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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

月夜の公園

作者: 小鳥遊 すずめ
掲載日:2019/07/24


月が綺麗な夏の夜

私は今でも忘れられない人と出会った


桜が綺麗な今日、あの公園で

また君のことを思い出す



私の優しい思い出話を、

聞いてくれませんか。






5年前の夏。

私は死んでしまおうとしていた。




あれは高校3年生の夏のことだった。

その頃の私はとにかく無気力で、大学受験を控えているのにもかかわらず、やりたいことも、行きたい大学もなかった。たぶん、自分の将来に興味がなかったんだと思う。


そうなった原因に、多少の心当たりはあった。

それは、私の両親が人の目をよく気にする人だったことだ。だから私は、何をしても両親に怒られて育った。自己肯定感なんて少しもなかった。さらに隣に住んでいる家の子供が優秀だったことも少なからず影響していると思う。両親はよく、その子供と何もできない私を比べていたから。


こうして育った私は、高校生になっていよいよ両親に反発するようになった。暴力を振るうことこそなかったが、親に何を言われても無視をして、自分の好きなことだけをして過ごした。学校には最低限通い、それ以外の時間は一日中外をぶらついた。自由に生きるのは楽しかった。親のいいなりにならないのは、自分がちゃんと自分である気がして好きだった。

ところが、いよいよ3年生になって進路を決めなくてはいけなくなった時、私はこれから生きていくのが本当に嫌になってしまった。こんな私がこれから仕事に就く未来なんて想像できなかったし、生きていても無駄な気しかしなかった。



ある晩、私はいつものように近所の公園に出かけた。いつもと少し違うのは、カバンの中に小さな刃物が入っていること。


どう死のうか。


そればかり考えていた私が初めて死に向けてした行動だった。

公園の奥にあるブランコに腰掛けて、手に刃物を持ってみる。軽くておもちゃみたいなナイフ。こんなものでどうやって死ねようか。なんだかんだいって、こころの奥底で私は死ぬことを怖がっていたんだと思う。そんな私の臆病さが、このナイフに表れていたと今なら分かる。私は白い月光にナイフをかざした。ナイフに反射してきらきらと光る光が美しかった。しばらくそうしていたと思う。ナイフを左手首に押し当てようとしたときだった。


さっと現れた影に左手に当てたナイフは弾き飛ばされた。


「なにやってんの、あぶないでしょ」


私は初めて聞く声に驚いて顔を上げた。そこには私と同じくらいの歳の男の子が、息を荒げながら苦しそうに呼吸をしていた。

月夜に浮かぶ彼の顔は、白く美しかった。


「あぁびっくりした。間に合ってよかった、ほんとに」


青年はそう言って、呆然とする私の左手首を手に取った。大切なものを落としてしまったとき、壊れてないか、傷が付いていないか確認するときのように、私の左手首を優しく触れながら入念に眺めた。

しかし、私の中にあったのはとてつもない恐怖心だった。いくら美少年とはいえ、初めて会う人にこんな風にされるのはなんだか怖かった。何より、今まで誰からも大切にされてこなかった私を大事そうに扱ってくれる彼は、私にとって異物でしかなかった。初めてのことに戸惑っていたんだと思う。

緊張と恐怖心から硬直してしまった私に気づいた彼は、そっと私の手を離した。


「ごめん」


彼はぽつりと私に謝った。

彼は私の隣のブランコに腰掛けて、静かに月を眺めていた。私も同じように顔を上げて月を見た。


私は彼になにも聞かなかったし、彼も私になにも聞かなかった。それぞれお互いの話をすることもなかった。ただ彼は黙ってそばにいてくれた。帰りは私を自宅まで送ってくれた。


「これは俺が持っておくよ」


家の前で彼は私のナイフを手にそう言った。


「俺がもう大丈夫だと思ったら返してあげる」


そう意地悪そうに笑って、彼は私が玄関に吸い込まれていくまでずっと手を振っていた。


部屋に戻ってからも、私はぼんやりと彼のことを知らずうちに考えていた。どうにも現実離れした、夢のような時間だったように感じる。彼に触れられた左腕を触ってみる。確かに感じた、彼の手の感触。

それをなぜか忘れたくないと思った。

また、彼に会ってみたいと思った。


翌日の晩、また同じくらいの時間に公園に行くと、彼はすでにブランコに座っていた。私を見つけると彼は小さく微笑んだ。彼がいることを心のどこかで期待していた私は、なんだか嬉しくなって小走りで彼の元へと向かった。


私は黙って彼の隣のブランコに座った。互いになにを話すでもなく、ただ2人静かに過ごした。ブランコがきしむ音と虫の歌声を聴きながら、だんだんと満ちてゆく月を眺めていた。

そんな夜が2、3度続いた。



「ねぇ、名前は?」


初めて出会ってからしばらく経って、やっと私は彼に名前を聞いた。

少しずつ、彼に興味が湧いてきたのだ。

初めて私から声をかけられて、彼は少し驚いたようだった。


「ルナ。月って書いてルナ。」


彼は嬉しそうに答えた。


「やっと聞いてくれた、俺の名前。嬉しい。」


ルナは白く整った顔をしわくちゃにして笑っていた。ルナの笑顔は一等星のようにまぶしかった。


「珍しい名前だね」


「それは漢字のこと?それとも音?」


「どっちも。でも、ルナはなんだかお月さまっぽいから似合うね、その名前」


他愛のない会話。

それでも私にとってはとても暖かいものだった。月のように優しく微笑むルナは優しかった。


「今度は君の番だよ。名前、教えて」


ルナは私を覗き込むようにして体を屈めた。聞こえるのは夏の虫の声だけ。とても静かだ。


「わたしは、シズク。」


わたしが答えると彼は「シズク!かわいいね」と目を細くした。


「どんな字を書くの?」と彼が聞いてきたので、私は彼の手のひらに「雫」と人差し指で書いた。ひどく冷たく、骨ばった手だった。彼は、「雫」と見えない文字で書かれた手のひらを嬉しそうに握って笑っていた。よく笑う人だな、と私は思った。笑えるって楽しいってことだ。いいな、羨ましい。私なんかもう、ずっと笑ってない。いつから笑ってないだろう。最後に笑ったときのことを思い出そうとしたが、古びた記憶はどこを探しても見つからなかった。


「ねぇ、雫。雫はなんでいつもここに来るの?」


ルナはブランコをゆらゆらと揺らしながら私の方をじっと見つめる。


「それは私がルナに聞きたいよ。」


「俺?」


ルナは逆に聞き返されて少し戸惑ったような様子を見せた。


「え、なんとなく…?」


彼は可愛く笑ってごまかした。


「あっそう、じゃあ私もなんとなくかな」


向こうがその気ならと、私もなんとなくでごまかした。それはやはり、彼の求めていた返事と違ったようで、彼は「ごめんごめん、ちゃんと言うからちゃんと教えて」と必死だ。

私はそんなルナにクスリと笑った。ルナといるといつも鉛のように重い心が少し軽くなるような気がする。ルナといる間だけは死ぬことを考えていないことに、私は気がづいた。


「俺がここに来るのは…その……」


彼は照れくさそうにサラサラの髪を手でクシャリと掴んだ。困ったように下がってしまった眉がなんだかかわいい。私は静かにルナの言葉を待った。


「…雫に会えるから」


ルナの返事は、思ったより耳元で聞こえた。はっと顔を上げると、ちょうどルナの口元が私の耳から離れるところだった。


「(内緒だよ)」


彼は口元に人差し指を当てて笑った。

私は自分の胸が高鳴るのを感じた。キュッと締め付けられるような苦しささえ感じた。顔が熱い。私は慌てて顔を伏せた。


「ほら、次は雫だよ。」


私は顔を伏せたまま、「最初は」と呟いた。「聞こえない」と、ルナが私の前にしゃがみこむ。顔が近い。私の熱がルナに伝わってしまいそうな距離だった。


「…最初は、家に居場所がないからだった。でもね…今は…」



「ルナが来てくれるから」


私は両手で顔を覆いつつ、やっとの事でそう言った。

指と指の隙間から見えるルナの顔も真っ赤だった。そして、ルナは、私の両手首をそっと掴んで、顔を覆っていた手のひらをゆっくりとはがした。


「なにそれ、すごくかわいい」


ルナはそのまま私をそっと抱きしめた。華奢だけれど、背丈が高いルナは私のことをすっぽりと優しく包み込んだ。まるで壊れ物に触れるようにそっと、丁寧に。

温かかった。じんわりとその熱が私の凍てついた心を溶かしていく。誰かに大切にされたことなんて、今までなかった。私はルナの胸で静かに泣いた。ルナの手が、そっと私の髪に、頭に触れる。優しく撫でられて、私はさらに泣いた。

こうして私は、月の明るい夜、本当に大切なものに気がついたんだ。



それから、私たちは毎晩夜の公園で会うようになった。お互いの深い部分には触れないように気を配りながら、他愛のない会話を繰り返した。くだらないことで笑いあえた。幸せだった。たまに2人、手を繋ぎながら公園の外を散歩した。これらの時間の一つ一つが私の宝物になっていった。


「雫は最近よく笑うね」


私の家への帰り道、ふとルナはそう言った。私は、「まぁね」と笑った。


「ルナといると、楽しいから」


私はルナを握る手にぎゅっと力を込めた。ルナはそれに応えてくれる。


「私、お父さんにもお母さんにも大切にされてこなかったから、だから手首に傷をつけようとした時、ルナに止めてもらえて本当は嬉しかったんだ」


私は初めてルナにあった日のことを思い出して呟いた。

白い月の光がルナの顔を明るく照らす。

ルナも懐かしそうに「あぁ、あの時か」と笑った。


「俺だって、好きな人が自分を傷つけようとしてるんだもん、そりゃ焦ったよ」


「好きな人?」


私の鋭い聞き返しに、ルナは勘弁したように全て白状した。

ずっと公園に来る私を影に隠れて見ていたこと。ぼんやりとただ座っているだけの私を見たら、どうにかしてあげたくなってしまったこと。私にどう話しかけるか悩んでいるうちに好きになってしまったこと。ルナは恥ずかしそうに一つずつ話してくれた。顔を真っ赤にして話すルナはとても可愛かった。



7月も半ばになった。

私は終業式に参加するために、久しぶりに高校の制服を着て日中に家を出た。

いつもは朝から昼間にかけては眠っているので、体全身が重く、目を開けているのも必死だった。いつもの公園の横を通るとき、ついルナを探してしまう。昼間はルナも学校だからいないはずなのに。朝の公園は、夜の公園とは全く違う顔をしていた。

まるで毎晩のあの時間が夢のように感じた。

クラスにも、学校にも友達がいない私は、教室に入ると机に突っ伏して眠ったふりをして過ごす。こうしてれば誰にも話しかけられないから人と関わらなくてもいい。


「五十鈴森公園って知ってる?」


私ははっと顔を上げた。

私の席の近くで固まって話をしている、女子3人組のうちの誰かの言葉だろう。私は再び顔を伏せて、そっと会話に耳を傾けた。五十鈴森公園は、ルナと会うあの公園なのだ。


「え、どこそれ?」


「あの、駅の近くの。おっきなお家の近くにある公園」


「あーあそこね、あれでしょ、幽霊の話」


「なーんだ、もう知ってるの?」


「知ってるよ!だって有名じゃん。あそこは幽霊出るって。本当かは分からないけどね〜」


「結構前からでしょ、でも」


「そう、でも最近よく出るらしいよ」


彼女の話によると、五十鈴森公園には深夜、幽霊が出るらしい。

ばかばかしいと、私は鼻で笑った。だって、私は毎晩あの公園にいる。そこで幽霊を見たことなんてたったの一度もない。こういう噂話ってみんな好きだよなぁと私は呆れた。




この日の晩も私は公園に出かけた。

今日も変わらずルナはいた。


「あれ、今日学校行ってきたんだ」


制服姿の私を見て、ルナは嬉しそうに笑った。ルナが私の制服姿を見るのはこれが初めてだった。


「いいじゃん、似合うね。」


「まぁね」


私たちはブランコを小さく揺らしながら、2人穏やかな時間を過ごす。涼しく冷ややかな風がとても気持ちがいい。


「そういえばね」


私の言葉に、ルナは「ん?」と首を傾げた。


「この公園に、夜、幽霊が出るらしいよ。今日クラスの子が言ってるの聞いちゃった。いるわけないのにね、私たち毎日いるけど一回も見たことないもん」


ルナは私の言葉に一瞬顔に翳りを見せた。ルナは怖い話が苦手なのだろうか。


「怖いの?」


私は意地悪い笑顔でルナを覗き込む。


「いや、別に…それより来週の夏祭り、誰と行くの?」


うまくルナに話をかわされてしまった私は拗ねて口を膨らませつつも、夏祭りという言葉に目を輝かせていた。


「んーん、誰とも行かないよ。ルナは?」


「俺も、決まってない。」


ルナは下を向いていた顔を上げてじっと私を見つめた。


「…じゃあさ、雫。一緒に行こっか」


ルナの言葉に私は大きくうなずいた。

好きな人と夏祭り。

こんな夢みたいなことが叶うなんて、少し前の自分では考えられなかった。私はルナに会ってから少しずつ変わっている。それが自分でもよくわかる。


1週間後、私たちは夏祭りに行く約束をしてこの日は帰路についた。



それから6日間、ルナは公園に現れなかった。


ルナにも家族がいる。色々都合があるのだろうということは分かっている。それでもやっぱり寂しかった。こんなにもルナが私の中で大きな存在になっていたなんて、知らなかった。気がつくといつもルナのことばかり考えている。私の中を支配していたのはとてつもない不安感だった。

「もし、ルナがもう2度と私の前に現れなかったらどうしよう。」

「私、嫌われたのかな。」

そんな悪い考えばかりが私の頭の中で浮かんでは消えてを繰り返し続けた。



夏祭りの前日になって、やっとルナは私の前に姿を現した。

この日、私はルナの姿を見つけてひとしきり泣いた。不安だったのだ、それだけルナがいなくなることが恐ろしかったのだ。

ルナは私の頭を撫でながら優しく慰めてくれた。


「大丈夫、大丈夫、俺はここにいるよ」


そう言って抱きしめてくれた。



でもルナは私が一番言って欲しかった言葉をくれなかった。


『いなくならないよ』

『どこにも行かないよ』


だから私の心の隅の方に、不安な気持ちが染み付いてしまったのだろう。

それから私はきっと感じていたんだと思う。

彼がいつか、いなくなってしまうことを。



「そういえば、これ、返すよ。もういらないでしょ」


ルナは私にハンカチに包まれた細長いものを渡した。あの時、ルナに取り上げられたナイフだった。


「そうだね、もう、いらないや」




夏祭りの日、私はめいいっぱいのおめかしをした。

珍しく、お母さんが浴衣の着付けをしてくれると言い、手際よく水色の綺麗な浴衣を着つけてくれた。髪まで結ってくれた。

私は黙ってお母さんにされるがままでいた。


「ごめんね」


お母さんはふとそう呟いた。


「雫は雫なのに、人と比べたり、完璧でいさせようとしたり、お母さん、自分のことばっかりだった」


私の肩に、暖かい何かが落ちた。

私は黙ってお母さんの話を聞いていた。


「気づくのが遅すぎたよね」


お母さんが寂しそうに呟く。

お母さんを恨んでいないと言ったら嘘になる。幼い頃に描いてプレゼントしたお母さんの絵に、「なんて下手なの?」と言われたこと。自分の思い通りにならないと私を怒鳴って叩いたこと。嫌なことは山ほどある。挙げだしたらキリがない。


「いまさら何言ってるの?私お母さんのこと大嫌いだよ。そもそも私、お母さんのこと母親だなんて思ってないし。」


私はため息をついた。


「でも、これからお母さんが、本当に私をきちんと見てくれるなら…もう一度お母さんの娘になってあげてもいいよ」


そう私が言った途端、お母さんは泣き崩れた。みっともなく大声をだして泣いた。「恥ずかしいからやめてよ」と、私は乱暴にお母さんの背中をさすった。

こうやってお母さんに素直になれたのは、きっと、きっと彼のおかげだ。ルナの優しさが、ルナと時間を重ねるたびに私に流れ込んでくるのを、私はきちんと感じていた。

これはルナの優しさなんだ。


私は生まれて初めて、お母さんに見送られて家を出た。

本音を言うと、それはとても嬉しいことだった。



待ち合わせはいつもの公園。

時間ぴったりに行くと、ルナはもうすでに私を待っていた。ルナはいつもと違う私の姿を見て頬を赤らめた。釣られて私も赤くなる。

「可愛い」

ぽそっと彼は呟くと、素っ気なく私に手を差し出した。

「行こう」


夏祭りの会場である五十鈴森神社は、あの公園のすぐ近くにある。

いつもは静かな場所だが、夏祭りのこの日だけは、騒がしい場所になる。暗い参道は提灯の灯りで橙に照らされ、太鼓や笛の音がずっと鳴り止むことなく聞こえてくる。


ルナは私の小さな歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれた。ルナの優しさに心がきゅうっと締め付けられる。

私たちは子供に戻ったかのように夏祭りを楽しんだ。


「あ、あれ」

私が指差したのは射的の景品台にちょこんと置かれていた小さなウサギのストラップ。

「あれ、ルナくんみたいで可愛いね。」

私がくしゃりと笑みをこぼすと、「ようし」とルナは腕まくりをして屋台に近づいていった。

ルナは屋台のおじさんにお金を払うと、射的の銃を構えた。ルナはチャンスの五回とも、私がルナに似ていると言ったウサギをとることに使った。そして五回目、ルナはお目当てのものを手に入れた。

「ルナ、すごい!」

私は思わず声を上げた。ルナは振り返ると嬉しそうにはにかみ、おじさんから景品を受け取って、私の隣に帰ってきた。

「はい、雫!」

ルナは私にとったばかりのウサギのストラップを差し出した。

「いいの?」

遠慮する私に、ルナは「雫のために頑張ったんだよ!」と言って私の手のひらにそっとストラップを置いてくれた。

「雫に、俺をあげる!ほら、花火の時間だよ!行こう!」

ルナは真っ赤になった顔を隠すように顔をそらし、また私の手を取った。

私の「ありがとう」の声は花火の開く音にかき消されてしまった。


私たちは、公園のジャングルジムの上で花火を見ようと約束していた。幽霊の噂のおかげで公園に来る人は誰もいない。おかげで公園は、私たち2人っきりだった。

次々と空を彩る花火に見とれていると、ルナは空を見上げたまま、「雫、目を瞑って」と囁いた。


「なんで?」


「いいからさ」


「だからなんでって」


なんだか、嫌な予感がした。目を瞑ったら、ルナがいなくなってしまう気がした。花火が消えるように、ルナがふと消えてしまうような、そんな気がして怖かったのだ。

素直じゃない私に、「あーもう」とルナは彼自身の手で私の目を隠した。

「あっ」と私が声を上げる前に、私の唇は柔らかい何かで塞がれた。やがて彼はそっと目隠しを外し、私の髪にそっと触れた。


「うん、やっぱり。似合う」


ルナはそう言って笑った。

悲しそうに。彼の目の端に涙が光っていた。


ふと、下駄が床を蹴る音が聞こえた。

私たちは慌ててジャングルジムから降りると、ルナの手に引かれるように遊具の陰にそっと隠れた。


「ここ!ここでしょ、噂の公園!」


私たちが陰に身を潜めた直後、聞き覚えのある声が聞こえた。

学校で公園の噂話をしていた女の子たちだ。ルナがじっと息をひそめるようにしているのを見て、私も同じようになるべく気配を消すように努めた。


「やっぱり気味が悪いね。」


「そうね、でも誰もいないみたい」


「そう簡単に出てこないって」


彼女たちは公園の入り口で様子だけ見ながら話しているようだった。隣でルナが震えているのがわかった。私はルナの手を両手でしっかり包み込んだ。肩を寄せて彼女たちが去るのをじっと待った。



数分経って、下駄の音は再び遠ざかっていった。

私たちは依然遊具の陰に隠れたまま、じっとしていた。遠くから祭りの音が小さく聞こえる。私たちはただ並んで沈黙をしていた。沈黙を破ったのはルナだった。


「雫。俺の話をしてもいい?」


私は頷いた。



「ここに出るって噂の幽霊…たぶん俺のことだ」



私は黙ってうつむいた。

ルナは静かに話を続けた。


「雫の隣の家が、俺の実家なんだ。4つ歳下の弟が、雫と同い年。優秀でよくできた子だった。」


私はその弟に心当たりがあった。いつもお母さんに比べられる対象だった、あの子。


「それに対して、お母さんの連れ子だった俺はあまり出来がよくなかった。それで、恥ずかしいからと外に出してもらえなくなった。やっと外に出れた時には、もう死んでた」


だから、あの子は一人っ子だとみんな思っていたんだ。だから、ルナのことなんて、一度も見たことがなかったんだ。


「暴力を受けて死んだ俺を隠そうと、両親は俺の体をバラバラにしてこの公園に埋めたんだ。」



私がルナの話を自然に受け入れられたのは、きっと、そんなシナリオをなんとなく想像できたからだろう。



「いつ…ルナは、いつ死んだの?」


「もう、12年も前になるかな」


彼が9歳。私が5歳頃の時だ。

ルナは懐かしむように笑った。その顔はやがて歪み両目いっぱいに涙が溢れた。


「恨んでいたんだ。家族のこと。まだ憎いよ、でもある日雫を見た時、なんだか昔の自分を見ているみたいだったんだ。毎日来る雫を、そっと陰から見てた。初めは声なんてかけるつもりもなかったんだ。でも、雫がナイフを持ってきた時、気がついたら飛び出してた。生きててほしかったんだ、雫に。それくらいに俺は…雫のことが…」



「好きだったんだ」



ルナは私を強く抱きしめた。

私もそれに応えた。


「私も、ずっと苦しんでた。家族も自分も嫌いで、死んじゃいたいのにその勇気もないくらい臆病で、毎日生きるのが苦しかった。でも、ルナに出会ってから、毎日が楽しくなった。笑えるようになった。ルナが私を大切にしてくれたから、私も他の誰かを大切にしたいと思えた。ルナが私を変えてくれたんだよ。だから私も、ルナが…好き」


私たちはふたり抱き合いながら泣き続けた。お互いに別れが近いことを悟っていたのだ。ひとしきり泣いた後、肩を寄せ合って、私たちは手を繋ぎながら眠った。虫の声を子守唄に。


「お願いがあるんだ」


ルナは私に言った。


「俺の体を雫に見つけてほしいんだ。」


私は小さくうなずいた。


「俺は悪霊に成りかけていた。そんな俺を、雫は救ってくれたんだよ。雫はまだまだ生きていかなくちゃいけない。だから俺も、行くべき場所に行こうと思う。雫と会えなくなるのは寂しいけれど、俺、待ってるから。」


「今度はちゃんと、お互い生きてる時に会おう」









白い光。

月ではない、それよりもはるかに強い光。

朝日だ。


「ルナ!!!」


私は目を覚ますと、隣にいたはずのルナがいなくなっていることに気がついた。慌てて公園中を探し回る。

ふと、ルナの気配がして、私は立ち止まった。ここにいるんだと、私はすぐにわかった。そして私は走り出した。下駄でできた靴擦れの痛みさえ忘れて、家に駆け戻った。倉庫からスコップを一本取り出し、再び公園に戻った。私はブランコの下の土をスコップで掘り返した。


「ルナ、ここにいるんでしょう?」


私は泣きながら、好きな人の名前を呼んだ。浴衣が汚れるのも無視して、掘り続けた。手の皮がむけてヒリヒリと痛んだ。

やがて、スコップの先が何か硬いものにぶつかった。私はスコップを放ると手で土を掻き分けた。

そこにはルナがいた。ずいぶん見た目が変わってしまっているけれど、間違いない。

苦しかったよね。辛かったよね。私はボロボロになった彼の頭蓋骨をそっと抱きしめた。もう大丈夫。


その後私は、私を心配して探しにきたお母さんと公園で合流した。私の手に抱かれた人骨を見て、お母さんは腰を抜かしたが、その後、私の代わりに警察に連絡してくれた。やっと彼の死が、彼が存在していたことが明るみに出たのだ。


「あら、それどうしたの?」


お母さんが、私の頭を指差した。

現場を警察に引き継ぎ、家に戻る道中のことだった。


「なんだか、素敵なものがついてるわよ」


私はそっと自分の髪に触れた。手に何かが当たる。そっと髪から外してみる。それは、きれいなガラス玉でできた髪飾りだった。


「うん、やっぱり、似合う」


ルナの言葉を思い出して、私は髪飾りを手に再び泣き崩れた。

幻想でも夢でもない。

ルナと過ごした日々は確かなものだったんだ。

ルナは確かに、ここにいたんだ。


ここにいたんだ。



これが私が体験したある夏の不思議な話のその全て。

思い出すたび胸が苦しくなる。

たまに、ルナが生きていたらなと思う。

そしたらきっと、今がもっと楽しくて充実していたんだろうなと思いを馳せる。

ルナがいないことは寂しいけれど、彼との淡く優しい思い出は、今も心の片隅で月のような柔らかな光を放っている。

私はそんな思い出を胸に、毎日をしっかり生きている。

明日からは、かねてからの願いだった児童養護施設の職員として働く。

この目標をくれたのも他の誰でもないルナ。


久しぶりに五十鈴森公園に足を運ぶ。

懐かしい公園内をぐるりと見渡すと、桜の花びらがひらひら舞って、よくルナと座っていたブランコにちょんと着地するのが目についた。

私は花屋で買ってきたかすみ草の花束を、小瓶に刺してブランコの近くにそっと置き、手を合わせた。

ルナ、ありがとう。

あの時、私を助けてくれてありがとう。

いつまでも忘れないよ、私の大切な、大切な…


私はゆっくりと立ち上がった。今日もいい天気だ。きっと今晩は月が綺麗だ。

さぁ、行こう。

私は歩き出した。

ゆっくり、でもしっかりと。

公園の外に向かって。




ねぇ。ルナ。

私は今日も生きているよ。





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