万緑叢中紅一点、降り注ぐユーグレナの雨-③
晒菜も一寸木もお互いに焦っていた。死期が近づいている。正確に言えば死ぬというわけではなかったが、心臓が動いているだけの人生なんて二人ともごめんこうむるところだった。だからこそ、この状況を打開し打破し打ち壊す方法を探していた。
――最初に気が付いたのは、晒菜升麻だった。
「一寸木さん、何か聞こえませんか?」
「何かってなによ?」
「よく耳をすませてください! 向こうからだれかの足音が……」
コツンコツン……コツンコツン……
確かに足音だった。
足音はしだいに近づいてくる。何者かが確実にこの晒菜と一寸木のいる職員室に向かって歩いてきている…だがその正体は分からない。
「ここの先生でしょうか?」
「果たしてそうかしらね……まあ、そうだったらいいんだけど……」
一寸木はなにか不吉な予感がした。言葉では言い表すことのできない邪悪な何か――それが何かは全く想像もつかなかったけれど、背筋が凍るようにおぞましいものだった。
――結論から言うと、一寸木の予想は当たっていた。
というのも、今まさに迫りくる人物は紛れもない、一寸木木呂子の抹殺を目的としていたのだから。
彼女は、GSS計画推進グループ、通称「緑威」所属、比与森 実森。
万緑叢中紅一点、晒菜が外の世界で出会った最初の人間は、
――華奢で可憐な少女だった。
「失礼しまーす!」
ガラララ……
職員室の扉が開かれる。そして、少女が隙間から顔をのぞかせる。
「女の子!?」
晒菜は面食らった。まさかこんな少女がここに近づいているなんて思いもしなかった。年はまだ小学生といったところだろう。先生が来るものだろうと思っていた晒菜は、完全に虚を衝かれただただうろたえるばかりだった。
「私の名前は比与森実森でーす! よろしくおねがいしまーす!」
比与森は部屋に入るなり、元気いっぱいに自己紹介した。まるで最初から晒菜たちがここにいるということが分かっていたようなたち振る舞いだった。そして、なにがよろしくなのだろうかと思ったが、晒菜も乗っかることにした。
「僕は晒菜升麻。晒す菜っ葉と書いて晒菜、弁当の弁に、麻布の麻で升麻」
「しょうま? しょうまってゆーの? でもうち、漢字わからない……」
「あ! ごめん! 漢字は気にしなくていいから!」
そうだった。小学生に漢字を伝えたところで分かるわけがない。ついさっきの調子で続けてしまった。
「そっちのお姉さんは?」
「…………」
一寸木は黙って俯いた。そしてこれでもかというほどに拒絶オーラを体全体から発していた。
「一寸木さん、自己紹介しましょうよ」
「…………」
「? 一寸木さん?どうしたんですか? 気分がすぐれないんですか??」
晒菜は不思議そうな顔で一寸木の顔をのぞく。なぜ一寸木はこうもいきなり黙り込んでしまうのか、それが理解できないようだった。
一方で一寸木はいまだ晴れないこの不安感に苛まれていた。なぜ晒菜はこうも普通にあの少女と話を出来るのか、一寸木は全く理解できなかった。
「ごめんな、このお姉さんはちょっと調子が悪いんだ」
「そーなん? だいじょーぶ?」
「…………」
やはり、一寸木は沈黙を貫いた。見かねた晒菜が話題転換を図った。
「そうだ! 実森ちゃんはどうしてここにやってきたの?」
「ああ、そうだった、そうだった。しょーまおにーちゃん! うちは、ある人を探しにきたんだよ! ますき、ますききろこって人を……
もしかして、しょーまおにーちゃんの隣にいるお姉さんがますきお姉さんだったりしない?」
「――するよね?」
「!?」
晒菜は唖然とした。決して晒菜は比与森が急に語調を強めてきたことに驚いたわけではない。そして、比与森の口から一寸木の名前が出て来たことに驚いたわけでもない。
――もっと早くに気が付くべきだった。
――もう後悔しても遅い。
次回は8月5日(土)7時更新です☆