第2話 ハンター狩りの偽クエストを追え!(下)
松明の僅かな灯りを背に、俺は首謀者の男の前に立つ。男は、憎々しげな目線を俺に向けながらペッ、と唾を吐いた。
「仕置人だか何だか知らねえけどよ、偉そうな御託並べやがって! 貴様らだってハンターだろう、自分の懐が潤って何が悪い!」
男はニヤリとすると、クルッと跳ね起きて俺に突撃してきた!
「ウオオオオオッ」
瞬時に俺は身をかわした。男が体勢を崩して倒れ込むと、俺は男の腕を捻り上げる。
「ぐっ」
「残念ね。ハンター憲章にもあったはずよ? ハンターは武具を持たぬ臣民に刃を向けてはならないと」
「うるせえ、知るか」
なおも男は首を横に振った。これ以上、この男に改心を求めるのは時間の無駄だ。
「しばらく、大人しくしてて頂戴。もっとも、次に気づいた時にはあんたたちは牢獄の中だけどね」
「なんだとッ…ぐはっ」
俺は、なおももがく男の首筋に毒針を突き刺した。死に至るものではないが、大の男ひとりを瞬時に気絶させるには十分だ。主犯格の男は、一瞬の間に力を失ってその場に崩れ落ちた。先にテレンスとリーヴァイが仕留めた実行犯たち諸共山小屋の柱に縛り上げると、俺は山の麓に向かって指笛を吹いた。
「これにて、一件落着っと。さ、お姉様たちが来る前にあたしたちは戻りましょ」
普段と変わらない朝がやってきた。扉を開けると、外に列をなしていた冒険者たちがゾロゾロと建物の中へと入ってくる。ここは、国営の冒険者ギルド。俺は、この冒険者ギルドの事務員として働いている。ここには、屈強な歴戦の冒険者たちがやって来ることはほとんどない。報酬が高く、討伐の難易度の高いクエストは民間の有力な冒険者ギルドが仲介している。俺たち国営ギルドが冒険者に融通できるのは、初心者でも達成の容易なクエストや、他のギルドが扱いもしないような取るに足らないものばかりだ。だけど、俺たちがこのような小さなクエストを扱っていることで、右も左も分からないようなまったくの初心者や、往時の力を失ってしまった老いたハンターたちも、どうにか冒険者として生計を立てることができるのだ。
「サラ、今日のお昼、一緒に宿借り亭にご飯食べに行きましょ」
そう声を掛けてきたのはエイプリルだ。俺とエイプリルは国営ギルドの事務員として働く傍ら、昨夜のような特命の任務を遂行する立場にある。もっとも、なぜこのような仕事をするようになったかは――それはもっと時間がある時に説明しよう。ギルドの玄関を掃除している俺の耳に、甲高い声が飛び込んできた。
「おっはようメロ! サラ、今日も朝からお仕事お疲れ様メロ!」
「なにメロン、それはあたしへの嫌味?」
「嫌味じゃないメロ! サラ、国王様がお呼びだメロ、一緒に行くメロ!」
肩に止まりそうなほどの小さな身体で、俺の頭の上を8の字に飛び回るピクシー――メロンというこのピクシーは、王宮に仕えるエイブラムという侍従長の使い魔で、王宮からの『呼び出し』があるたびに、こうして俺を迎えにやって来る。だけど――
「メロン、この前みたいな事したら承知しないからね」
「何がメロ? メロン、全然身に覚えないメロ、きっとサラの気の所為メロ!」
そういうとメロンは、俺を残してさっさと王宮の方へと戻っていった。
「ふーん、そういうこと言う……まあいいわ、行きましょ。ごめんエイプリル、ちょっと城まで行ってくるね!」
「ハア、ハア、ハア、ハア、ハア……」
どう考えてもおかしい。普段ならちょっと歩いただけでつくはずの王宮までの距離が、とてつもなく長く感じられる。一体、どこまで階段を登ればよいのだろう? そもそも、この城にこんな高い建物はないはず……
(まさか!)
俺の疑問は確信に変わった。俺は腰に差していた飛刃剣を、空中に向かって一閃した。
「ギャンっ!!」
突然大きな叫び声がすると、刃の転がった方からふらふらと何かが床に落ちて行く。メロンだ。メロンと行動を共にして、無事に王宮にたどり着いた試しがない。そのたびに俺に物騒な武器を投げつけられているのに、一向に反省する気配がない。
「ねえメロン、言ったよね? 今度同じことしたらあそこの塔に磔にするって……それとも、広場で針の山に串刺しにして……」
メロンは冷や汗をダラダラと流しながら、慌てて逃げていく。すると、周囲の風景がパチッと音を立てるように切り替わった。俺は階段の踊り場でずっとグルグルと回っていたのだ。それもすべて――
「メ〜ロ〜ン……!!」
「ひいっ、恐ろしいメロ、助けてメロ!!」
「助けての前に何か言うことがあるでしょ!?」
「うえええぇ、サラ、ごめんなさいメロ、許してメロ〜〜!」
いつものように遅れて王宮へやってきた俺を、侍従長のエイブラムは苦笑いで見つめた。息切れしながら跪く俺を、俺の父――マイヤー・リーマン国王は穏やかな目線で見つめながら口を開いた。
「サラよ、毎度のことながら任務の遂行、ご苦労であった」
「ありがとうございます、お父様」
「サラ、お主のお陰でパトリシア率いる警備隊も速やかに犯人たちを確保することができた……感謝するぞ。これからもお主の活躍に期待をしておる――」
父の話は、いつもここから長くなる。俺は跪きながら、ぼんやり話を聞き流していた。俺の母は、このマイヤー国王こと父の第七夫人だ。つまり、俺は王女だけど側室の娘というわけだ。そのために、俺たちは王宮ではなく街の外れに屋敷で母と暮らしている。いい加減長話も聞き飽きたころに、俺は父の話を遮って切り出した。
「お父様」
「な、さ、サラお嬢様! こ、国王様のお話を遮るとは! なりませんぞ!」
話を後ろで聞いていたエイブラムは慌てた。だが、これもいつものことだ。父は何かを察したのか、苦笑いを浮かべるとエイブラムに声を掛けた。
「まぁよいではないか、エイブラム。ここからはわしとサラの話だ。ちと下がっておれ」
「…ハッ!」
お固いエイブラムは納得しない様子で王の間を出ていった。扉が閉まったのを確かめると、俺は父の方へと歩いていった。
「ねぇ、パパ」
「な、なにかな、サラよ」
「お小遣いちょうだい」
そう言って俺は、父の目の前に左手を広げた。弱みを握られたかのような表情を浮かべて、父は懐から金貨を取り出して俺に握らせた。だけど、俺は知っている。普段はシブチンの父が、こんなに気前よく小遣いをくれる時は何かがあると――
「でさパパ、今日はまた何のお願いってわけ?」
俺がシラけた目で見ると、父はしばらく髭を触ったり頭を掻いたりと落ち着かない様子だったが、観念したように切り出した。
「実はな、サラ、わが娘よ……」
「ハアーーーーーっ」
城を出た俺は、守衛たちにも聞こえるほどわざとらしいため息をついた。俺の読みは当たっていた。また、父からは面倒な任務が降ってきたのだ。ギルドに戻ると、俺は自分の席に腰掛けて父が寄越した手紙を広げた。そこには、次の任務に関する情報がびっしりと記されている。片付けた側から、仕事が井戸水のように湧いて出てくるようだ。
「ハアーーーーーっ」
口を開いても開いても、さっきと同じわざとらしいため息ばかりだ。仕事に追われる日々に、思わず俺の脳裏に前世の記憶がよぎる。第七夫人の娘とはいえ、一応国王の娘として不自由な生活はしていないし、自由に使える時間もお金もある。けど、前世と同じように、小さなことから大きなことまで次々と仕事に追われ――でも、それももはや運命だ、仕方がない、と俺は諦めたようにまたひとつため息をつく。
なぜなら、この世界での俺の名前は「サラ・リーマン」そう、『サラリーマン』なのだから!
【つづく】
第2話、ご覧いただきありがとうございました!
これからのサラちゃんたちの活躍をお楽しみに♪
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