003 大学生らしい
「知らない天井だ・・・」
気がついた俺は、とりあえずお約束の台詞を言ってみる。
様式美というやつだ。
それに、考えてみたら、この世界に来たばかりなんだから
俺の知ってる天井なんてあるはずがない。
「おや、気がついたかね?!」
声のしたほうに顔を向けると、初老の男性がこちらを見ていた。
机に向かってペンを持ち、顔をこっちに向けている。
ということは、たぶん書き物をしていたのだろう。
「あの・・・ここは?」
お約束の台詞を聞かれたと気づき、恥ずかしさで顔を赤くしながら聞いた。
「ここは、リュカ村の診療所だよ。私は診療医のグレン・フィルディック。
君は、コウタ・ヒローセ君で間違いないかね?」
「え?!なぜ俺の名前を?」
「すまないが、君の荷物を開けさせてもらったよ。犯罪者などだと
困るからね」
グレンはそう言って俺に鞄を2つ渡してきた。
リュックサックにもなる大型の肩掛け鞄とB4サイズぐらいの本が
すっぽり入りそうな大きさのショルダーバックだ。
見覚えはないが、とりあえず開けて中身を確かめる。
大型の鞄には、簡単な調理道具や日持ちのしそうなパンや干し肉などの
食料、防水シートなど旅の道具が、ショルダーバッグのほうは、硬貨が
入った袋や筆記用具、身分証明書などの貴重品が入っていた。
グレンがコウタの名前を言ったのは身分証明書を見たからに違いない。
身分証明書の文字は知らないものだったが、読むことが出来た。
ダウンロードされた『知識』のおかげだろう。
そういえば日本語じゃないのに、グレンと普通に話せている。
身分証によると、俺はグレンジストン大学の学生ということになっていた。
そして、手紙も入っていた。
それには日本語で、
『どこかの神様のように、荒野に身一つで放り出すなんてひどいことは
ボクには出来ないので、安全な人里に転移して、便利セットも一式
つけておきました。がんばってね。
愛しのティオより 』
と書いてあった。
『愛しの』というのがちょっと気になったが、確かに安全な場所に
転移してもらってるし、便利セットもすごく役にたつに違いない。
身分証のおかげでグレンに怪しまれていないようだし。
ダウンロードの頭痛のことでガタ落ちだったティオに対する好感度が、
このことで、V字回復した。
我ながら、ちょろいと思うが、まあイイカ。
「ジミーさんの畑で倒れていたところを見つかって、ここに運び込んだのだが
何があったのかね?」
グレンが聞いてきた。
「はあ・・・大学の研究のために旅をしているのですが、迷って畑に
入り込んでしまったところ、急にひどい頭痛に襲われまして・・・」
さっそく、身分証に書かれていたことを利用して説明する。
「ふむ、持病でもあるのかね?」
「ええ、どうも遺伝みたいです」
とりあえず、適当にごまかしておく。
「苦しさで暴れたらしくて、エップが何本かダメになっていたよ。
後で、お詫びに行きなさい」
あのナスのような植物はエップというらしい。
そりゃ、のた打ち回ったもんな~、仕方ないんだけど。
「あ、はい、わかりました、ジミーさんの住まいを教えてください」
ショルダーバッグから硬貨の入った袋を取り出す。
「弁償したいんですが、どれぐらい払ったらいいでしょうか?
それと、先生への治療費はおいくらでしょうか?」
「ああ、治療費はいいよ、ここに運び込んだだけで治療はしてないし。
それにグレンジストン大学の学生なら私の後輩ということになるしね」
グレン先生、いい人であった。
すみません、俺、本当は大学生じゃないんです。
俺が良心の呵責を感じていたところ、男が1人、
部屋に飛び込んできた。
「先生!!大変です!!!」