第3話 悪徳ビーストテイマーを取り締まれ!(上)
俺たちの作戦が実行されるのは、だいたい夜だ。それは、標的たちが活動している昼を避ける、俺たちの存在を公にしてはいけない等々の理由があってのことではあるけど、今夜ほど標的の住まう屋敷までの道程が億劫だったことはない。とっぷり日が暮れてしばらく馬を走らせているが、目的地まではまだ時間がある。俺は思わずすぐ隣を走るエイプリルに愚痴った。
(ねぇ……どうしてこんな人を連れてきちゃったってわけ?)
(さぁね……私だってこういう人だって分かって打診したわけじゃないわよ!)
いつもは冷静なエイプリルも、今日は虫の居所が悪いのかカリカリしている。それもそのはずだ。白馬に跨りわたしたちの前を悠々と走る、ルーファス・エインズワース。リーマン王国に知らぬ者のいないと言われる大魔術師というこの男こそ、今夜の俺とエイプリルをイラつかせる最大の要因だ――
「ホントに? ルーファス・エインズワースって、あの有名な魔術師でしょ?」
「ホントにホント。さっき、ルーファスの使い魔がやって来て、クエストのオファーを受けるっていう手紙を持ってきたの」
ギルドの片隅の机で、思わず俺とエイプリルは小躍りした。ルーファスほどの大物がこの国営ギルドに登録していたことも驚きなら、父が国難とまで表現した大規模なモンスター討伐の最前線で大活躍し、喝采を浴びたというルーファスがオファーに応じた事自体がありえないことだった。俺は思わず首をかしげた。
「でもさ、ルーファスほどの大魔術師っていうなら、クエストも引く手あまたなんじゃないのかな?」
エイプリルは眼鏡をずりあげて、有力な冒険者の情報をつづった書類をバラバラと捲ると眉間に皺を寄せた。
「私もそう思ったんだけどね。よく来る冒険者たちにも探りを入れてみたんだけど、この1年ほど本屋の屋根裏に居候していて、クエストに出た様子が無いって言うのよね……」
ルーファスほどの高名な魔術師が、1年もクエストに出ていないというのは妙な話だ。だが、冒険者である一方ルーファスはその能力を活かして、人気の魔術書を何冊も書き記している。本屋に1年も籠もりきりなのは、そういう理由もあるのだろうと俺は勝手に考えた。だが、その推理が間違いだったと俺は今日気づくことになる――
「ねえ、さっきから気持ちよく話してるところ悪いけれど、少しお静かにしてくださる?」
俺はイライラを可能なな限り抑えて前を走るルーファスに叫んだ。ところが、ルーファスは理解できない、とでも言いたげな表情を浮かべて答える。
「キミたちは呼吸を止めたことがあるか? キミたちの心臓は勝手に止めることができるのか? それと同じことだ。私が言葉を紡ぐことは、私の世界を表現することだ。それは呼吸や鼓動と一緒。誰かに止めろと言われて止めるものでも……否! 私の世界が広がる限り、私の言葉は紡がれ続ける……それを第三者であるキミたちが制御しようとすることは、自然の摂理に反するというものだ――」
「あ、ハッ、ハハッ、ハハハハハハハッ……!?」
朗々と語り続けるルーファスを精一杯の愛想笑いで聞き流しつつ、俺は気づいてしまった。魔法の腕前はこれから拝見するとして、なぜルーファスが大魔術師と呼ばれながらも長らくの間クエストに参加していなかったのか。魔術書の執筆もそうだろうが、その理由が今の俺にはハッキリわかる。
――性格だ! ルーファス、こんな癖のある性格だから、他のパーティからは敬遠されているのだと!
俺の眉間の皺は、元に戻らないんじゃないかと思うぐらい刻々と深くなってゆく。
馬を少し離れた所に停めて、俺たちは標的の住む屋敷へと向かう。ルーファスの延々と続くくどい話を聞かされ続けたエイプリルは、憐れにもエルフ特有の長い耳がしおれ、げんなりとした顔で歩いてゆく。俺もいつもの移動よりも比べ物にならないほど疲れ果て、前を向く気力はない。そんな事はお構いなしといった様子のルーファスは、ひとりで何事か口にしながら悠長に歩いてゆく。
すると、突如背筋に寒気のような嫌な感触を覚えて、俺は顔を上げた。蔦に覆われた、蝙蝠が舞う大きな屋敷の前には分厚い塀が聳え立つ。かつて、この地域を治めていた辺境領主の屋敷らしい。その塀の向こうからは、怨念にも似たただならぬ妖気と、蠢くモンスターの唸り声が聞こえてくる。俺は塀によじ登って庭を覗くと、ギョッとしてすぐにふたりの元へ戻ると口を開いた。
「……ヘルハウンド、15匹」
地獄の番犬と呼ばれる狂犬のモンスターで、真っ黒な毛並みと真紅の瞳を持つ。火を吐くとも言われているが、なにより食欲旺盛で、隙を見せたが最後骨になるまで喰いちぎられてしまうという。すると、ルーファスが俺に訊ねた。
「で、今日の標的というのが、ヘルハウンドの飼い主だというのだな?」
俺は無言で頷いた。ルーファスの言う通り、この屋敷に住むレックスという猛獣使いの男がこのヘルハウンドたちの飼い主だ。レックスはヘルハウンドを番犬と偽って富豪に売りつけ、不当に利益を得ているという。冒険者の中でも熟練した猛獣使い以外に扱えないとされるヘルハウンドが一般の臣民の手に渡れば――後は言うまでもない。被害者が増える前に、元締めであるレックスを捕えなければいけない。
「そういうこと。ただ、いくらあたしたちとはいえ、正面突破は危険すぎるわ」
エイプリルも頷く。
「ただ、どのみちこのヘルハウンドちゃんたちを始末してる間にレックスは目を覚ますでしょうね……私たちがヘルハウンドを片付ける間に、サラ、あなたは裏から屋敷の中に回ってレックスを探し出すのよ」
「しょーち♪」
俺が駆け出そうとすると、エイプリルが呼び止めた。俺が振り向くと、エイプリルが指をくるりと三度回す。うっすらと青い光が、俺たちをそれぞれ包んだ。
「これで、身のこなしを早めたから。ヘルハウンドは俊敏だから、備えあれば憂いなし、ってね?」
「ありがとう、エイプリル!」
俺が去った後、門の前に残ったエイプリルとルーファスは腕組みをしながらしばし固まっていた。
「……どうするつもり?」
エイプリルの問いかけに、ルーファスは珍しく応えた。
「焼く」
「焼く? ヘルハウンドは炎に強いと言うけど? 焼くの?」
訝しむエイプリルをよそに、ルーファスは塀の向こうを見やるように顔を上げると、白銀色の魔杖をすっと前にかざして振り向いた。
「キミ、ヘルハウンドはどのくらいの焼き加減がお好みかね」
「はあっ?」
エイプリルが怪訝な顔で聞き返すと、ルーファスはニヤリと笑みを浮かべる。
「ヘルハウンドが炎に強いかどうかはさしたる問題ではない。私の魔法で彼奴らは丸焼けになるだろう。せめて焼き加減ぐらいキミの好みに仕上げようと言っているのだ」
ルーファスの嫌味なほど自信に満ちた笑みに、エイプリルも口角をくいっと上げて応えた。
「じゃあ、こんがりで」
無言で頷くと、ルーファスは先程までとうって変わってドスの利いた低い声で詠唱を始めた。
「邪悪なる悪の化身共よ、今こそ我の手によって焼き尽くされて灰となり、この地に還るがよい――」
ルーファスは息を吸い込むと、目を見開いて大きく叫ぶ。
「地獄の息吹!」
ごうっ、と言う轟音と共にルーファスの目前が火柱に包まれ、ヘルハウンドたちの断末魔の叫びが辺り一面に響き渡る。
【つづく】
第3話、ご覧いただきありがとうございました!
これからのサラちゃんたちの活躍をお楽しみに♪
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