【完】第20話 最終決戦! ダライアス一味を殲滅せよ!(下)
ボサボサの髪を束ね、安物の鎧をまとったその姿は、リーマン王国、いや、大陸全土に恐怖をもたらした悪名の持ち主とは言い難く、1年前、王国から追放した頃と何ら身なりに変わりはない。俺は訊ねる。
「ピーター、なぜあなたが王国を滅ぼそうとしているの? 目的は何? 配下に辣腕のハンターを従えて、執拗にリーマン王国に刃を向け続けたのは――」
俺がそこまで言うとダライアスは、卑屈な笑みを浮かべながら大きくかぶりを振った。
「お嬢様、本当に私ごときがそんな大それた企みが出来るとお思いで? 私はただ、すぐそこの広間におはせられるオーラ様に従うだけの身でございますぜ。すべてはオーラ様の企てたこと。私はひたすら、オーラ様の言う通りにハンターたちに指令を伝えるだけの伝書バトでござい――」
「嘘を仰い!!」
俺はダライアスを一喝すると、その足元に鉄鞭を振り下ろした。
「それが真というなら、オーラのあの眼は何! 言ってごらんなさい。オーラは魅惑で操られている。あなたがあたしに差し向けたスパンキー。あの男も魅惑を操っていた。あなたが操っていないというなら、オーラは誰が操っているというの!?」
魅惑という言葉に、ダライアスはやれやれ、という表情を浮かべてまたも卑屈に笑う。
「いやいや、姫さんには敵わねえなぁ……その通り、オーラは魅惑で今も夢現の中にいますぜ。ただ、別に俺が魅惑を操れるわけじゃない。ちょっとした仕掛けをして、奴は勝手に打倒リーマン王国の使命に突き動かされているだけでさぁ」
「どういうこと?」
俺が問うと、ダライアスはくいと親指を広間の方に向けた。
「あのオーラというのは本来は正義感の強い剣士だけど、根が単純なバカ女でね。俺が王国を出奔した後、とあるギルドのパーティで知り合ったヤツを唆したんでさぁ。――弱小国家を転覆させて、新たな理想国家を打ち建てようとしているダライアスという猛者がいると」
「――!」
「俺はダライアスの使者と名乗って、そのあくる日の夜にこの洞穴に来るように言ったんですわ。そこで俺は一芝居うった……この洞穴は縦に長く、身を潜める場所などいくらでもある。広間を王宮に見立てて、さも甲冑が王座に鎮座しているように見せた。のこのこやってきたオーラに、俺はダライアスとして洞穴に響く声で言ったわけですよ。リーマン王国を転覆させたなら、地位も宝も望みのものをやろう、と」
相変わらずダライアスはニヤニヤしながら続ける。
「オーラは拒みましたよ。剣士の端くれとして、王国に背くなどという大それたことなどできぬと……だが、ヤツを絆すことなど造作もなかった。オーラはただの甲冑をダライアスだと信じ切っていた。俺はあらかじめ用意しておいた杯に、魅惑の魔法石を砕いた酒を注いでおいた。話はすぐに受け入れなくても良い、だが近づきの証に杯を交わそうと言うと、あの女は何の疑いもなく飲み干しましたよ、酒を。それがすべての始まりだった」
「つまり……!?」
「そう。自らを含め、剣と魔法と異能に優れる3人をダライアス三剣士と名乗り、着々と計画を進めたのはオーラですよ。オーラがダニングとデュアンを率い、ダニングがアンタを殺すためのハンターを差し向ければ、デュアンがスパンキーをギルドマスターに仕立てて若い女ハンターを処分した。簡単なものですよ。そもそもの偽クエストの流布も、ビーストテイマーを用意したのもダニングだ。俺がダライアスとして崇高な理想を語り、オーラがそれを推し進め、オーラの部下であるダニングとデュアンは、実行部隊として着々と計画を遂行していった――」
俺は全身の血が沸き立つような感覚を覚えた。鉄鞭を握る手に力がこもる。
「分からない。その計画は何のため? 地位? 財産? 一体なぜリーマン王国を……」
そこまで俺が言うと、ダライアスは目をギラッとむいて、俺に嘯いた。
「世間知らずの弱小国家なら、大きな武力も必要ない。たかだか衛兵の俺の企て程度で傾く国なら、滅ぼして多少の金でも栄誉でも手に入ればいいと思っていた。だからこそ、王国で一番現実を冷静に見据えているアンタ――サラ・リーマンを真っ先に殺す必要があった。だからこそ、アンタを執拗に狙い続けたんですわ。アンタは想像以上にしつこくて、まさかここまでやって来るとは思ってもいなかったけどね。ハハハ……」
それ以上は我慢がならなかった。冷笑を漏らすダライアスの襟元を掴むと、俺はダライアスを面罵した。
「貴様! 貴様!! たかがそれだけの理由で、臣民の命までもを脅かしてきたのか!! オマエの言う通り、リーマン王国は弱小国家だ。だからといって無実の民までも滅ぼす理由にはならん!! そのためにオレは戦ってきたんだ!! 貴様を倒すために――」
そこまで言うと、俺はすう、と一息吸って啖呵を切った。
「ひとつ、人の世涙も枯れた、
ふたつ、不届き闇ハンター。
みっつ、非道なこの世の悪を、
成敗してくれよう仕置人――
ピーター・オーランドよ! 今ここで貴様を打ち倒し、王国の安寧を護ってみせる!」
「ぐぅ……ダライアス様っ」
三方を囲まれたオーラは、思わずつぶやいた。王国名うての魔術師と剣士、魔法使いに囲まれては優れた剣士といえども多勢に無勢だ。すると、エイプリルが語りかける。
「まだ夢を見ているの?」
「何を言っている? ダライアス様の野望を果たし、大陸を統べるのは私たちだ――」
そう繰り返すオーラの瞳をじっと見つめて、エイプリルはため息をついた。
「可哀想な人ね……もういい加減目を覚ました方がいいわ」
エイプリルは静かに呪文の詠唱を始める。
「覚醒――もう無益な戦いはやめましょ」
「な、なにっ!?」
俺はダライアスを突き飛ばすと、ダライアスは情けない程簡単に壁に打ち付けられた。ショートダガーを首筋に突き立て、俺は哀れみの目でダライアスに宣告する。
「一刺しだ」
「ひっ……!」
「ここですべての非を悔いるか、それを拒んであの世へ行くか。その自由は貴様にくれてやる。ただ、この刃に貴様らが葬ってきたすべての者の怨念が篭っていることを忘れるなよ」
「ひっ、ひっ、ひいぃ……!」
情けない悲鳴を上げると、地面にへたりこんだダライアスはじょろじょろと小便を漏らし始めた。もはやここから抵抗する気力もないようだ。俺はさっとダライアスを後ろ手で縛り上げると、その情けない背中を蹴り転がした。洞穴からは、目覚めたオーラとエイプリルたちがやって来る。
「貴様ァ、よくもこの私を欺いてくれたな……!!」
「サラ、アーサー、ルーファス、どうするの? 現実を知ったオーラはそれはもうお怒りよ。わたしたちが殺してもいいし、オーラに任せても――」
「ちょっと待って」
俺はエイプリルの言葉を遮った。失禁して蹴り転がされたダライアス――ピーターはべそをかきながら情けない視線をこちらに向けている。こんな情けない奴を殺すまでもない。俺は洞穴に響き渡るように、
ピーッ!
指笛を吹くと、しばらく経って俺たちの頭上に何かがやって来る。その姿が近づいてきて、俺が手をかざすとその手のひらにちょこんと座ったのは――メロンだ。王国を出たその日、俺はグレンにダライアス討伐の時間を伝えた。頃合いを見て、メロンが戦況を王国に知らせられるようにはしておいたのだ。
「サラ、無事だったメロ!! よかったメロ!! ……あれ? ダライアスっていうのはどこにいるメロ?」
不思議そうに見つめるメロンに、俺はくいと親指でピーターのことを指した。
「あそこにいる、衛兵のおじさんのことよ」
かくしてダライアス――ピーターは後からやってきた姉に捕らえられ、その身はリーマン王国の牢獄に投ぜられることになった。もっとも、投獄の前に王宮広場に磔にされたピーターは三日三晩民衆の好奇の目に晒され、石を投げつけられ続けたという。国家転覆を図ったピーターは本来ならば即処刑ものだが、父もその情けない姿を見るや殺す気が失せ、牢獄の底に他の極悪犯どもと放り込むことにしたらしい。らしい、というのは姉にピーターを引き渡して俺たちはさっさと洞穴を去り、後日風のうわさでその話を聞いたからなのだが。
「それで結局、お主は王国には戻らぬのか? サラよ」
ピーターが問う。俺は大げさに手を振ってみせた。
「イヤよ。もうあたしは好きに生きることにしたんだから。王国は父さんと姉さんが守るというし――また危機が起こるようなことがあれば、その時は駆けつけるけど」
「フフ、そこで駆けつけるのがサラらしいわね」
エイプリルが笑った。ダライアス討伐のおかげで冒険者レベルは20ほど一気に上がり、ランクも「SS」というなかなかのものになっていた。ルーファスは魔法の研究を続けたいと別の道を歩むことになったが、3人と一刀のパーティはそれでいて、なかなかに面白い。「青き翼」を出た俺たちは、宿屋でギルドマスターから受け取ったクエスト一覧を眺めて思案していた。
「これとかどう? 南の大陸で大怪魚の討伐だって! あたしずっとこの寒い北の大陸にいたから、旅に出るのもいいかなって」
「いいわね! せっかくレベルも上がったし、もっと難しいクエストも請け負えるものね。ルーファスほどじゃないけど、魔法の腕も少しは上達したのよ」
「怪魚ならワシに任せよ! ワシに倒せぬ敵はおらぬぞよ、なあアーサー?」
「ん? ああ、アーバインがいるなら私も安心だ。サラよ、せっかくの機会だ。この広い世を巡り巡って、旅を続けるのもいいかもしれん」
アーサーの言葉に、俺はニコリと笑顔を浮かべた。これから街に新しい武器や道具を買い出しに出て、冒険の準備を進めよう。明日、明後日には新たなクエストに旅立つ。俺たちには、これから限りない自由と時間があるのだから――
【おわり】




