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声が聞こえてきた直後、部屋全体に黒い靄が発生した。
モンスターが出てくる――それもさっきまでのゴールドドッグとかノコギリ野郎とかと、同レベルの奴ではなさそうだ。出口付近で出てくるってところに、嫌な予感を感じる。
俺たちはモンスターに備えて、武器を構えた。
黒い靄の中から、異形のモンスターが出現した。
体躯は巨大で三メートル以上ありそうだ。人型で、首から上がない。体色は青、筋骨隆々、体中に傷が入っている。鉄球付きの足枷を付けられているが、こいつの動きを止められそうなほど、大きな鉄球ではない。武器として利用してきそうだ。
凄まじく威圧感のある外見に俺は固唾をのんだ。
こいつ頭がないので、目もないから、どうやってこちらの位置を確認するのだろうか。流石に目が見えないと戦えないだろ。そう思っていると、鎖骨の下の辺りがもぞもぞと動き出し、開いた。真っ赤な目であった。外見の異様さが増した。
「あ、あれ絶対やばいですよー」
小刻みに震えながら顔を青くするセリア。
「それは見れば分かる」
頬から汗が流れ落ちた。心臓の鼓動が早くなる。アウターに来てから、ここまで恐怖心を感じたのは初めてだ。
俺はギュッと剣を握りしめた。
怖がっていては、勝てる相手にも勝てない。
敵の姿を両目を見開いて観察した。ただの首がないだけのクソデカい人間だ。目が変な位置にあったり、体が青かったりするけど、そこまで怯える必要なんてない。デカいし枷がはめられてるから、多分動きは遅いだろう。確実に攻撃を避けて、ちまちま攻撃していけば、そのうち倒せる。
フッと息を吐き、呼吸を整える。心臓の高鳴りは静まった。
よし、いつも通り戦える。俺はあのモンスター、『首なし』とでも名付けるか。首なしに剣を向け、斬りかかろうとした。それと同時に、首なしも巨体を動かし始めた。
――思ったより素早い。ドシドシと地鳴りを立てながら首なしは走って近付いてきた。ある程度近付いたら、足を大きく振り、枷に付いている鉄球を飛ばして来た。
物凄い速度で鉄球がこちらに飛んでくる。大きさは人間の頭の倍くらい。ブロズがガードしようとするが、直感で防げない、と思った。
ブロズの真後ろにいた俺は、横に回避しながら、「ブロズ! 受け止めるな! 避けろ!」と叫ぶ。
しかし、俺の声を聞いてから回避するでは遅すぎた。鉄球はブロズの構えていた盾を破壊。その後、鎧、ブロズの肉体を同時に貫き、貫通。鉄球の勢いはそれで止まらず、後ろにいたセリアの肉体も貫いた。シラファは俺と同じく嫌な予感を感じていたのか、咄嗟に回避していたようだ。
セリアとブロズは、血を大量に噴き出して倒れこんだ。これは一回死んでしまっただろう。高威力の攻撃だとは思ったが、ここまでとは。
生き返れるとは言え、俺はとても楽観的には成れなかった。器一個分の魂力を失って弱体化して、さらにシラファのように精神的なダメージも受けて戦えなくなるかもしれない。セリアは、まだ遠距離からの攻撃なので何とかなるかもしれないが、ブロズはガードとしての役目を果たせないかもしれない。いや、――恐怖心以前に、盾と鎧が破壊されてしまっていた。これでは、どのみち敵の攻撃を防ぐのは難しい。
セリアとブロズの二人が復活した。
ブロズは無口で声も出せないようだったが、セリアは、「うわー、何か一瞬のこと過ぎて何が何だが、すっごい痛かったような、そうでもなかったような」とお気楽な様子だ。セリアの神経の図太さは、常人離れしているようだった。
敵の鉄球攻撃は、足を大きく振りかぶるので、事前に来ることは予測が容易い。受け止められなくても、避けることは出来る。ほかの攻撃は完全に避けられるかは分からない。思ったより素早いので、近付いて殴ってきたりしたら、避けられないかもしれない。鉄球ほどではないが、あの拳で殴られたら相当痛そうだ。痛いでは済まないかもしれない。
ふと俺の頭に疑問が沸き上がる。
俺は生き返れるのかという疑問だ。
レブロンは生き返るには、器一個分の魂力を消費すると言っていた。
これは自分の器一個分の魂力という意味なのだろうか?
それとも平均的な器一個分の魂力という意味なのだろうか?
普通に考えたら後者だ。
俺だけ復活するのに必要な魂力が多いというのはおかしい。
しかし、確証は持てない。
もし前者だったら、器がいっぱいになっていない俺は、生き返るのは不可能ということになる。
疑念は恐怖心に代わる。
鉄球に当たったら死ぬ。拳に殴られても生きていられるかは分からない。
俺は首を激しく横に振った。
考えるな。そもそも、後者だとしても俺がここで死ぬのは、敗戦の可能性を大幅に高める。生き返れても、生き返れなくても、どっちにしろ一回死んだら死ぬと思って戦うべきだろう。
首なしは鎖を手で掴んで、鉄球を手元に引き寄せた。手で掴んで俺に向かって投げてきた。さっきより遅いが、これも当たったらまずそうなので、横に飛んで回避した。
今度はもう一方の足に付いていた鉄球を、首なしは掴んだ。
今度の狙いはシラファのようだ。一度避けたのだから大丈夫だろうと思っていたら、彼女は放心状態になっていた。先ほどセリアとブロズが死ぬ場面を見たからだろう。首なしの動きが視界に入っていなようだ。
このままではまずい。俺は咄嗟に、近くに落ちていたブロズの盾の残骸を手に取り、それを首なしに投げた。
中々の速度で残骸は飛んでいき、首なしの腹の辺りに命中する。ダメージはそんなになさそうだが、奴のターゲットを俺に変えることは出来た。首なしは鉄球を俺に向かって放り投げてくる。今回も避けた。今度は避けたと同時に、首なしに向かって俺は走り出す。
「セリア! ブロズ! 援護してくれ!」
セリアは弓を使え、ブロズは強化されたフレイムを使える。後方からの援護は二人とも出来た。
二人が頷くのを確認はしなかった。多分動いてくれるはずだ。
信じて、首なしの足に斬りかかる。これで斬れなかったら面倒なことになったが、首なしの足は斬れた。青い血が噴き出し、俺の顔にかかる。普通の血とは全く違う匂いがした。初めて嗅ぐ不思議な匂いであった。浴びて大丈夫かと気にすることはなく、もう一度首なしに斬りかかる。
すると体に強い衝撃が走る。首なしが俺を殴ったのだ。五メートルほど飛んで、俺は地面に転がる。痛い。が思ったほどではない。魂力で防御力が上がったからだろう。
拳が当たった箇所は痛むが、骨折をしたりはしていないようだ。まだまだ戦える。
再び殴りかかってきたので、俺は避ける。すぐに足を斬ろうとすると、首なしも一歩後退し回避した。思ったより素早い動きだ。
ここで矢が飛んできて、首なしの目付近に刺さった。セリアの矢だ。目を狙ったのだろうが、あまり大きくないため外したようだ。「ああ、惜しいー」と残念そうな声が響く。
首なしの注意がセリアに向いた。その隙に背後に回り込み、ジャンプ。首なしの肩の上に乗る。本来なら首が生えている場所を、剣で突き刺した。刺された瞬間、苦しそうにめちゃくちゃに動き出した。突き刺した剣を引き抜いて、首なしから降りる。
剣を抜いた瞬間、堰を切ったように青い血が噴き出した。やったかと思いながらその様子を見る。血が止まると、普通に動き始めた。
仕留めることは出来なかったが、あそこが弱点なのは間違いなさそうだな。もっと上で粘って刺しまくればよかった。
「フレイム!」
ブロズが魔法を使った。炎の球が首なしの足に直撃。フレイムの威力が上がっているので、以前より大きな炎の球になっている。首なしは炎は苦手のようで、態勢を崩してこけた。
俺の方に倒れてきたので、危うく押しつぶされるところだった。何とか回避。
もう一度、首なしの弱点に剣を差し込んだ。
滅多刺しにして、夥しい量の青い血が噴き出す。刺すたびに痛がって暴れたが、徐々に弱々しくなり首なしは絶命した。
首なしの魂力が吸収される。いつもより大量の魂力が俺に入った感じがした。
首なしが死んだ場所には、通常の五倍くらい大きい白い魂石が落ちていた。これを食べたら普通より多くの魂力が貰えるのだろうか? そもそも食べられるのか? 普通は口に入らないだろうけど、かぶりつくような感じでいいのだろうか?
魂石を拾おうとしたとき、再び黒い靄が発生。
また来るのか?
拾うのをやめ、剣を構える。
すると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
先ほどの首なしが三体出現していた。