目が覚めたら、彼女は消えていた。
「目を覚ますと、隣に男が寝ていた。」の男の子視点です。
声を掛けたのは、たまたまだった。
親の急な転勤で一人暮らしになって1年、すっかり自炊にも慣れたけど、せっかく春休みだし、カレーでも大量に作って楽しようかと買い物に出たら、ナンパの現場にでくわした。
商店街の交差点でナンパとか、センスないんじゃねえかって言いたい。
たぶん大学生くらいのチャラい2人組が女の人に声掛けてる。無視されてんのに、ずっと話しかけてるような、イタい風景だった。
あ~あ、よせばいいのに。
女の人、どう見ても困ってんじゃん。
とはいってもなあ。俺が止めに入んのも、なんか違うよな。
…なんかプルプルしてるな。もしかして怖がってたり? そうすっと、無視すんのも後味悪いよな。
あ。
目が合っちまった。なんか気弱そうな感じ?
しゃあねえなあ。
「や、おひさ。この人達、誰? 知り合い?」
知り合いが偶然見付けたみたいな感じで声掛ける。彼氏のフリとか無理だし、交差点で待ち合わせのフリすんのも無理あるし、こんなとこだろ。
女の人は
「あ、いいとこに! あの、あたし、この人に用あるから、じゃあね!」
なんて言いながら、こっちに来た。
すいっと左腕に腕絡められて焦ったけど、成り行き上そうなんのかな。ナンパの2人組は不満そうだったけど俺の方がガタイがでかかったせいか、何も言わないでどっかに行った。
腕を組まれたまましばらく歩いた後、女の人は腕を解いて笑った。
「ありがとう、助かっちゃった♪
学生さん?」
「え? ああ、2年」
「そっかぁ。若いねぇ。
ね、ご飯まだだよね?
あたし、引っ越してきたばっかで、今日は疲れちゃってご飯作る気ないんだ。一緒に食べてくれない?
助けてくれたお礼に、お姉さん奢っちゃうからさ」
俺の方が背が高いから、垂れ目気味の目が見上げてくる。
大人なのに、妙に可愛い。
「あ、でも、助けたったって、声掛けただけで…」
「他の人は、みんな遠目で見てるだけで、誰も声も掛けてくれなかったもの。キミだけだよ、助けようとしてくれたのは。ね? ご飯付き合って?」
うわ、なんてキラキラした目なんだ。
こんな可愛い人に上目遣いでお願いされて断れる奴がいるだろうか、いやいない(反語)。
「あ…じゃあ…」
なんか緊張してきた。自慢じゃないが、彼女とかいたことないからな。
「あたしね、パスタ食べたいなぁ、なんて思ってるんだけど、いいかな? あ、もちろんキミは肉でも魚でも好きなもの頼んでいいからね」
なんていうか、見た目がホワホワしてる割には結構強引かも。
お姉さんは、引っ越してきたばかりだっていう割には迷いもなく店を選んで入っていった。んで、俺も引っ張りこまれた。
てっきりファミレスかなんかだと思ってたのに、なんか普通にオシャレなレストランって感じのとこ。
店員に案内されて席に着いたとこで訊いてみた。
「ここ、調べてたの?」
「ん~ん、全然」
「じゃあ、なんでここ?」
「なんとなく?」
なんだろう、つかみどころのない人だ。
「えっと、お姉さんってのも変なんだけど、なんて呼べばいいの?」
「あぁ、みやこだよ」
「美弥子さん?」
「キミは?」
「雄樹」
「どんな字?」
「雄々しいに、樹木の樹」
「ああ、雄樹くんか」
なんて話してるうちにメニューが来た。
「雄樹くんも好きなの頼んでね。あたしは…ワタリガニのパスタに白、かな。ね、雄樹くんってイケるクチ?」
美弥子さんは、さっさと自分のを決めて訊いてきた。指をくいってやるジェスチャーだから、酒か。いや、飲めるわけねぇじゃん。高2だっつったろ。
「俺、未成年なんだけど」
って言ったら、今気が付いたみたいな顔して
「あ、そっかぁ! 2年生だもんね。
ん~、じゃあ、ボトルは飲みきれないかなぁ。グラスで色々飲むのもアリか」
なんて酒選んでた。
メニュー見ると、料理は一品2000円以上するもんばっかで、ちょっとつまる。さっき会ったばっかの人から、こんなん奢ってもらうのはなあ。
「結構高いんだけど」
って言ったら、えって顔された。俺、変なこと言ってないよな。
「あ~…。学生さんだと、そう見えるかぁ。
あたし、一応社会人だからさ。1人で食べるのも味気ないし、助けてもらったお礼も兼ねてね。
大丈夫、2人でフルコースとか言うとさすがに覚悟がいるけど、これくらい平気平気♪
お酒駄目なら、生ジュースとかもあるよ。オススメ訊いてみる?」
気弱そうな見た目の割に、なんか押しが強いな。
「ナンパされて震えてた人とは思えない…」
思わず口に出したら、美弥子さんは、
「震えてないよ。もうちょっとで爆発するとこだったんだよ。
ケンカ騒ぎとかなって職場にバレるとヤバかったのよ。ホント、雄樹くんが追い払ってくれて助かっちゃった」
「あのプルプルしてたの、震えてたんじゃなかったんだ」
「違うよ。イライラしてたの。しつこいナンパって、嫌いなんだよね。あ、今はあたしが雄樹くんナンパしてる図かな、もしかして」
ナンパって…。そりゃま、結構強引に誘われたけどさ。ナンパから助けた女の人にナンパされた件について。
なんだかんだで、ウン千円のハーフコースに生ジュースとか注文された。美弥子さんは、ピザとかも頼んで、上機嫌でマシンガントークを続けてた。ワインも何杯も飲んでた。
多分、俺より5歳上くらいだろうに、いつもこんな金の掛かる夕飯食ってんだろうか。
「美弥子さんって、いっつもこんな金かけてメシ食ってんの?」
訊いたら、笑われた。
「まっさかぁ! 今日は特別よ。新しい街で最初の夜だもの。
だいいち、1人の時はお酒なんかまず飲まないよ。今日はキミに会えた記念!」
ウザ絡みしてこないだけで、親戚のオヤジ連中みたいだ。酔っ払いってみんなこうなんかな。
美弥子さんは、20代で、転勤でこの近くに引っ越してきたんだそうだ。
そんなに詳しいこと聞くつもりもないのに、勝手にベラベラしゃべった挙げ句、「女に年訊いちゃ駄目よぉ♪」とか「住所はねぇ、もっと仲良くなったら教えてあげる」とかごまかす。「別に訊きたくないけど」なんて言ってやったら、「えぇ~、知りたくないのぉ?」なんて言ってる。ほんと、酔っ払いだ。
「いーからいーから」って先に店を出されて、美弥子さんが金払ってた。そりゃ、奢るって言われたけどさ。この1食で、俺の生活費の何日分だ?
店を出てきた美弥子さんは、
「わ~い、待っててくれたのね~」
なんて言って腕を組んできた。そりゃ待つだろ。奢ってもらっていつの間にか消えるとか、どんな性悪だよ。
「ちょっと買い物してこ~」
とか言って、ぐんぐん引っ張られる。ちょっと、俺、女の人と腕組んで歩いたの、今日が初めてなんだけど。
途中のコンビニ寄って、酒やらスナック菓子やら買うって。俺は帰ろうとしたんだけど、店の前で待たされた。
「え~、待っててくんないのぉ?」とか、だから上目遣いは反則だって。
で、当たり前のように俺んちに上がり込んで酒飲んで。ポテチとかめっちゃ買ってたの、俺んちで食う気だったのかよ。
ご丁寧に、俺の分のコーラとかも買ってっし。
うっかり一人暮らしだって言っちまったのが悔やまれる。
そのうち、
「ね、雄樹くん、彼女いる? いないよね?」
なんて訊いてきた。顔近いって。なんで顔が俺の肩の辺りにあるんだよ。だから、その目で見んなって。
「いない…けど…」
「あたしも…。ね…」
だから近い! 近いってば!
「美…!」
ちょっ…今、キス…
「雄樹くん…」
その後、抱きつかれてやたらキスされて。あんな可愛い目して迫られたら、こばめるわけもなくて。
目を覚ましたら、昼になってて、美弥子さんはいなくなってた。
テーブルの上に、口が開いた箱と、ゴミ箱ん中に使用済みのやつがあった。本物見たのは初めてだけど。
結局、名前しか聞けなかった。遊ばれたってことなんかな。俺、キスも初めてだったんだけどなあ。いいんかな、こんなんで。
流されたとはいえ、ちょっといいかななんて思ったんだけどな。
こういうの、めんどくさくなくてラッキーって思う奴もいるんだろうけどな。俺は、やっぱこういうのは、好きになった奴としたい。会ったばっかで、好きかどうかもわかんないけど、このまま会ったりしてたら、ちゃんと付き合えたかもしれないのに。
なんで連絡先とか訊かなかったんだよ、俺。この辺に引っ越してきたったって、範囲広すぎだろ。
せっかく彼女ができたかもとか思ったのに、どうやら始まった途端に失恋したらしい。
ちなみに、女性の名前は「美弥子」ではありません。「みやこ」は名字で「京」です。
さすがに初対面でいきなり名前は教えなかったのです。その後、その気になっちゃいました。
彼女は雄樹の方も名字を言ったと思い、字を聞いて「あ、名前なんだ」と思ったのでした。