異世界魔法ものの導入
それはある夏の日のことだった。
各地を飛び回る仕事の私は、久しぶりに休暇が取れたためある観光名所に行っていた。
さすがに名所だけあっていろいろ歴史的な遺産があるものだ。
観光だよりをときどき眺めながらどこに行こうか悩んでいた私はふとあるものを見つけた。
何かというと小さな書店なのだが。私はこういった書店は大好きである。
何かしら掘り出し物が眠っているのではないかとわくわくしたり、主人の趣味について考えをめぐらすことが楽しいのだ。
というわけで店内に入ってみた。
カウンターにいる店長と思われる赤髪の男は「いらっしゃい」と一声かけたきり、読んでいた本に顔を戻して読み続けている。
とりあえず店主に話しかけるのは後にして、店内を見渡す。
外観から想像した以上に品揃えが充実していて、整理されていてきれいな印象を受ける。一点を除いては。
店長の斜め前に位置するそこには、店長オススメ!70%オフと書かれたポップが添えられてどこか哀愁を帯びていた。
その本たちのタイトルは一瞬でわかる!異世界語入門編中級編上級編、異世界語辞書、異世界魔法初級和訳版という、とてもうさんくさいものたちだった、著者の名前はベイルサーク。誰だそいつ。
他には謎の言語を用いて書かれた本(付箋で異世界語入門セットを読まれた後にオススメしますという注釈付き)があった。前述の書物たちがなければ一級のオカルトグッズだっただろうに……。
「すみません…あなたが店長なのでしょうか、この商品、ええっと冗談ではないんですか?」
私は思わず店長に問いかけていた。
店長は顔を上げると「ああ……」と一瞬苦笑し、「本当ですよ、過大広告とか偽物とかでは全くないです」
「そのわりに装丁が現代的すぎないですか?日本語のタイトルのやつはどれも100ページもなさそうな薄さですし」
「あー、それはその辞書の著者、この書店のオーナーであり私の師匠でもある人が機能性を重んじる人ですからね……」
「ソウデスカ……」同人本というやつだろうか、熱意は認めるが……。
これ以上何を話せばいいのかわからなくなってとりあえず店長から離れようとした、他の本の品揃えはよさそうだしもう一回りして買う本を見繕ったら帰ろう。
「あっ、ほんとにオススメなんで待ってください……しょうがない、異世界魔法を見せてやりましょう!」
途端に魔力が膨れ上がり風が頬をなでた。
今のはまさか……本当に異世界魔法だというのか?振り返った私の表情に気をよくした店主が話しかけてくる。
「お、買ってくれる気になりましたか?」
「ああ……今のは確かに異世界魔法かもしれない。店長、オーナーについて教えてくれないか?」
「いいでしょう!あの人に初めて会ったのは中学一年生のときでした……」
そういって店長はベイルサークという人物との馴れ初めを語りだした。
私が彼に会ったのは中学一年生の終わり頃でした。
当時の私は環境の変化になじめず、その不安から小説、それもファンタジー小説やそれから派生したオカルト趣味に傾倒していました。
オカルト趣味といってもオカルトはもっぱら本で読むこと中心で実践は全然していなかったのですが……。
その当時よく利用していた書店の主が今の私のオーナー、ベイルサークでした。
彼が私の魔法の師匠なのですが……いい性格の人です。あ、顔もいいです。当時は赤毛でした。
私は書店を利用するにつれ彼にだんだんと気を許し、生活の不平について相談をするようになっていました。
今思えばささいな事でしたが、当時の私にとっては重要だったのでしょう。
若造のつまらない愚痴にも耳を傾けてくれ、私はますます彼を心のよりどころにするようになっていました。
ある日彼に相談する中で私はこんなことを口にした気がします、もし魔法があったらこんな嫌な世界を変えてやるのに、と。
そのときに見た彼のどこか困った笑顔は忘れられません、次に口にした言葉も。
「実は私は異世界の魔法使いなんだ」
日ごろから超然とした雰囲気を彼に感じていた私もこれには驚きました。
確かに書店の品揃えもオカルト系に寄っていて、私に勧めてくれる本もそういった類の本が多かったです。
ですが異世界の魔法使いだなんて……。
私が口に出す前に疑いの眼差しを感じ取った彼は続けてこう続けました。
「魔法使いの証拠なら、ほら、こうやって手の先に火を灯すぐらいでいいかな。だが異世界の魔法使いとなると難しい、君を異世界に連れて行っていいなら楽なんだがね?」
そういって虚空に火を灯して見せた彼に私はとりあえずこう返しました。あなたが魔法使いなのは信じるとします。異世界には行ってみたいです。ですがその前に。書店で火は危ないですよ、と。
そう言い返すのがやっとだった私に、即座に火を消して見せた彼はこう答えました。
「信じてくれるのはありがたい、だがいつ行こうか、早いほうがいいところだが」
私は考えました、5分かも、10分かもしれません、もしかしたら10秒もなかったかもしれません。
その後にはもう私の心は決まっていました。
こうして私は異世界に行くことになったのです。