第4話 悪徳ビーストテイマーを取り締まれ!(下)
朽ちかけている屋敷は広大で、窓の開いていた奥の小部屋から侵入できたものの、俺は頭を抱えた。部屋の数はあまりにも多すぎて、ひとつひとつを確認して回っていては夜が明けてしまう。俺は屋敷の中心部へ急いだ。おそらく、レックスは2階にいるはずだ。俺がそう考えて、廊下の扉を開けた瞬間――
ゴオオオオッ!
外から大きな音が響き、熱風でガラスが吹き飛ぶ。とっさに物陰に身を潜めてガラスを浴びることはなんとか避けたが、今の爆発でレックスは確実に目を覚ましただろう。時間の猶予はない。再び俺は走り出した。
エイプリルが恐る恐る門扉を開くと、ルーファスが放った強力な火炎魔法で中庭は跡形もなく消し飛んでいた。ぶすぶすと残り火がくすぶる中、ヘルハウンドたちは無残にも真黒焦げになって1匹残らず灰になっている。刹那、強い風が吹き抜けると、灰は舞い上がって夜空へと吹き飛んでいく。
「……こんがりと、というには火力が強すぎのようね」
呆れとも畏怖ともつかぬ様子でエイプリルがつぶやくと、それに気づいたルーファスが振り向いて真顔でつぶやいた。
「すまない。丁度良い頃合いに調えたつもりだったのだが」
ルーファスはそういうと、扉を徐ろに蹴り開けて、先程の魔法に関するウンチクを語りながら奥へと消えてゆく。エイプリルは振り向いたルーファスの眼差しにギョッとすると、自分の腕を抱えるようにルーファスの背中に目を向けた。
(ちょっとまって、魔法に丁度良い頃合いも何もあるの……!? そもそもあんな魔法を、平然と放つなんて……ルーファス・エインズワース……恐ろしい男……!)
屋敷の2階は、主が去った長い間の風雨に耐えかねたのか、廊下からはところどころ星空が覗いている。歩みを進めるたびに床もギシギシと音を立てるほど朽ちている。静かに、ゆっくりと歩いていくと突然目の前の扉が蹴破られ、派手な身なりの大男が姿を現す。その男は手や首をゴリゴリと鳴らすと、俺を見て不機嫌そうに唸った。
「オゥ……テメェかぁーー……!? 俺様の可愛いヘルハウンドたちを黒焦げにしてくれたのはよォ」
「正確にはあたしじゃないけど、まぁ正解ね。野良の猛獣使いでもそういうトコロの頭は回るのね、新しい発見だわ。アンタでしょ? レックス・リンチ。冒険者でもないアンタが、ヘルハウンドを護身用の番犬と偽って富豪に売りさばいて、不当に利益を得ていると――」
「それの何処が問題なんだ? あぁ!?」
レックスは逆上して壁を蹴りつけると、脆くなった屋敷の壁に大きな穴が開く。落ち着きのない様子でボキボキと骨を鳴らすレックスを俺は指差すとこう言い切った。
「冒険者もないアンタが、臣民の命を脅かしてまで利益を求める……それは、やがてこの国を中から滅ぼすことになる……あたしたちには国を護る責務がある。国を滅ぼす可能性のある者を野放しにしておくわけにはいかないの」
俺の言葉に、さらにレックスは憤怒した様子で怒鳴り散らす。
「このクソアマが……ならばこの場で喰いちぎられて死ねばいい! おい、出番だ。……今すぐこの女を噛み殺せ」
レックスが指を鳴らすと、仄暗い部屋の中から、ゆっくりと真っ赤な毛並みの獣が姿を現す。俺はその姿をゆっくりと見ると、思わず恐怖でごくりと喉を鳴らした。
「双頭の……ヘルハウンド!」
庭で彷徨いていたヘルハウンドたちと比べると倍はあろうかという巨体に、飢えてギラついた目をした首が2つ。首と足には、レックスの趣味なのか鋭利な棘のついた銀の輪をつけている。再びレックスが指を鳴らすと、その赤いヘルハウンドは俺に向かって全速力で突進して来た!
「まずい!」
俺は下がりながら、ヘルハウンドに向かって鉄鞭を振るう。しかし、多少は怯んだように見えたもののすぐに立ち直り、すぐに2つの首をこちらへ向けてきた。
「グルル……グルル……ガゥ……ウワオオオゥ!!」
「サラ!」
ヘルハウンドが吼えると同時に、エイプリルとルーファスが2階へとやって来る。しかし、そのスキをヘルハウンドは見逃さなかったようだ。勢いをつけたヘルハウンドたちが、俺に向かって猛スピードで突進してくる!
「ぐっ!」
俺は硬直し、思わず身構えた。
「サラ!!」
ヘルハウンドが俺に飛びかかった瞬間、エイプリルが叫ぶ。その瞬間、周囲には一瞬の閃光ののちに煙が充満する。
「サラ……!!」
エイプリルが震える声で俺の名前を呼んだ。
「ガウ、ハフ、ハフ、ハフ、ウーッ、ハフ、ハフ」
屋敷の廊下には、ヘルハウンドがグチャグチャと獲物を貪る音だけが響く。煙が晴れると、ヘルハウンドの足元に転がった俺の装備を見て、レックスは腹の底からの笑い声を上げた。
「フフ……ハハハ……ハッハッハッ!! ザマアねえな、デカい口を叩いてた割には大したことねえな、クソアマよぉ! 最期が俺様の可愛いヘルハウンドの餌になっただけでもあの世で喜ぶんだな! ケッケッケッ……!?」
すると、レックスが何かに気づいてヘルハウンドの様子を覗き込もうとする。
「おい、オマエら、一体何をして……!?」
その瞬間、俺は真上からヘルハウンドの首元めがけてショートダガーを振り下ろした。目の前の餌をしゃぶるのに必死になっていたヘルハウンドは全く油断をしていたのか、俺の一撃に目を剥いて叫ぶと、そのまま崩れ落ちて絶命した。
「サラ!!」
エイプリルの声に俺は笑顔で頷いた。ルーファスはこちらを見つめて無言で頷いた。これに怒り狂ったのはレックスだ。
「テメェ……一体何をしやがった!!」
俺は蔑むようにレックスを睨みつけると言った。
「あたしがみすみすヘルハウンドに噛み殺されるとでも? アンタもヘルハウンドちゃんたちと一緒にこの場で息絶えるのだから、あの世の土産話に教えてあげる。跳んだのよ。上にね」
「なっ…!!」
レックスは思わず上を見上げた。夜空がむき出しの廊下は、屋根裏がむき出しになっている。ヘルハウンドが飛びかかってきた瞬間、俺は煙幕を叩きつけると装備を脱ぎ捨てて飛び上がったのだ。
「ヘルハウンドが必死になって貪っていたのは、怪鳥の骨よ」
レックスは音を立てて歯ぎしりした。ヘルハウンドが怪鳥の骨に夢中になって貪りつく間に、俺はその首元にダガーを振り落としたというわけだ。レックスは血走った目で俺を睨みつけると口を開いた。
「ヘルハウンドは最早仕方がねぇ……だが、俺を散々愚弄しやがったテメェだけは生きて帰す訳にはいかねぇ……鎧も脱ぎ捨てて裸同然のテメェを殺すなんぞワケもねぇ……なぁ?」
レックスは俺をじろじろと見回した。鎧はおろか、レックスたちの目を欺くために服まで脱ぎ捨てた俺は下着姿だ。今は、じかに肌に身につけていたダガーや毒針程度の最低限の武器しか手元にない。
「死ねェ!!」
レックスは吼えると暴れ始めた。俺よりも頭3つ分ほどは大きいであろうその身体で、件の棘のついた拳を振り下ろす。俺が左右に避けていると、エイプリルが叫んだ。
「サラ、上に避けて!」
その言葉に俺が飛び上がると、エイプリルは俺に再び回避の魔法をかけた。そして、俺に気を取られたレックスが上を見上げた瞬間に、ルーファスがその巨体に魔法を放つ。
「自由に動けるのもそこまでだ! 氷結の呪縛!」
「ぬなっ!?」
ルーファスの凍気を直に喰らったレックスは手足が完全に硬直し、その場に氷柱のように立ち尽くしている。俺は少し距離を取ると、憎々しげに見つめるレックスに告げた。
「フィナーレよ」
俺は駆け出すと上からレックスに飛びかかり、その頭を太ももで挟み込むようにするとそのままレックスを後ろへ投げ飛ばした。
ズーンという鈍い音とともに、レックスは気を失った。見守っていたエイプリルとハイタッチすると、俺は安堵のため息を漏らした。
「さぁ、一件落着ね。お姉様たちに引き渡さなくちゃね」
俺が言うと、ルーファスがぼそりとつぶやいた。
「なんて幸せな技なのだ……」
「何か言った? 大魔術師のルーファスさん。毒針はお好きかしら?」
「ゴホン、否、何でもない、私のただの独り言だ……気にすることではない」
【つづく】
第4話、ご覧いただきありがとうございました!
これからのサラちゃんたちの活躍をお楽しみに♪
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