堂々とやってきたのだから、ギルドを訪れていた冒険者たちは思わずざわざわと騒ぎ始めた。
「サラ! サラはいるか! サラ・リーマンよ! 私の可愛い妹、サラ・リーマンよ、出てきておくれ!」
「ちょっ、ちょっちょっと、お姉様! おります! わたくし、ここにおりますから!!」
姉がやって来た。
「はあっ、はぁっ、はぁっ、ちょっとお姉様、少しだけ静かにしてくださる」
俺は慌ててその背中を、ギルドマスターのグレンの部屋へ押し込む。
「おお、どうしたというのだい、我が妹よ? 先日は出動ご苦労さまだったね。だが、キミはあのような危険な場に赴くべきではない。あのような最前線の場には、私たち王宮自警団が赴いて対処すべきだと、父上にも再三申しているのだが……サラ、キミを危険な目に合わせてしまい、姉として忸怩たる思いだ……」
話は止まらない。姉こと、パトリシア・リーマン。父ことリーマン国王と、第一夫人の間に生まれた一番上の姉、すなわち異母姉だ。この国の王族一家が一夫多妻制なのは、父と第一夫人の間に男子が生まれなかったことも起因している。いずれ女王になるはずの姉は、男勝りで正義感の強い性格をしているが、いかんせん空気が読めないし、俺がなぜ闇ハンター討伐をしているかを根本的に分かってはいない。
「お姉様、わたくしは大丈夫です。それよりもお姉様、お姉様のようなやんごとなきお方が突然このような場所に来られては、臣民も驚いてしまいますわ、どうか王宮へ……」
「そうはいかないよ、我が最愛の妹よ! おぉグレン、キミも少し話を聞いて、お父様への説得に協力してはくれないか、なぜサラのようなか弱い者が、闇ハンター討伐の……グフッ!!」
俺は大声で叫ぶ姉の口を後ろから塞いだ。グレンは、呆れて背を向けてしまい、その禿げ上がった頭だけが椅子の向こうから光に照らされている。
「大変だったのね、サラ」
エイプリルが、憐憫の目で俺を見た。最終的にグレンを捕まえてひとり雄弁に語る姉を、俺はメロンと共謀して侍従長のエイブラムが呼んでいるということにして、たっぷりメロンの作り出した幻影の中ゆっくり城へと戻ってもらったというわけだ。俺はエイプリルを恨めしげな目で見つめた。
「それより、今日の任務が決闘、って一体どういうこと?」
エイプリルは待ってましたとばかりに、懐から手紙を広げた。
「これなんだけどね……東の大陸から、名うての魔法剣士が王国にやってきたって聞いて、任務に参加してもらえないか打診してみたの……そしたら、今朝ギルドの扉にこれが刺さってたのよね」
矢文で返事を寄越すとはまた物騒な冒険者だが、俺はその手紙を広げた。
――任務への参加は吝かでない、一向に構わぬ。
しかし、本当に貴様らが義の者であるかを見極めさせてもらう。
今宵、バビントンから西へ向かった海岸で待つ。
「何者なのかしら?」
俺の問いに、エイプリルも首をかしげる。
「名前は、アーサー・アンダーソン。職業は魔法剣士で、出身は東のトクガワ王国。私たちの水準に換算すると冒険者レベル30、ランクはA++。申し分のない実力ね。ただ……」
エイプリルは不穏な表情を浮かべて言いよどんだ。
「その素性は不明。つい先日、別のギルドのクエストに参加したらしいんだけど、普段は目黙して語らず、といった感じなのに、戦闘になると狂ったように奇声を上げて暴れまわる、って……」
俺は、エイプリルに思わず確認してしまった。
「それ……大丈夫なの?」
指定された海岸へ辿り着くと、俺はすぐその存在に気づいた。
「あっ……あれ!」
海岸線にはひとり、俺と同じように黒尽くめの男が待ち構えている。普通の冒険者と違うのは、その男が構える大振りの両刀剣が、ごうごうと燃え盛る炎を湛えているということだ――
俺は馬を降り、その男の待つ方へと近づいてゆくと叫んだ。
「あなたがアーサー・アンダーソ……」
俺がそう言い終わる前に、男は周囲に響き渡るような耳障りな大声を発した。
「待ァァたせおってェェェ!! 儂がこの場でェどれほど待ったことかァァァァ!! 其処のオナゴよォォォォ! 勝負に挑むのはァ貴様かぁぁッぁぁ!?」
まるで狂人のような口調だ。しかし、男は微動だにせずに両刀剣を構えたままだ。俺は覚悟して前に進み出た。
「あたしよ」
「サラ、大丈夫!?」
エイプリルが声を掛けると、男は機嫌を損ねたのか再び叫ぶ。
「邪魔をするでないイィィィッ!! 其処のエルフよ、貴様の出る幕はないッ。 下がりおれエエエエェ!!」
男が両刀剣を一閃すると、放たれた爆風でエイプリルが吹き飛ぶ。
「キャアああッ」
「エイプリル!!」
俺が振り向くと、更に男は苛立った様子で俺を呼ぶ。
「キョロキョロとするでないッッ!! この勝負は儂と貴様の一騎討ちじゃ。隙あらば貴様のその首を刎ねてもよいのだぞオッ!!」
「ぐっ……!」
名うての魔法剣士と俺では、実力差は明白だ。しかし、俺が怯むと、男はこれまでとは違う落ち着いた声で呼びかけた。
「大丈夫だ、命までは取りはしない。ただ、おぬしらが果たして本当に正義の心を持つのかを試させてもらうだけだ。勝負は王手をとった方が勝ちだ。よいな?」
「……?」
【つづく】