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夕陽の町より  作者: 鈴式
2/2

上巻 ガラクタ地区


                  ◆


話はさかのぼって今朝。朝といってもまだ真っ暗で、私が布団の中にいたとき。

家全体が、揺れた。


こんなことは初めてだったが、どうやらこれが地震というものらしい。知識としては知ってたけど、これがなかなか怖い。


揺れが怖いという以前に、町全体が崩れてしまわないか心配になる。

ここは言ってしまえば単なる巨大な鉄屑の塊の上。かなり高さもある。崩れてしまえば私なんてひとたまりもないだろう。


窓を開けてみても、暗い裏道しか見えない。

しかし、そこら中から町を成す金属同士がぶつかり合うガシャガシャという音と、その金属同士を唯一つなぎとめているツタがギシギシときしむ音は聞こえてきて、心配心をあおる。


しかし心配に対して長くは揺れず、次第に揺れは収まった。

わたしは安心して、寝た。


     ――――――――――――――――――――――――


窓から日が差し込んできて、目が覚める。

いや、実際はそんな優雅な目覚めじゃなくて、やかましい目覚まし時計に起こされただけだけど、まぁそんなことはどうだって良い。問題は町がどうなってるかだ。


今朝もどこかの機械が元気に動き出しているのは聞こえる。どこか異邦の音楽の拍子みたいに、ブンチャッカッブンチャッカッブンジ―の繰り返し。これはいつも通りの音。少し幻滅。


見たところ窓の外も大体いつも通りのようだ。まぁ、とりあえず外に出てみないことにはわかることもたかが知れている。それに見に行きたい場所だってある。


朝食もそこそこに、私はいつもより少し早く家を出た。



     ――――――――――――――――――――――――




町の中心部、ちょっとした広場。このいたるところに雑多な建物が乱立する町にも、広場がある。


この場所には地上からずっと広場があったそうで、激化する発電板の場所取りによって町が多層構造をとるようになっても、なぜか広場の上には広場が作られたのだそうだ。


ほんとかどうかは知らない。広場の隅の看板にそう書いてあっただけだから。でもたまに一つか二つ下の層に行く時見た限りだと、この下はやっぱり広場だった。不思議なもんだ、こんな無計画な町を作る人たちが。


…話を戻そう。広場は一言でいうと、散らかっていた。そりゃそうだ。周りはみんなもろい鉄屑も同然。ツタが補強しているとはいっても揺れるなんて誰も思ってないから、屋根も壁もホイホイとれる。おかげで広場は鉄屑の山と化していた。


でも逆に言えばその程度で、建物が派手に崩れてることもなければ、水屋の配水塔も曲がったりはしていなかった。また少し幻滅。


あといつもと違ったことと言えば、少し騒がしかった。

なんというか、お祭りの日の朝のような、どこか浮足立った雰囲気。まだ朝も早いのに大勢の人たちが、家の修繕の為だろうか、自分の家から落ちたものや恐らくそうでないものも忙しく拾い集めている。


屑屋の人たちもまだちらほら見える。ご苦労様なものだ。

鉄屑の山にさほど魅力を感じなかった私は、そんな人々を横目に、さっさと広場を通り抜けてしまうことにした。



                ◇


家を出てみると、あたりはいつもより少し騒がしかった。家の前の長い階段を下って行った先の広場には、朝もまだ早いのにたくさんの人が見える。


なんというか、少しわくわくする光景だ。町中のみんなが、宝探ししてるみたいで。


そんなことを思いながら階段を下っていると、人ごみの中に鉄屑をあさる人たちを眺めながらのんびり歩く少女が見えた。


中くらいの背丈に肩上までの髪の毛、そして少し眠そうな目。夜露だ。珍しい、いつもはもっと遅いのに。私は急いで残りの階段を下ってしまうと、彼女にそっと近づいてって声をかける。


「おはよ。今日はずいぶん早いね。」 


夜露は少し驚いたあと、すぐにいつも通りに戻って


「…重複してるね。」


こう返してくる。よくわからないけど、きっと何かの上げ足を取られたんだろう。


「…で、何かあるの?今日は」


「ちょっとね」


「ちょっとって?」


 そう私が聞くと、言葉の響きが面白かったの夜露はチョットッテーと小声で繰り返し、


「ちょっとガラクタ地区行きたくてね。」 


と言ってきた


「…ガラクタ地区?」


「いやだってほら、見ておきたいでしょ、絶対大変なことになってるよ。」


…なんだか楽しそうだ。


「危ないと思うけど…」


「まぁ、そうかもね…」


と、口では言いつつも夜露が向かっているのは学校の方向じゃない。


まぁ、学校までまだ時間はあるし、ガラクタ地区を抜けた先は学校のある隣町。少しくらい揺れて壊れてたって、遅刻することも無いだろうし、面白そうだから、良いか。


そんな甘い考えでほいほいついて行った私は、途方もない阿呆だったのかもしれない。



                 ◆



 ガラクタ地区は、割と高いところにある。高いところにあるという事は、そこまでは上りである。


昇降機でもあれば良いのだが、ここ、夕陽ノ町は三番大町の端の端。前文明の遺産たる巨大建造物のほとんどは人も住めないような状態で、昇降機なんてあってもどうせ動かない。


そして、ガラクタ地区なんて物好きなところに新しく昇降機を作ろうだなんて思う人もいるはずはなく、私たちは今二つの巨大建造物の間にひっそりと作られた長い長い階段を上っていた。これが朝のまだ起き切っていない体にはなかなかきつい。


「疲れた…」


そう言って私の腕をつかんで来るのは、さっき広場で会った友人、萌流だ。小さめの背に短めの髪。淵のない眼鏡が良く似合う。


「私も疲れてる」


言って腕を振り払うと、

やれやれ、とでもいう様にため息をついて、私の前を二段飛ばしで上がって行く。鞄についている鈴が、涼しげな音を立てる。何がやれやれだ、元気じゃないか。


確かに、階段を上るのは疲れる。…でもこの階段、私は嫌いじゃない。


両側には何かの管やら室外機やらでごちゃごちゃしてて、中に人がいるのかいないのかも良く分からないようなぼろい建物が迫ってるし、


道のわきの溝にはどこから来たのか分からない水がチョロチョロ流れてて、上を見上げるとツタが絡んだワイヤーやら何やらが鬱蒼としてて、


その先に空が見えるのだ。


なんというか、街に包まれているような、自分が街の中にぽつんといるような、そんな感じがして、好き。



萌流はぴょんぴょん先に行ってみたかと思えば、今度はまた、疲れたとか言って私の腕をつかんでこようとしたりして何やら忙しい。


でもそんな何気ない動きさえも、この早朝でうっすらと靄もかかる中、誰もいないこの階段でやっていると何だか懐かしい記憶のひと欠片を過ごしているような気分になるから不思議だ。


そんな自分でも良く分からないことを考えながらしばらく上り続け、階段もいよいよ終わりに近づく。


周りの建物は次第に低くなってゆき、風景も開けてくる。


「このあたりって少し涼しいでしょ?だから水はけよくして下だとそだてられないチャノキとか育ててるんだよ。」


いよいよすることがなくなってきて暇を持て余したのか、萌流が教えてくれる。


言われてみれば確かに水路はそれなりにしっかりしているし、そこらで回る小さな水車の音が心地良い。


そして階段が終わる。


あたりには人気(ひとけ)が無くて、街中では珍しく平らな草地に、ぽつぽつと小さな小屋や家が建っている。


きっとさっきまで横に迫っていた巨大建造物の屋上なのだろう。

こうしたずっと昔に建てられた巨大建造物が骨組みとなって、それらの間や周りに鉄屑やら何やらでいろんなものを建てることで私たちの町を含む大町は成り立っているのだ。


しばらくは遠くにぽつんと家がたまにあるだけの開けた場所だったが、少し歩くと、ガラクタ地区に行く輩たちの拠点だろうか、ぼろぼろの建物が道の脇に立ち始め、歩を進めるにつれてそれもだんだんとさびれたものに変わって行く。


もうしばらく歩くと、どうやら道の果てらしいところについた。


もうこの辺りは鉄屑があたり一面に散乱していて、目の前にはいい感じに傾いたわけのわからないアーチが私たちを出迎えてくれていた。

きっと誰かが面白半分で作ったのだろう。すごく古臭い体裁で


“よおこそガラクタ地区へ!”


と書かれたそれを見て、萌流が一言


「まさにガラクタだね…」


といった。うん、そう言いたい気持ちもわかる。


アーチの奥には、どうして立っているのか分からないような鉄塔が立ち並び、私達の行く手を阻んでいる。


どうも面白いことになりそうだ。私は一つ、大きなため息とも深呼吸ともつかない息を吐いた。


―――――――――――――――


先に言い訳を言っておくと、ガラクタ地区は、原形を保っていたなかった。


多種多様な塔は曲がったり或いは倒れたりしてたし、それ以外の建物もそれなりに頑丈そうなものだって塔か何かの巻き添えになって壊れてて、

もうそこは“ガラクタ地区”というよりは“ガラクタ”と呼称するにふさわしい状態だった。


だから、私がガラクタ地区(だったもの)に向かって歩き始めたとき、萌流は


「えっ?」


と一言だけ言って妖怪でも見るかのような目で私を見てきた。当然引き返すと思ってたらしい。



…結果として、彼女のその感覚は間違っていなかった。

大体私だって、なんで入ったかと言えば昔絵本で読んだ、夜になったら鉄屑のお化けたちが踊りだす町の押絵に似ててちょっとわくわくしたから、なんてふわっとした理由だ。


最初から無謀な旅だったと言って間違いない。  

 

当然の結果として、私たちは道(無き道)に、迷っていた。



                 ◇



「―…いや、確かこの塔あったって、ほら、この曲がり方、いい感じでしょ。だから覚えてたの。」


そんな夜露の声は、周りと少し共振しながらだんだんと不思議な音になって、誰もいない朝の瓦礫の山へと消えていく。


聞こえるのはコーンコーンという妙に良く響く私たちの足音と、私のカバンについた鈴の音だけ。


なんだか世界に私たちしかいなくなったんじゃないかと思わせるような、そんな雰囲気。


「…最近来たんじゃないの?ここ」


試しに聞いてみると、夜露は首をかしげて、


「まぁ…半年前に一回だけ。」


という返答が帰ってくる。


全然最近じゃない。こんな変わり果てた場所の半年前の記憶なんて、ほとんど無いようなもんだ。私は大きなため息をつく。


「…嫌なら来なければよかったのに…」


夜露が言ってくるが、


「それはまた別問題だよ。面白そうだったし…それにこんな無謀な道中とも思ってなかったから」


私が少しにらむと夜露は、んー、と良く分からない声を出して伸びながらあたりを見回した。


「ま、きっと大丈夫だよ。前だって別に地図見ながら歩いてたわけじゃないし、適当に歩いてればつくよ、多分…あれ?」


「何?また迷った?」


「いや…まぁずっと迷ってはいるんだけど…何だろう、あれ。」


やっぱ迷ってたんだ…夜露の指先をたどって行くと、立ち並ぶ塔とその瓦礫のちょうど陰になったところに、確かに変なもの…木造の門のようなものが立っているのが見えた。



                  ◆



それは、異質だった。


何が異質かと言えば、まず木造であることが異質だった。

大町の建物は何かの植物の根っこやツタをうまく使って補強されてるから、植物自体は珍しくないのだが、木となると話は別だ。

街の古い場所にはあるらしいが、私達の町のように比較的新しい場所では滅多に見ることは無いし、そうなると当然、木造の建物もほとんど無い。


ましてや…私は周りを見回す。朝日が奇怪な塔たちの間から差し込み、意外にもこの瓦礫の山を幻想的に仕立て上げている。


ガラクタ地区の塔は雑な作りで、ツタで補強されてさえいない。

こんな鉄の樹海みたいなところにこんな木の…門(?)があるのは不自然でしかない。


「あ、そうだ。これね、トリイっていうんだよ、確か。どこかに行ったとき見たことある。」


萌流がまた教えてくれる。


「どこかって…どこ?」


「んーよく覚えてないけど、大町では無いかな…階段が沢山あったよ、確か。」


さっぱりわからない。トリー…こんなものにも名前があるのか…まぁ情報源が怪しいけど。


「…じゃあこの建物は?」


どうもこっちはわからないようで、首をかしげている。


木造の門…トリ―の横には、「夢國神社」と書かれた石柱が立っている。この場所の名前らしい。


トリーの向こうに目を向けると、そこには三段ほどの段差と、ちょっとした道。

そしてさらに奥には、なぜか縄が巻かれた造木が有って、その陰の薄暗い場所に、こちらは本物の木でできた家…というのとはちょっと違う気がするけど、でも小屋という風でもない建物が、まるでそこに有るのが当たり前かのような佇まいで静かに建っていた。この鉄塔で囲まれた空間に。

そんな妙な光景には、不思議と何か引き付けられるものを感じる。


私は段差を上がって、二、三歩建物に向かって歩いてみる…あれ?なんかちょっと違和感…何だろう?


違和感の理由もわからないし、こんなところに大きな造木が置いてある意味も、この建物自体も何なのかわからなくて、わからない事ずくめの私は雰囲気も相まって何だか夢を見ているような心地がして、ただ目の前の木造建築を眺める。


さて、そんな恍惚の時間は唐突に終わりを告げるものと昔から相場が決まっていて、案の定今回も


「あっ!」


隣から叫び声が響いた。


「びっくりした…何?」


「いや私たち授業…」


私は頭を押さえた。



                 ◇


私たちの学校は、風が吹けばきしむような小さなリフト乗り場から、少し地下に潜った《《ただっぴろい》》空間にある。


九階建ての背は高けれど面積は狭い建物で、リフトの乗り場が地上から一番近い屋上には無くてなぜか五階にしかなかったり、地下なのに窓が沢山あったりといろいろと謎の多い場所だ。


噂だと、大町の端であるこの辺りは変化が激しすぎて、表層に作ったはずの学校がすぐに地下に埋まってしまったが、作り直すのが面倒だったからそのままにされてるんだとか。

…まぁ確かに、私たちの町は色んなところがすぐ変わるけど、でもこんな巨大な学校がすぐに埋まってしまう程かと言われればそんなではないような気もする。

もしかすると設計者が物好きだっただけなのかもしれない。所詮は噂だ。


まぁそんなことはどうでもよくて…何が問題かと言えば、さっきまで私たちがいた場所を思い出してほしい。

そう、ガラクタ地区。ガラクタ地区がつないでいる巨大建造物は、私たちの町と学校のある隣町との境目に位置している。つまり、ガラクタ地区をこえれば隣町だ。


ガラクタ地区をこえる、言うのは簡単だが、ガラクタ地区は結構高いところにある。これを下るのはなかなか時間がかかるのは当然だし、さらに私たちは迷っていたのだ。



当然の結果として、私たちが学校についた時にはもう二限目が半分くらいまで終わっていた。


 正直、あの道に迷った状態からこんな遠くの学校までこの程度の遅刻で来られたのは、むしろ褒めてもらいたいくらいだけど、まぁそんなことを担任に言えるわけもなく、さらに


「心配したぞ君達!」


と怒鳴りつけてきた担任に、


「心配してたならそんな怒鳴らなくてもいいじゃないですか…」


なんて言ったらなぜかもっと怒られて、結果、私たちは今廊下に立たされている。



「…こんな年になって廊下に立たされるなんてどうかしてると思わない?」


私が言うと夜露は、


「まぁ昨晩あんなことがあって心配してたみたいだしね…大体萌流があんなこと言うから立たされてるんだよ…」


と、窓枠の少しせり出したとこに頬杖を突いて、時々降りてくる外のリフトのほうにぼんやり目を向けながら答えた。


さっきからずっとああだ。あんなもの見て何が楽しいんだろ…まぁ聞いても私にはどうせ理解できないから聞かないけど。


 教室のほうに目を向けると、骨のような体形の教師が黒板に何か書いている。


確か今日のこの時間は古典量子力学の授業。前文明の遺物の研究に欠かせない学問らしいが…正直良く分からない。


でも、先時代の建物はすごく好き。

今の町の人たちが作るみたいに面白い形をしたものはあんまりないけど、


気が遠くなって夢に出てきそうなくらい大きくて、


今の朽ちた姿になっても人が作ったとは思えないような、

その裏に人を感じさせることを拒むような冷徹さで、


静かに立たずんでる様はいくら見てても飽きない。


 そんなことを考えてるうちに夜露と話したくなってきた。


ふと夜露のほうを見ると…彼女はすでに夢の中だった。夜露にとっては罰も罰として成り立っていないような気がする。


肩をすかされたような気分になった私は、寝てしまった夜露の隣で、窓枠にもたれてリフトを眺めることにした。



                 ◆


隣町、風見鶏ノ町、下層、第六十二番町立町民高等学校。

私たちはここの二年だ。


そして、その廊下。壁に電球が点々とあるだけで、薄暗い。

窓はあるが、地下だから日も差し込まない。


でも、窓の外少し遠くには何層かにわたる街の層の断面が見えて、その混沌とした街の光は見てるとだか吸い込まれそうな気持ちになる。


あとは、ここは六階だからすこし視線を下げればリフト乗り場が見えたりもする。


たまに降りてくるリフトをぼんやり眺めてると、眠くなる。


萌流の話を返しつつ、そんな風景をボーっと眺めながら、今日のガラクタ地区での出来事、特にあの不思議な建物の事を思い返していた。


何だったんだろうな…あの建物…なぜ木造?なぜあんなところに?色んなことが良く分からない。やっぱり帰りもまた行ってみようかな…


だんだん眠くなってくる。


授業に出なくても良いし、勝手に眠ることもできるなんて、これは罰としてどうなんだろう…そんなことを考えながら、私はいつしか…


                梦


あの建物の前にいた。


なんだかふわふわしている。


靄もさっきより濃い。


トリ―の外から奥の木造建築を、生ぬるい朝の風のように冷静な心地で眺めている。


かと思えば私の頭上で私を眺めてもいる。


神社と鳥居と小さな私が見える。


私は段差を上がって、二、三歩建物に向かって歩いてみる。


強烈、強烈な既視感。…私はあることに気づいた。



                 ◇



夕刻迫る放課後、私たちはまたガラクタ地区にいた。


なんでまた?と思うかもしれないけど私だってわからない。


廊下に立たされてるとき、それまで寝てた夜露が急に眼を開いて、


 「わかった。」


と言ったのだ。


 「え?何が?」


私が聞くと、


 「いやちょっとね…萌流も行く?」


 「行くって…ガラクタ地区?」


 「そう。」



…ということで、その勢いで授業もさて置いて行ってしまいそうな夜露を何とか止めて、残りの授業を受けさせた後、今私たちはまたあの建物の前にいる。


おもむろにトリイをくぐって段差を上がって行く夜露を追いかけて


 「…で、何がわかったの?」


私が聞くと夜露は、足元に視線を移して地面をトントンとつま先で小突いた

 

 「ほら…わからない?」

さっぱりわからない。私が首を横に振ると

 

「あのね…ガラクタ地区は、いわば巨大建造物の間の連絡路…つまり下は空洞

だよね?だからここ以外の所は足音が響いてたはず…でもね」


夜露はまたつま先で地面を小突く。鈍い音。全く響かない。


 

ね?とでもいうように夜露が私を見てくる。そこまで言われてようやくわかった。


 「つまりこの下に…」


 「そう、多分何かある。」


 と言って楽しそうに…本当に楽しそうに、笑った。

 

 

 夕焼けになる前の、少し柔らかくなった日に照らされて、不思議な木造建築は、古い記憶の景色のように、謎めいて見えた。



                 ◇


 

 帰り道の途中、ガラクタ地区から町へ下って行く階段がひらけたところにでて、いよいよ町も近づいてきたところで夜露が聞いてきた。


「夕陽、見ていかない?」


「いいね、行こう。」


少し不思議に思ったがとりあえずそう返しておく。


すると夜露は、階段の横にある家の屋根にひょいっと上って、私のほうに手招きしてくる


「大丈夫なの?そんなとこ上って」


「まぁ、大丈夫だよ人住んでなさそうだし。住んでたって猫か何かだと思ってくれるよ、きっと」


というと、屋根の向こう側に行ってしまった。


確かに。見たところ中に人がいそうにも見えない。私は思い切って屋根に上る。


屋根は山型で、夜露はその向こう側に行ってしまったようだ。私は滑り落ちないように気を付けながら這って、夜露のほうに行く。


「うわぁ…!」


そこは町全体が見渡せる最高の展望台だった。


うそみたいに真っ赤な夕焼けは本当に真ん丸で、その光に包まれて町全体が赤く暖かく染め上げられていた。


「ね、綺麗でしょ?私のお気に入り。萌流にも見せたかったんだ」


隣に寝っ転がってる夜露が言った。



夕日ノ町。大町の端っこにある私たちの町は、大町のどこよりも夕焼けがきれいに見えるそうだ。本当かどうかはわからないけど、本当じゃなくたってここからの眺めは心の奥がスッとする位綺麗だった。



赤い空、赤い町、そして赤い夜露の横顔。


きっと私はいつまでもこの時の事を忘れないだろう。なぜかはわからないけど、そんな風に思った。


※この小説はpixiv(https://t.co/uxfbqfvYin?amp=1),エブリスタ(https://t.co/Jd3bW5oqUM?amp=1)にも投稿しています。そちらの方が更新は早いので、良ければ是非

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