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第10話 美人局? 性悪サキュバスを捕えよ!(上)

 (あたし)たちが標的(ターゲット)にするのは、なにも悪道(あくど)い冒険者たちだけではない。ハンターたちのクエストの対象となるのは破壊活動を繰り返し、知能を有しないモンスターだが、中には、人間並の知能を持ち、人語を理解するモンスターも存在する。それらのモンスターは使い魔として冒険者たちに仕えることもあるが、稀に人間から金品を巻き上げたり、もしくは犯罪行為に手を染める者もいる。


美人局(つつもたせ)?」


 大きな声で訊ねるエイプリルの口を、(あたし)は後ろから押さえつけた。そうだ。この世界には、「美人局」などという言葉はなかったか。ジタバタするエイプリルをずるずると引きずり、(あたし)はギルドの隅っこで小声で要件を告げた。


「サキュバスに(そそのか)された冒険者がのこのこと情事(コト)に及んで、その後に現れた男に身ぐるみを剥がされた挙げ句金品を奪われる、っていうことがここのところ立て続けに起きてるの……見たでしょ? この間」


「あぁ……」


 エイプリルが苦い顔をして思い出す。金品を奪われ、真っ裸でボコボコにされた冒険者が国営ギルドの前で行き倒れになっているのを、(あたし)もエイプリルもここ最近立て続けに目撃しているからだ。


「それで……張本人はもう調べがついてるの?」


 (あたし)は無言で頷いた。


「サウスパディの街にある『黒い怪鳥亭』に現れる女がいるって――満月の夜、独りで飲んでいる男に言い寄って姿を消し、街外れの旅館に連れ込んでお楽しみ――ってわけ。自称、レビと名乗るサキュバスと、実行犯の男がひとり。あたしたちだけでは無理よ」


 エイプリルが悩ましげに天井を見上げる。


「少なくとも、わたしたちに加えて最低ふたりは必要ね。レビと男をおびき寄せるための(おとり)がひとり、あとはレビたちの情報を探って、奴らのアジトを見つけ出すための密偵――」


 エイプリルが指で円を描くと、そっとそよ風が起きる。相手はサキュバスだ。文字通り心も身体も魅了して、男の精根尽き果てるまで精を吸い尽くすのだから。並大抵の精神力では太刀打ちできる相手ではない。


「精神力の強い男と、密偵か……精神力と……密偵……」


 (あたし)はそこまで言うと、ある男たちの顔が脳裏に浮かんだ。エイプリルも同じようで、全く同じタイミングで指を指し合って声をあげた。


「「いた!!」」




「それで、私とテレンスに声をかけた、って言う訳ですか?」


 20歳そこそこだが密偵生活15年のベテラン・リーヴァイが呆れたように(あたし)に訊ねた。リーヴァイと僧侶のテレンスのふたりは、(あたし)たちのミッションに合流してもらうことが実に多い。その割に報酬が大したことがないことをよく知っているリーヴァイは、拗ねたような顔で(あたし)を見た。


「忙しいのにいつもごめんね、リーヴァイ。今回は父さん……国王から臨時ボーナスもらええないか交渉するからさ、お願い」


 (あたし)は手を合わせるとリーヴァイに頭を下げた。だが、リーヴァイは(あたし)を見ているのではなかった。リーヴァイの目線の先には――


「ぐへへへへへへへ……サキュバスの囮とは悪くない依頼だな」


 (あたし)は無言で声の主……テレンスの坊主頭を()(ぱた)いた。パチン! という綺麗な音がその場に響く。


「あ痛っ!! き、貴様、何をするのだ!」


「何今から浮かれてんのよ! この煩悩(まみ)れの変態坊主!!」


 渾身の力で叩いたテレンスの頭には、(あたし)の手形がくっきりと残っている。悪いのはテレンスだ。囮になる前から浮かれるバカがどこにいるんだ。だいたい、僧侶は禁欲生活を送っているんじゃなかったのか。テレンスは目を閉じて大袈裟に咳払いした。


「ウォッホン!! このテレンス、煩悩などとうの昔に捨て去った身……必ずや悪を暴き、そのレビとやらを引っ捕えてみせようではないか! ふぬっ!!」


 テレンスは気合を込めて拳を突き合わせた。しかし、先程のしまりのない顔を見てしまっては何の説得力もない。鼻息荒く歩いてゆくテレンスの後ろからリーヴァイの大きな溜息が聞こえる。




 サウスパディの街に着くと、リーヴァイは情報収集のために冒険者ギルドへと出かけていった。『黒い怪鳥亭』が開くのは夕暮れ時だ。宿に到着した(あたし)とエイプリルは、テレンスをじっと見つめると顔を見合わせた。


「どう思う?」


「ダメね」


「なっ、人の風体をじろじろ見てダメとはどういう事だ!?」


 (あたし)は溜息をついてテレンスを睨んだ。


「仮にも相手はサキュバスよ。中身はどうか知らないけど、堅物の僧侶にすり寄ってくるとは思えないわ。あたしたちは酒場にいる訳にはいかないから、テレンス、あなたがレビを誘い出すのが第一段階だからね」


 エイプリルが続く。


「それには、こんな格好じゃとてもじゃないけどレビは反応しないでしょうね。サラ、ちょっと出かけましょ。テレンスをせめてもう少し格好良くしないとね……テレンス、わたしたち出かけてくるから、それまで修行でもして待っててくれる?」


 テレンスは不服そうに口を挟んだ。


「おい、貴様ら、人の修行を何だと思っておる! あとエイプリル、せめてもう少し格好良くとは何だ!! だいたい貴様たちは……」


 怒るテレンスを置いて、(あたし)たちはテレンスの変装用の装束を探しに街へと出かけることにした。


【つづく】

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